第2話 大きい葛籠と小さい葛籠

「大きい葛籠と小さい葛籠のどっちが良い?」


「はい?」

 突然、何の話だ?

 意味が分からず、固まっていると、


「大きい葛籠と小さい葛籠のどっちがいいんだい?」


 再度、選択を迫られる。

 大きい葛籠と小さい葛籠って、舌切×雀か?だったら小さいの一択だな。


「そりゃ小さい葛籠だろ」


「そっちで良いのか?お化けや妖怪なんて入ってないぞ」


「そりゃそうだろ!って、まんま舌切〇雀じゃん。‥‥‥つか、突然何の話だ?」


「だから、運んだご褒美の話しだろ?」


「いやいや、別にご褒美とかいらないから。」


「ほう!何の見返りも期待して無い訳ぁ無いだろ?」


「そりゃまぁ、多少の期待はするけどな。でも欲張ると碌な事にならない。

 だから、小さい葛籠も要らないぞ。そんなつもりで荷物を運んだ訳じゃ無い。」


「じゃあ、どんなつもりで荷物を運んだんだ?こんなババアを助けたって見返りなんか期待できないだろうに?だったら貰えるもんは素直に貰っておくもんだよ。‥‥‥まさか、あたしの身体が目当てとか言わないよね?」


「はっ?何を言ってますか?この婆さんは!恐ろしいことを言わんでくれ」


「あっひゃっひゃっ!この美貌と身体がいらないのか?お前さん本当に男か?」


「本当に何言ってますか?間違いなく男ですよ!申し訳ないですけど、婆さんは俺の射程外です。」


「なんか失礼な子だねぇ、後で泣くんじゃないよ?」


「間違っても泣かないから大丈夫ですよ。」


 婆さんは不満そうな顔をしている。

 なんだろ?この婆さん。

 なんか調子狂うなぁ。


「それより!婆さんはどうしてこの家を知ってた?ここは俺のお祖母ちゃんが住んでたんだ。お祖母ちゃんはもう3年前に逝っちゃったけどな。知り合いだったのか?」


 婆さんは真面目な顔になって、ジッと俺の目を見る。

 目を逸らしたくなるような視線だが、頑張ってジッと見返して見る。


「ふっ」と笑って

「お前さんは幾つになった?」

「嫁さんはどうした?」

「ちゃんと仕事してんのか?」


「えっ‥‥‥」

 それについては‥‥‥何も言えなくなった。

 歳は、もう40も越えた。

 嫁は出て行った。


 仕事は‥‥‥ちゃんとしていたが、無能な上に性格的に問題だらけの嫌味な上司の下になり、鬱屈した日々を過ごしていた。

 上司の毎日の嫌味や暴言に耐え、極力逆らわないようにするうちに精神的に病んでいった。夜も寝られなくなってイライラするようになり、家でも会話が無くなって、献身的に気を使ってくれていた嫁に当たったりと、だんだんと嫁との間に溝が生じていった。

 そしてある日、帰ったら家の中がサッパリとしていて、何が起きた?と見渡していたら、テーブルの上には離婚届に判が押して置いてあった。

 終わったな。‥‥‥悲しいよりもホッとしてしまった自分がいる。

 俺の署名捺印をして、提出をしたら終了。

 なんともあっけなく、何の会話も交わすことなく終了した。

 俺の名義の資産は車と家だけで、売って金にして寄越せとか言わなかったのは、彼女のやさしさだと思う。何故そのやさしさに気付けなかったのかと、今では思うが、精神的にイッパイイッパイだった俺はそんな心の余裕は無かった。子供も居なかったので、他に揉めることは何もなかった。

 ただ気持ち的に逃げたかっただけだろう。


 一人になって、生活は荒んでいった。

 住宅ローンも残っているから、仕事は辞められない。

 仕事も上手くいかず、悪循環に精神をすり減らして、酒に走って、呑まれて落ちそうになっている。

 思ってた以上にダメージがあったようで、メンタル弱くて嫌になる。

 もっと強かに生きれる筈と思っていたのは錯覚だったようだ。


「ふぅ〜っっ」

 婆さんが首を振った。


「そんなこったろうと思ったさ。」


「まだ何も言ってないぞ?」


 なんだ?この見透かした態度は?俺の事分かってるのか?お祖母ちゃんに似てるが別人だし、でも、草葉の陰からお祖母ちゃんが見ててやってきた? いやいや、そんな馬鹿なことはないし、しかし、それにしてもおかしいだろ?‥‥‥かなり動揺して混乱している。


「お前さんの事なんかお見通しだよ!だから今回は土産を持って来てやったんだ。」


 お婆さんはさっきと違い、少し悲しげな表情で見ている。

 俺の事はお見通し?お見通しなのか?俺って分かりやすいのか?‥‥‥どういうことだ?

 なんかヤバい状況?大丈夫か?さらに混乱していると。


「さぁ!大きい葛籠と小さい葛籠のどっちにすんだ?」


「えっ?」


 ‥‥‥その選択か。

 なんか、一気に冷静になってきた。

 葛籠の選択、どっちもいらない。‥‥‥って、そう言う訳にも行かないんだろ。

 だったら、最初に思った通り。


「ち、小さい葛籠で。」


 選択を迫られて小さい葛籠を選んだ。

 大きい葛籠で、魑魅魍魎が登場しても、もうどうなっても良いや!って気持ちもある‥‥‥

 しかし、小心者なもんで、どうしても舌切▽雀のイメージで、それは怖い。


「本当にいいんだね?後からやっぱりは無しだよ?」


 意地の悪そうな笑顔になってそう言った。


「大丈夫。小さいので良い。」


「良し!小さい葛籠はお前さんのもんだ!」


 俺の前に小さい葛籠を置いた。

 そして、にやっと笑って


「もう取り替えは聞かないからな。大きい葛籠の中身を見せてやろう!」


 そう言って大きい葛籠を開けた。


「エーーーーッッッ!!!」

 なんと!葛籠にはギッシリと一万円札が!


「起死回生!一発逆転の6億円だよ!」


 ‥‥‥‥‥‥なんだよそれ?いきなり6億円とか在り得ないだろ!


「はぁ~~~~っっっ」

 思いっっきり、ため息をついて、


「婆さん、いい加減にしてくれよ。いたずらで驚かすためにわざわざ運ばせたのか?やって良いことと悪いことがあるぞ?」


 たしか1億円で10㎏位だったはず。6億なら60㎏だろ?それを俺が運んできたのか?そんな体力ないわ!

 それにこの葛籠に6億もの金が入るかも怪しいもんだ。もう、馬鹿馬鹿し過ぎて怒るより呆れてしまった。


「なんだ?いたずらで偽物とでも思ってんのか?疑うなら確かめてみな?」


「確かめたところで、小さい葛籠を選んだ俺にはくれないんだろ?」


 いたずらにしても、表の札だけでも十数万円あるだろう。

 さらりと無防備にこんな現金を見せて俺が血迷うとか思わないのか?

 悪い奴なら襲って奪って逃げるぞ?


 婆さんはニヤニヤ笑いを浮かべながら。


「まぁ、そうだな。条件次第ではやれないことはないぞ?」


「いや、だからいらないわ。怪しくてしょーがない。それこそ後が怖い。」


 知らない婆さんに現金貰うなんてありえないでしょ。

 後で、どんなイチャモン付けられるか分かったもんじゃない。


「それに、本物だったとしたら、婆さんはどうするつもりだったんだ?こんな現金持ち歩いて、俺に簡単に見せちゃって、悪い奴なら奪って逃げるぞ!」


「お前さんにゃ奪えないよ。」


「なんでそんなことが言えるんだよ?」


「あたしにゃ分かるのさ。」


 更にニヤニヤと笑っている。

 さっき、お見通しされたことを思い出した。

 この婆さんは一体何者?‥‥‥いや、考えても分からないか。


「それはいいとして、お前さんにあげた小さい葛籠を開けなくて良いのかい?」


 なんか、俺が奪うかもって話もサラッと流された。

 そういえば、小さい葛籠を貰ったんだったな。

 こっちに魑魅魍魎が入ってんのか?

 ちょっとドキドキして開けるのを躊躇していると。


「お前さんにゃこっちの方がお宝だな!いいからさっさと開けてみな!」


「こっちの方がお宝?」

 今の俺に、金以上のお宝があるとは思えんが。

 大した期待もせずにゆっくりと葛籠を開けた。


「ん?」

 何も入ってない?‥‥‥訳じゃ無い。

 小さな布の袋がひとつ入っていた。


「ナンだ?これ?」

 中には指輪がひとつ。

 燻し銀のような色の、カマボコ型の、細かな細工の入った指輪だった。

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