不思議な男
またある夜。今夜は宿泊している宿の1階の酒場で、歌と横笛の演奏をする。これまた大盛況で、終わった頃には拍手と指笛の喝采が響く。
カウンター席に座り、マスターから謝礼を受けとる。良かったら食べなよと、フレン麦で作ったパンとスープを出してくれた。ありがたくいただくとする。
暖かな食事を堪能していると声をかけられた。左を見ると、美しく手入れされた緑の長髪をなびかせた、男の姿があった。
どうぞと隣席を促すと、男はありがとうと礼を言い、マスターに葡萄酒を注文し、席につく。
私が黙々と食事をしている間も、男は私の方をチラチラと見ており、なんだかむず痒さを感じた。
パンの最後の一欠片を食べ終わり、場所を貸してくれたお礼も兼ねて、麦酒を注文する。
「さきほどから、ずっと私を見ていますけれど、なんでしょうか?」
男の視線に我慢ができなくなり、つい突っかかるような態度で男に質問してしまった。
それを聞いた男は、一瞬ぽかんと面食らった表情をしたかと思うと、ぶふっと吹き出して腹を抱えてくつくつと笑いだした。
それを見て私はかちんときたが、顔には出さずしまっておく。
「はは、いやぁ、すまない。先ほどの君の歌と演奏を聞いていたのだがね、あの美しい妖精のような様子とはかけ離れた態度に驚いてね」
「歌を聴かれると皆さん、私を清楚で美しい乙女のようだと思うみたいですが、生憎と歌と演奏が多少得意なだけの、どこにでもいる女ですよ」
「いやはや、女性というのは色んな一面を持っているのだね。勉強になったよ。失礼をした」
すると、男は私の手を取ると、騎士がご令嬢にでもするかのように、恭しく手の甲へと口付けをした。
いきなりのことに私は思わず手を引っ込めてしまう。男は私のあわてふためいた様子を見て、さらにニコニコと笑顔を浮かべる。掌で転がされているようでぞっとする。
「それにしても、本当に先ほどは素晴らしいものを見せてもらった。この街の住人ではないでしょう?もしそうであれば私が見逃すはずがない。旅をしているのでは?」
「ええ、街から街へと旅をしながら、歌と演奏の技術を磨いています。その合間に新しい歌や楽譜を仕入れたり自分で作ったりもしています」
自作の歌のことは誰にも言ったことはないのに、この男の飄々とした雰囲気に対抗してつい口に出してしまった。
麦酒を流し込みながら、横目に男を見る。鉱山の街の男にしては、身なりが整っている。着ているセオルもなかなかの上物のようだ。もしかしたら先ほどの態度といい、商人なのかもしれないなと自分勝手に推測をする。
「素晴らしい、ですが女性の一人旅は危険では?」
「乗り合い馬車を利用しているのでそれほどではないですね。あまり危険な道も通りませんし。それに多少は護身術も心得ています」
「へえ、それは頼もしい」
つい、こちらばかりが質問に答えているようで酌にさわるが、話していて不快感は感じない。不思議な男だ。
この街で、雑貨屋兼魔道具屋を営んでいるという男は、私の旅の道中や訪れた街の話を聞きたがった。私も酒が入っていたからか、饒舌になって、ペラペラと話していた。男も聞き上手なのか、するすると私の口は回り、話はどんどんと弾んでいった。
日付がもうすぐ変わるといった時間になり、男はそろそろおいとましようと、残った葡萄酒を一気に飲み干し、席をたつ。そして、懐から、筒上に丸めた羊皮紙を取り出し、私に手渡してきた。
「知り合いから、君の歌のことを聞いてね。今夜聴けてとても良かった。旅の話も有意義であったよ。これは餞別だ。これからも君の歌が良きものとなるように」
私がお礼を言う前に、男は消えるように去っていった。
羊皮紙を広げてみると、そこにはこの街に伝わる、魔法使いの伝説を基にした歌の歌詞が書かれていた。結び紐についていた魔石に触れると、歌う女性の声が聞こえてくる。伝達魔法を応用させた魔法がかけられていて、触れることで歌が再生されるものだった。魔石自体はありふれたものだが、魔法はとても高等なものであることが、素人目にも明白だった。
この楽しかった一夜の礼に、この街の思い出として、女性の歌に合わせて、私も鼻歌でリズムを取る。不思議な男からの贈り物は、これからの旅を新たに彩るものになってくれるだろう。
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