繋がりの歌

悠季

夫婦

 東大陸南部の街。南に大森林が広がり、北には南部有数の採掘量を誇る鉱山がある、職人の街。

 とある夜。賑わいを見せる中央広場の噴水の前に立ち、私は身だしなみを確認する。それから一つ、深呼吸をする。心を落ち着け、息を吸う。そうして、私が得意な歌の世界へ、意識を集中させる。

 今日歌うのは、愛しい女を失った男の慟哭の歌。

 最初は少なかった観客も増えていき、私の歌を楽しみにしている常連さんやこの街を訪れたであろう旅人が足を止め、私の歌を聴く。

 歌い終わると、人々は歌のお礼に、投げ銭を入れていく。彼らの満足げな表情に私も満足な気分だ。

 片付けをしていると、1組の若い夫婦が私に声をかけてきた。素晴らしい歌でしたと、とても穏やかに微笑む女性が銀貨を手渡してくる。ありがとうございます、楽しんでいただけたようで何よりですと遠慮なく受けとる。

 柔らかい蜂蜜色の髪を三つ編みにした女性は、橙色の瞳をしていて、優しそうな印象が伝わってきた。

 隣のご主人と思われる男性は、堅そうな青い髪を後ろに流した大柄な人で、表情は変わらないが、満足してくれた様子だった。

「最近、近所でも噂になっていたのよ。赤髪の歌姫さん」

「あはは、そんな、歌姫だなんて。嬉しいです」

「素晴らしかったわ。うちの子にも聞かせてあげたいくらい」

「お子さんがいらっしゃるんですか?」

 それを聞いて、私は驚いた。かなり若く見える二人だったので結婚したてくらいだろうと思っていたが、幼い子どもがいても、おかしくはないと思う。

「……うちの工房の見習いだ。家内は我が子のように可愛がっている」

 1度も口を開くことのなかったご主人が、ぼそりと奥方の言葉に付け足すように説明をする。

 なるほど、工房の見習いさんか、と一人納得する。

「写本工房をしているの。この街の本屋や雑貨屋にも色々と卸しているからよかったら見てみてね」

 流れるように、宣伝を受けてしまった。穏和そうに見えて、かなりやり手な人かもしれないと、認識を改める。

 最後にまた、とても良い歌をありがとう、今日は少し体調が悪かったのだけれど歌を聴いたら元気になったわと言い、夫婦は広場を去っていった。去り際に、ご主人にも良い歌だったと言われ、嬉しくなり大きくお辞儀をしてお礼を言う。

 褒められて嬉しくないわけがない、明日も頑張ろうと、ポカポカと心が暖まり、宿への帰路には思わずステップを踏んでいた。

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