第6話 前夜

「月が綺麗だ」


 満月を眺める栄華は儚げに微笑む。

 薄明りの生徒会長室にコール音が流れた。


「はいは~い、栄華で~す!」

『元気なのはいいことだが、今は夜だぞ。少し声のトーンを下げろ』

「は~い!」


 誰もいないことは分かっていながら音が部屋から漏れ出ないためにスピーカーから切り替える。


「査問会議で話していた一件は先程、片付いた。選んだのは「流星少年団」。選んだ理由?彼らがこの学園で最も人気があるからだ。人気がある分、生徒会の一方的な命令で解散、となれば必ず大きな暴動が起きる。特に、流星少年団は女子生徒だけでなく男子生徒にも人気だからな」

『なかなかセンスのある考えだな。それだけでなく、あの一件も考慮しているんだろう?』

「何の事か、さっぱり。まあ兎も角、彼らは一瞬のきらめきです。まさに流星のような」


 はっはっと乾いた笑い声。

 雲で隠された月は栄華の心を映し出しているようだった。


『時間だ。明日を楽しみにしているよ』

「ああ、分かっている。星屑の回収作戦は、見事成功に終わる」

『それでは、お休み。栄華』


 プツリ。

 栄華のスマホから流れるのはツーツーという無機質な音。

 電源を落として、目を月に向ける。


「流星は本当に消えなければならないのだろうか。星屑は、ごみ屑のように掃除しなければならないのか」


 雫が目に浮かび、栄華は月から顔を背ける。


「誰も傷つかない、ハッピーエンドを教えてくれ」


 薄明りを消し、卓上のライトに火を灯す。

 レトロ調のその色合いが疲れ切った栄華を癒してくれる。

 席の後ろに置かれた本棚から、資料を一つ取り、読み進めていく。


 栄華の悩みを置き去りにして夜は更けていく。




*****




「――ん、おはようございます」


 栄華が目を覚ますと、目の前には円満の顔があった。

 目を擦りながら欠伸を一つすると、体を起こす。


「円満、おはよう。どうしたの?」

「おはようございます、栄華さま。ホットミルクを準備しましたよ。夜遅くまで、生徒会の資料に目を通してくださっていたのですね」

「え、ああ、うん」


 机には資料の束と無数の生徒会冊子。

 一晩で栄華は十年分の資料に目を通していた。


「会計結果とか、数字がたーくさんで楽しかったよ!」

「楽しいのかどうかわかりませんが、読んで頂けて幸いです。まあ確かに、狂いのない正しい数字の配列は自然と笑みがこぼれますね」

「そうなの?」


 円満から受け取ったホットミルクの入ったマグカップを大事そうに抱える。

 猫舌の栄華の為に少し、冷ましてくれたようだった。


「えんま――」

「鮮美透涼です、入ってもよろしいでしょうか」

「ええ、どうぞ」


 栄華が話しかけようとしたと同時に、ドアがノックされ透涼が入ってくる。


「本日の発表内容の原稿が完成したので見ていただきたいと思って。分かりにくい表現、間違った表現などご指摘があればなんなりと」

「あ、うん……」


 透涼から差し出された原稿にざっと目を通す、栄華と円満。


「間違った表現や誤字は見られません。このまま、ふりがなをつけて印字してください。栄華は漢字が危ういので」

「わかりました。それでは失礼します」


 ご苦労さま~と手を振る栄華。

 ホットミルクに口をつけ、円満に話しかける。


「流星少年団は解散するんだよ?」不安げに円満をみつめる「円満の大切な人、傷つけちゃうんだよ?」

「彼らはこの程度では傷つきませんよ。また新しい星になって登場しますよ」

「そうなんだ、円満は流星少年団を信じてるんだね~」

「信じてるんでしょうか……信じているものなら普通は、傷つけまいとするものなんですが」

「それで、いいんだよ。それで、円満が納得してるなら」


 栄華の小さな一言が、円満の心を優しくなでた。


「それっじゃあ、ぼくは行ってくるね!」

「気を付けてくださいね。迷子になったら、近くの人に助けてもらってくださいよ」

「は~い、行ってきます~!」


 この後、放送室で原稿をもらい、時間通りに指定された文章を読む栄華。

 生徒会室で静かに生徒の動向を見守る円満。


 革命の刻。

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