第48話 人魚

 アワビと日本酒でご機嫌にやっていたら、何かが近づいてきた。


「ねぇ、人魚さん!」


 ビクッ!としたのが伝わってくる。

 3人くらい近づいてきてる気配がする。


「一杯やりませんか?」


 酔っぱらいの常套手段である。

 取り敢えずカンパーイってね。

 でも、そんな簡単には行かないようだ。


「人間!そこで何をしている?」


 何を?って見た通りなんですが、

「一人酒ですよ。」


「はっ?ここで何をしてるか聞いてるんだ?」


「だから、見た通りアワビを肴に酒を呑んでるんです。」


 人魚たちは何か相談している様だ。

 何だ?こいつ。訳分からん!とか言われてますが、聞こえてますよ?


「何故?なぜ人間がこんな所で酒なんて飲んでるのか聞いてるんだ?」


「何故って言われても‥‥観光?」


「人間!貴様は馬鹿にしているのか?」


 銛のような物を向けてきた。物騒だなぁ。

「いやいや、バカにしてないって!逆に聞くけど、俺が此処で飲んでたらお姉さん達に取って問題があるの?」


「それは人間には関係ない!」


「関係無いなら、イイじゃないですか?」


「そういう意味じゃない!やはり貴様馬鹿にしてるな!?」


 真っ直ぐに銛を突き出して来る。威嚇なのは分かるが、

「危ないって!何すんだよ?人魚さん達は俺にどうして欲しい訳?」


「ここに居る理由と、その食い物はなんだ?」


 ん?食い物に惹かれて来たのか?それなら話は早い!

「食ってみる?美味いよ♪」


「まず、此処に居る理由を言え!理由を!」


「しょうがないなぁ。」


 岩の上にグラスを3つ出して日本酒を注いでやる。

 煮付けとタコを並べて、

「アワビは熱々の方が美味しいからね。1個づつ焼いてやるよ。さぁ、どうぞ!」


 人魚さんは顔を見合わせて困惑している。

 どうして良いのか判断付かないようだ。


「大丈夫だよ!毒なんか入ってないし。乾杯しようか?」


 まずコップを持たす。コップ自体が珍しいようだ。

 そこで、コップを合わせる事によって互いの中身を交換して一気に飲む!

 これで毒なんて入ってないでしょ?と証明するんだと説明した。

 3人とも、困惑しながら唸っている。


「乾杯して、俺が先に飲み干せば信用できるかな?」


 そう言って、銛を突き出してた真ん中の人魚さんに持たせたコップを合わせた。


「乾杯!」


 人魚さんのコップの中身が俺のコップにちょっと入る。

 それを一気に飲み干した。


「くぅ~~! 「やはり毒かっ?」 美味い!」


 さぁ、こちらの人魚さんも!今度は右側の人魚さんと乾杯をした。

 この人魚さんは、チロッと舐めてみた。


「お、おい!フラビー!」


「あっ!これ!何かスゴイよ。」


 そう言ってチョロッと飲んだ。


「くぅ~~!」


「フラビー!おい!大丈夫か?」


「これ!美味いかも♪」


 その横で、俺は次の人魚さんと乾杯をする。

 フラビーと呼ばれた人魚さんの様子を見ながら、


「美味いのか?」


「美味いよ!」


「お、おい!ムルティも何、聞いてんだ!」

「あっ!」


 ムルティと呼ばれた人魚さんは飲み干した!


「くぅ~~!来るなぁ~これ!」


「だろ?」


「ほれ!もう一杯行くか?」


「ああ。」


「あたしにもくれ!」


「フラビーだっけ?行ける口だな。」


 残された人魚さんが困っている。

 他の二人は既に座って互いに乾杯を始めた。


「人魚さんもどうだい?」


「うぅ~‥‥しょうがない!人間!今回だけだ!」


「何でもいいよ。ほれ!」


 注がれた酒の匂いを嗅いで、ちょっと舐めて、ぐいっ!といった。


「おおー!いい飲みっぷりだ!」

「肴も食って見てくれ。」


「フラビーがシッタカを持って、これは分かるけど、なんでこんな色何だい?」


「いいから食って見なって!」


 匂いを嗅いで、刺してある楊枝で中身を穿り出して食った。

 楊枝は初めてだろうに、中々、器用に使っている。


「お♪美味いぞ!」


「だろ。」


 それからはもう、貪るように食い出した。

 それを見たムルティも、おぉーー!!と声をあげてトコブシを食っている。


「じゃあ、自己紹介しようか。俺は人間の神田真悟人。神田が家名だが貴族じゃない。そんな国で育ったんだ。」


「ふーん。あたしはフラビタエニアタス。皆、フラビーって呼ぶよ。」


「私は、ムルティプンクタータス。ムルティでいいぞ。」


「・・・・・・・・」


「アンジェ!今さら何取り繕ってんの?」

「アンジェ!もう、諦めな。」


「はぁ~~‥‥ 私はアンジェリカス。人間が気安く呼ぶなよ。」


「そうか、ほれ!」


 皆のコップに酒を注いだ。

 じゃあ、アワビ食うか?


 これが一番の目当てだったらしい。

 3人分を一辺に焼くことにした。


 フライパンにアワビを並べて‥‥アレが私!こっちが私!と煩かったが、アンジェも焼きだしたアワビに釘付けである。

 バターを入れて蓋をする。匂いで人魚さん達はもう、すっかりやられた様だ。

 醤油をクルッと回して蓋をして火から下ろす。


「アワビなんて人魚さん達はしょっちゅう食ってんじゃないの?」


「あぁ、確かに簡単に食えるもんだが、真悟人と言ったか?お前のこれは、まったくの初だ!この匂いはもうたまらん!」


「よし!焼けたぞ。熱いからゆっくり食え!汁が美味いから溢すなよ。それと、切ると食いやすいがどうする?」


「おお。切ってくれ!」


 一つずつ皿に乗せて、食いやすいように切ってやる。


「さぁ、どうぞ。」


 熱いので、フォークを付けてやって、使い方も教えてやった。

 アワビを食った瞬間!全員が、絶叫した!


「うっっまぁあああぁぁーーいぃ!!!」


 なんだこれは!?と言いながら食っている。

 アワビですよ!と思いながら、人魚さんは火を通す文化が無いから新鮮なのかも?冷静に分析している風だが、酔った頭なのでへらへらと考えてるだけである。


「これは、美味い!人間にしてはやるな!」


「いやいや、人間だから出来るんですよ。他にも食うか?」


 3人共に食いついたので、カニの味噌汁やタコ刺しの追加、アワビが無くなってしまったのでトコブシのバター焼きにした。

 最後にお握りを出してやった。海苔を巻いた塩握りだが、新しい感動だったらしい。


「こんなに美味い物を食わして貰えるなんて、私たちは人間を見誤っていたのかも知れん。」


 すっかり打ち解けたアンジェがそんな事を言いだした。

 最初に逃げろ!と言ったのもアンジェだったらしい。


「アンジェ、見誤りじゃないぞ。人間は決して良い奴ばかりじゃない。お前達を見て、性的欲望に駆られる奴も、捕まえて売り飛ばそうとする奴も、酷いのは食おうとする奴も居るだろう。だから、人間から逃げるのが正解だ!」


「真悟人は、そう見て無いだろう?私たちを見て欲情するのか?」


 今の人魚さん達の姿は、人間の女と変わらない二本足で、ビキニにパレオを巻いた姿をしている。陸上にまったく上がれない訳ではなく、魔法で短い時間ならこうして陸に上がれるそうだ。

 魔法、恐るべし!


「まぁ、確かに魅力的だしまったく欲情しないって言ったら嘘になるな。でもな、そういう事は信頼関係の上で成り立つもんだと思ってる。欲望のままに襲ったら、理性の無い獣と一緒だろ?」


「うむ。聞いてた人間とは大分違うな。人間は人魚を見れば襲うものとなっている。話が出来る人間が居るとは、正に目から鱗が落ちる様だ!」


「人魚だけにな!」


 下らない笑いで語り合う。素面なら氷点下の対応だろうに酒の力は素晴らしい!


 人魚は海底の集落で暮らしているが、ここの島は人にも知られてないし、他に危ない動物も来ないので、絶好の隠れ家なんだそうだ。


「それじゃあ、俺と取引しないか?」


「取引?どういう事だ?」


 警戒の色が濃くなったが、ちゃんと誤解を解く。


「人魚さん達は、海の物を採るのが得意だろ?」


「ああ、そりゃ当然だな。」


「俺たちは陸の物を採って来れる。さっき食ったバターは牛と言う動物のお乳から作ったものだ。」


「何だと!そんなに乳を出せる生き物が居るのか?」


「そうだ。俺の何倍もデカいが、気の優しい草食の動物なんだ。」


「真悟人の何倍もデカいのに草しか食わないのか?信じられん。」


 後は果実をいくつか出してやった。

「木に生る実だ。これは梨と言うんだ。」


「「「美味い!!」」」


「こんな物も生ってるんだ?」


「俺が育ててるんだ。」


「真悟人、すげぇな!」


「だから、本題!こういうものを持ってくるから、海の物と交換してくれ!そんな取引をしたいんだ。」


「私たちは、人間にとって何が価値があるか分からん!何を獲ってくれば良いんだ?」


 そこで、最初は何でも良いから色々持って来て欲しいと伝えた。

 俺も人魚さん達が何を好むか分からないので、直ぐに食えるものを持ってくると伝える。

 村に帰って相談もしなきゃイケないから、次来たときは何か合図をする。

 どうしたら良い?


「それなら、ここに何か近づいたら私たちは直ぐに分かる。来てくれれば分かるさ。」


「よし!じゃあもう夜も遅いし、帰った方が良いんじゃないか?さすがに俺も襲わない自信はないぞ?」


 人魚さん達は笑って、襲ってくれても良いよ!と、とんでもないことを言い出した。

 いやいや、そんな訳にいかないから!

 じゃあ、飲もう!と今度は焼肉の準備をするのである。


 そして、朝。

 後から乱入した人魚さん達も入れて、20人が二日酔いでグダグダになっていた。

 他から見ると、また死屍累々で、とても正視できない光景が広がっている。

 これが酒の怖いところだ!と言うと、皆が頭を押さえて納得していた。


 皆にリンゴを1つずつあげて、『カヌー』で帰ろうとしたら、アンジェ、フラビー、ムルティの3人が岸まで送ってくれた。

 そして、次にまた会う約束をして帰って行った。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る