第3話 このバカな神剣様は度し難いバカである
「お前!このくそったれ野郎がぁぁぁ!お前バカなのか!マジでモンスターを自ら引き寄せるとかバカなのか?ああ?」
『アハハハハハハハ!残念だったわねカナタ!あなたはもう終わりよ!』
油断していた。
このバカな神剣が、俺を道連れにしたいが為にここまでやる馬鹿だとは思わなかった。
当然、俺はこの場から離脱できない。
なにせ装備ゼロですから。
世の中には多勢に無勢という法則がある。
その法則を度外視できるのは規格外な強さを持った化け物か勇者か英雄ぐらいなもので、当然俺にそれは真似できない。
くそっ!あのクソ馬鹿な神剣の掌で転がされていることが癪に触る!
『さぁどうするのかしらカナタ?あなたは現在装備ゼロ!今ここで私を装備しなくてはあなたは逃げれない!ならば、今までの私に対する非礼を心の底から悔やみ懺悔しながら生き絶えるか、この私に吐き散らした罵詈雑言の数々を今ここで誠心誠意の土下座で詫びるか!この2択よ!嗚呼何て最高なのかしら!』
こいつ!本当に神剣かよ!憎たらしい残忍な邪鬼の間違いじゃないのか?
くそっ!
どうすればいいんだ!
確かに、俺が生き残るには神剣を手にする他ないが、それは俺の、「どんな手を使っても勝てれば良い!男を倒すなら股間を撃ち抜け!女相手なら下着を剥ぎ取れ!」という矮小なプライドでも許容できない。
何が何でもあいつの思い通りにはなりたくない!
「ギィィィィィ!」
必死に打開策を思案する最中、ゴブリン数匹が真っ向から突っ込んできた。
完全に不意を突かれたか形だ。
突然視界に入ってきた為、俺は思わず及び腰になり地面に転ぶ。
「やっやめてぇ!私美味しくないよ?骨だけだよ!きっとまだその神剣の方が美味しいよぉぉぉ!……あれ?」
『アハハハハハハハ!最っ高!もぉっ最っっ高!その、自分がいざ狩られる番となると情けなく泣き散らして命を懇願する潔さ!本当に良いリアクションねぇ……えっ?』
真っ向から突入してこようとしたゴブリンは俺には目もくれずに、神剣の方へと向かっていった。
『なんでよ〜!!!なんで、なんであいつを攻撃しないのよ!!!私じゃなくてあいつよあいつ!』
「ギィィィィィ!!!」
『ヒィィィィィ!ごめんなさいごめんなさい!私美味しくないよ?私神剣だからそもそも食べられないし、私なんかよりあいつの方が美味しいからぁぁぁ!』
口早に、言葉が通じる筈も無いゴブリンにまくし立てる自称神剣シスカ。
成る程、漸く理解した。
こいつはただの馬鹿ではない。
度し難い馬鹿なんだわ。
そもそも、冷静になってみれば分かる筈。
あいつが放射状にその神オーラ?みたいのを放ったのなら、あいつの周囲はそれはもう凄い密度のオーラになってる筈。
つまり、俺には目もくれない程に、神剣の周りにはオーラが放出されている訳である。
こいつ、これで自分が助かったのだと思っていたのかと思うと、呆れ通りこうして可哀想に思えてくる。この俺の頭でも少しは分けてあげられたらいいのに。
だから、俺は依然としてゴブリン共に襲われている神剣シスカにこう言ってやった。
「アハハハハハハハ!最っ高!もぉっ最っっ高!その、自分がいざ狩られる番となると情けなく泣き散らして命を懇願する潔さ!本当に良いリアクションするなお前!!!」
『うわぁぁぁ!!!さっきの私のセリフっっっ!!!』
「なーはっはっはっはっはっ!!!」
ただ、全力で憂さ晴らしをしたかった。
やはり人の不幸程面白いものはない。
それが先程まで俺を小馬鹿にして高笑っていた奴の不幸とならば尚更だ。
『もう!絶対に許さない!くらえ!』
「……はぁ?お前!まさかそれって!うおわぁぁぁぁ!」
シスカが半ばヤケクソにそう言い放つと同時に、シスカから放出された、燦然と輝く光が俺の体に纏わりつく。
『私共に死ねぇぇぇぇぇ!!!』
「マジでてめぇ後で叩き折ってやる!!!」
神剣のオーラに身を包まれた俺は、ゴブリンに散々嬲られた。
『うううっ……ひっく。ひどいヨォ〜』
「全く、散々な目にあった」
その後俺たちは、当然の如くゴブリン達にいいように嬲られたが、流石の俺もこの馬鹿な神剣に対する怒りが最高潮に達しヤケクソになり、シスカを無理矢理握って振り回して撃退する事に成功していた。
シスカはと言うと、薄汚いと形容するゴブリンの肉を散々俺に切らされ、強引に振り回された為、完璧に心が折られていた。
もうグロッキーだ。
今日は本当にロクでもない目にあった。
俺は今日この僅かな1日で、人の施しは無闇に信用してはならない事、そしてやはり悪行こそが世界を生き残る上での処世術だと言う事。後装備はしっかり整える事を教訓として学んだ。
『ひっく、ひっく。うぇぇぇ。血がばっちい』
「おい、いい加減うるさいぞ。確かに無理矢理お前を振り回したのは悪かったけど、元はと言えばお前がオーラを周囲に際限なくばら撒いたからなんだぞ?正直に言って、ゴブリン3、4体くらいなら俺でも対処出来たのに、お前が余計にゴブリン呼んだせいで、こんな事になっちまった。もう少し頭使おうか?」
『うう、だって』
シスカの声音は酷く弱々しく、先程までの気勢の良さは見る影もなかった。
流石に応えたのだろう。
ゴブリンの様相は醜悪で、奴らの発する臭いは牛乳を雑巾で拭いて1週間放置し、それでトイレの掃除を行った雑巾並みの異臭を放つ。
鼻が曲がるという慣用句を、子供の頃は「鼻が曲がる訳ないだろ」とか思ってたが、よく分かった。
『ああっもう!そもそもこの姿じゃ自分の力で移動も出来ないし逃げられないわ!自由がないのはやっぱり嫌よ!』
俺の腰元で泣きべそ垂らしていたシスカが何を思ったかそんか事を口走り始めた、その時。
シスカが急に淡く青い光を放ち始めた。
思わず目を腕で覆いたくなる程の光。
「おっおい!なんだ、何が起きてるんだ?」
俺の問い掛けに答えは返ってこず、光の強さは益々増して、やがて周囲を巻き込んでいった。
目の前に立つ人を見て、俺は絶句していた。
女神、そう形容するに相応しい容姿。
エメラルドグリーンの髪をストレートに腰まで垂らし、煌びやかに映す金色の瞳からは、慈愛のような感情を覗かせる。
プロモーションも見事なもので、輪郭のはっきりした目鼻立に、平均より大きい双丘、丈の短めなスカートとタイツの間に生じた、太ももの領域は、侵すべからずと脅迫するかの如き肉つき。
全ての美の遺伝子の集合体。
魅惑、妖艶。かなりの美人だ。
「ふぅ〜、やっぱり人の姿が一番しっくりくるのよね」
その声は、先程の神剣の声。
剣のままの時も透き通った声だなとは思ったが、今ではそのベクトルが違う。
「ん?何よ、そんなじっと見て」
「いや、その。お前、あの神剣だよな」
「?当たり前でしょ?私が光に包まれたの、見てなかったの?」
マジかよ、何という進化。
こんな美少女なかなかいないぞ!?
年齢は俺と同じくらいに見える。
すげえ、神剣ってこんな事できるのか?
「お前、その姿、一体どうした?」
「言ってなかったかしら、私ね。元
「いえそうゆう下りは別にいいです」
「何よそれ!私本当に女神なのよ!ちょっと天界でやらかして、女神長にお仕置きと称して下界に神剣の姿で、つい先日送られてきたばかりの、女神なのよ私は!」
突然こいつは何を言うのだろう?
ゴブリンとの戦闘がそんなにショックだったのだろうか?
「あんた、今失礼な事考えたでしょ?」
「いえ別に」
まぁ何はともあれ、無事に帰還出来たって事で、良しとするか。
何故かこいつは付いてきているが……。
「ねぇカナタ」
「なんだ?」
「何でカナタは、この森でゴブリンに追いかけ回されていたの?」
「あっ。クエスト忘れてたぁぁぁ!!!」
ここから紡がれますは、偶然にも出会ってしまった、クズい駆け出し冒険者カナタと、天界で色々やらかして下界へ神剣として左遷されたシスカによる、奇妙な奇妙な、なんちゃって英雄譚である。
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