第4話 ゲシュタルト

「時間がありません、手っ取り早く説明しましょう」

「ああ、よろしく頼むよ。……出来るだけ分かりやすく頼むよ?」

 私は頷きを以ってエンナに「善処します」の意を伝える。多分伝わってない。が、この際構ってられないので、これは所謂ポーズだ。口約束が約束と認められるかどうか、はこの世界の司法に判断を譲るとしてこの答え方なら口約束ですらないので後から話が違うと責められても優勢を保った対応が出来るという、便利戦法。因みに私はこれを実践している人間を映画以外で見たことがない。この場で実証実験だ。

 まあこの作戦の委細についてはエンナが理解する必要はないのだ。

「先ずはこの街のありったけの馬車と行商人を集めます。行商人以外の失業者も集められるだけ集めましょう。街の様子を見るに、どうせ人手は有り余ってるはずです。そしたら集めた馬車と人を一度首都に運びます。そこで物資を可能な限り調達したらいよいよ目的の、えっと……」

「タフルスフォン・ガイルドリア・エードリア・ロック・アーセンだ。いい名前だろ。皆にはタフガイと呼ばれている」

 タフガイかよ。筋骨隆々でスキンヘッドだし個人的にはロックと呼びたいところだ。様をつけてもいい。

「えーと、タフガイさんの故郷へ向かいます。道中、モンスターの襲撃が予想されますが、そこでエンナや他の行商人さんたちの出番です。全力で物資満載の馬車を護衛してください。倒し切る必要はありません。飽くまで物資を運搬し終えるまでの時間を稼いでくれれば大丈夫です。作戦は以上です。分かりましたか?」

「なめんじゃないよ、流石にこれくらい理解できるさ」

 ほほう、少々過小評価していたようだ。そりゃここまでシンプルな内容ならさすがの脳筋エンナも理解は易いか。

「ところで、アタシが戦ってる間いったい誰が馬車を引くんだい?」

 分かっていなかった。何も。

「この街の失業者の皆さんですよ」

「ああ、そうか。――あん? するってえとアタシらは――」

「ええ、最初から最後まで、馬車を引くことはありません。行商人の皆さんは終始護衛に従事していただきます」

「……なるほどねえ」

「でもそもそもの話、それだけの人も物資もどうやって確保するんすか? 確かに人自体はごろごろいるっすけど協力してくれるかは別問題っすよ? 自分の生活でも厳しいってときに人助けなんて言っちゃなんだが損な役回りをそう易々と引き受けてくれるとは限らないんじゃないっすか?」

「おお、そうだそうだ! そこんとこどうなんだい? フロイト!」

 弟のアマリオ君からのもっともなご意見に姉のエンナは弱者を糾弾するときのモブキャラのごとく便乗する。

「確かにそうです。自分の状況がままならないのに赤の他人のために動く人間はそうはいないでしょうね。でも言ったでしょう? これはビジネスであって慈善事業ではありません。私が全員雇うんです。労働には対価を以って応えましょう」

 そう、これはビジネスだ。誰が何と言おうとビジネス。そして私はビジネスパーソン。用意されたレールが、当たり前ではあるが都合がよかったから乗ってやっただけだ。個人的な都合だ。赤の他人を助けたいなんて思いが先行しているのでは断じてない……と、今はそう思いたい。

 仕組まれたような接待イベントに乗っかるのは癪だが私に、私の知らない慈善心みたいなものが存在していると認めるのも同じくらい不愉快だ。

「雇うって、そんだけの人数をっすか? しかも命がけの仕事となりゃ報酬もそれなりに必要っす。きっとちんけな賃金じゃ動かないっすよ? それだけの資金はどう工面するつもりなんすか? まさか借金こさえるつもりじゃないっすよね? それだけは俺が許さないっすからね、返せなくなるリスクだってあるんすから」

 アマリオ君は異様なまでに金に厳しいな。しかし。

「大丈夫ですよ。私、ちょうど昨日の晩におちんぎんを頂いたばかりなので」

 はい? と拍子抜けした表情のアマリオ君の横でエンナが吹き出しそうになるのを必死でこらえている。さては昨日両替を終えてアマリオ君に報告するより先に私に給料を支払ったな? 後でアマリオ君に絞られても私は知らないからな。

 エンナと旅をしたことで行商人の懐事情を大体察することが出来た。

 まず驚くべきことに、この女は帝国唯一の女行商人であり、帝国一の行商人だった。並みの行商人の一〇倍は稼ぐ。その大商人の長期行商一回分の稼ぎ、の、一〇倍の稼ぎ、の、なんと気前のいいことに半分。

 つまり私は並みの行商人の長期行商五〇回分の稼ぎを得たのだ。これは単純に行商人一人の年収五〇年分にほぼ等しい。この自己資本をもってすれば必要物資の調達と命がけの戦闘員に報酬を支払うことくらい可能なはずだ。

「アッハハハハ! あれだけの大金をあぶく銭みたいに扱うたぁね! 景気がいいのは大好きだ、アタシは乗るよ、その話。他の連中も報酬が出るとなりゃあきっと飛びついてくるだろうよ、

行商人なんてもとより腕っぷしが強くなきゃやってられない仕事だからね。これくらいでビビるやつなんか居やしないよ」

「それは勇ましくて何よりです。では早速、エンナとタフガイさんで護衛の行商人と馬車要員の人手を集めてきてください。よそ者の私が出向くより、炎の行商人が声をかけた方がいいでしょう」


    ●


 話が決まるとあとは早いもので、高額報酬の触れ込みと炎の行商人のお墨付きが功を奏し、翌日早朝にはエンナの屋敷の門前に数十台の馬車の列、庭に行商人や失業者からなる短髪労働者の皆々様が大挙して押し寄せていた。タフガイさんによれば、この規模なら一度で十分な量の物資を運搬することが出来るだろうとの見立てである。

 最後まで心底心配そうに「気を付けてくださいよ、行って帰るまでが行商っすからね?」とお見送りしてくれたアマリオ君を残して、私もこのキャラバンの支配人として同行し、先ずはこのアルべダリアの街から二日ほどの距離にある帝国首都を目指した。帝国首都への道のりでは例の魔物のの群れに遭遇することはなく、アルべダリアを経って二日目の宵の口に無事首都入りを果たした我々はそこでも驚異的なフットワークの軽さを見せ、ものの丸一日で物資を調達し、帝国首都入りの明後日には準備万端で目的地へ向けて首都を後にしたのであった。

 故に、私は帝都をあまりよく見物できなかったのだがその不可解さに驚嘆するには一見した程度で十分だった。

 帝国首都、そこは限りなく近代に近い都市だったのだ。整理された区画、整った道。雰囲気こそ歴史の教科書で見るような中世後期の名残があるが、建物や行き交う人間の身なりから発達した文明の香りが感じられる。

 依然周った辺境とアルべダリアの差からみて、もしかしたらとは思っていたがこれは完全に予想を上回っている。やはり、都市同士が分断されていることによるものだろうか。モノはおろか、人の移動さえ滞るとあっては都市の発展に差が生じるのも仕方ない……のか? いや、アルべダリアでさえ少なくともこのキャラバンに参加しているだけの行商人がいるんだ、帝都に出入りする行商人だって相当数いるはずだ。その物流によって多少は都市間の格差が是正されてもよさそうなものだが……。

しかし、現状そうなっていない以上、そういうことなのだろう。行商人個人がそれぞれ好きに商売する程度ではさしたる効果はない、と。

知れば知るほど、なんとも珍妙な異世界だ。

 帝都から目的地であるタフガイさんの故郷への三日の道のり、その二日目の夜にそんなことを考えていた、


    ●


 三日目の昼。もうそろそろ目的地へ着く手はずだ。ここまでは魔物の群れに出くわすことなく極めて順調に進んでいる、このまま何事もなく終わってくれればそれが最善なのだが……。

 平野の一本道で縦に長く伸びた馬車の列、その先頭の馬車の御者席の隣で祈りにも似た不安に苛まれていると騎乗で並走しているエンナが「なあフロイト」と話しかけてくる。こんな場面は実はこれまでも何度か有って、その度に私とエンナはとりとめのない会話を繰り広げてきた。そうやってエンナは退屈を、私は不安を紛らわせていた。

「魔物の群れ、出ないねえ」

「なんでちょっと出てほしそうなんですか」

「ひまなんだよ。もしこのまま出なかったらどうなるんだい? 護衛についた行商人連中の報酬は無しかい?」

「安心してください、魔物は出なくても報酬は出ます」

「じゃあもし出たら?」

「出たら? じゃありませんよその時は仕事してください」

「全滅させなくていいんだよねえ? 馬車を守りさえすれば。でも、行きはそれでいいとして帰りはどうするんだい? アンタ『一度防げばそれでいい』って言ってたじゃないか。でも帰りだって襲ってくるかもしれないよ?」

「確かに一度防げばいいと言いました。なのできっちり一度防衛してくださいね。何しろ『行って帰るまでが行商』ですからね。アマリオ君が言ってだでしょう? だからそれで一回です」

「なんだそりゃ。結局帰りも戦う羽目になるかもしれないのかい? それなら――」

 そこまで言って、少し間をあけて先ほどまでの与太話よりも低い調子の声でエンナはこう続ける。

「それなら、先に数を減らしちまった方が楽かもしれないね」

 私の馬車の左を並走していたエンナ。彼女の視線は今、馬車を挟んで隊列の右遠方に送られていた。

 私も彼女の視線の先を一瞥し、その姿を捉えると同時に見張り役の声が響いた。

「敵襲―! 魔物の群れが出たぞーー‼ 右だあーー!」

いよいよか。できればこのまま無事に目的地へ到達したかったが、仕方あるまい

私は「準備はいいですか」とエンナに確認をとろうとしたが彼女の方を見るとどういうわけか彼女も同じ方向、つまりは敵と真逆の方向をみていた。

「おいおい――冗談だろ」

 エンナがそう言った直後、またしても見張りの声が響く。

「左だ!!左にもいるぞ!!!」

 隊列の進行方向に向かって左、遠く。魔物の群れが見える。左右の群れを合わせてもやはり西の地で見た大群には及ぶべくもないが、今回は条件が悪い。右の群れも左の群れも真っすぐこっちに向かってくる。

 挟まれた。

 細長く伸びた隊列に対して左右から挟撃。このままでは馬車を守るために行商人連中を薄く広く展開せざるを得ない。とても薄い防衛線だ、容易に突破されてしまう。いやそもそも隊列すべてをカバーできるほど護衛要因は数が多くない。ただでさえ数の差は圧倒的なのにそのうえ更に戦力を分散させられたのではまず間違いなく勝ち目がない。

 的確過ぎる襲撃だ。何故? どうしてそんなことが出来る⁉ 少なくとも今まで遭遇したモンスターの類は知性というものを感じさせなかった。少数で集団行動を見せることはあっても、ここまで戦術めいて理にかなった行動をとることはなかった。なのに何故ここまで……⁉

 いや、いやいや、分析は後だ。今は対応を、最善の対応をしなければ。下手をうつと全滅さえあり得る……!

「どうすんだい? フロイト。さすがのアタシも背中側の敵までいっぺんに相手するなんて芸当はできないよ」

「分かってます。……後方の馬車に伝令を! 出来るだけ前に詰めさせてください! 多少なら横に広がっても構いませんが、私の馬車より前に出ないように、と!」

「了解! それで? アタシらはどうすればいい? 時間稼ぎかい?」

「いいえ、まだその必要はありません。敵は広く展開した状態で迫っています。こちらの護衛の人数では範囲的に食い止めることが出来ません」

「それで? 難しいことはいいんだよ、指示だけだしな!」

「後方の馬車が前に詰めて隊列がまとまったら護衛の皆さんはその周りを囲んでください。あとは、スピードを上げて挟みうちを喰らう前に駆け抜けます!」

「ハハハ! ここへきてかけっこかい! いいねえそーゆーのは好きだよ!」

「しばらくは走りながら戦うことになるかもしれません。エンナ、マルタがいなくても西の時みたいに飛んだり跳ねたりはできますよね?」

「それはできるけど、火力はいつも通りだよ」

「ええ、それで構いません。貴女の機動力が頼りです。――頼みましたよ」

「――任せな。一匹たりともアンタに近づかせやしないよ」

「私に、ですか。結構、その意気です。でも、無理はしないでくださいね」

 私の言葉に右手を上げて応えると、エンナは馬車を離れてスピードを落とし、後方へ行ってしまった。伝令を受けた後方の馬車が前へ出てくる。一列縦隊だった隊列が逆ホームベース型に近い形にまとまると、その外周を囲むように護衛が配置に就く。先頭は私の馬車とその左右に就いた護衛二騎。

 後方で火柱が上がる。エンナからの合図だ。準備完了、か。

 私はわずかに震える声を腹の底から支えて張り上げた。

「スピードを上げます! 全車、遅れずに着いてきてください!!」

 馬車数十台のけたたましい走行音の中、私の声は辛くも届いたらしい。キャラバンは鞭打つ音や馬の嘶きでより一層騒々しさを増しながら加速していく。


    ●


 接敵から一時間は経っただろうか? いやまだ経ってないかもしれない。緊迫した状況において時の流れはいくらか遅く感じるものだ。

 端的に言おう、追われている。

 スピードを上げたことでなんとかまともに挟撃を喰らう事態を免れたが、そのまま逃がしてくれる訳もなく、魔物の群れに追われながらひた走っているのが現状だ。百を超えるモンスターが血眼で追ってくるものだから皆顔面蒼白で走っている。

 不気味な咆哮が聞こえた。

 足の速い魔物の一団がキャラバンに追いつき、包囲しようとしていた。防衛線の突破を試みようと目と鼻の先まで迫った。

 南無三。今度こそダメだ!

そう思った次の瞬間には魔物は炎に包まれていた。

 汗が額を流れた。

「熱かったかい?」

「いいえ、助かりましたエンナ」

 さっきから似たようなやり取りを何度となくしている。

馬車から馬車へ、また馬から馬へ飛びわたり、敵を千切っては燃やし千切っては燃やしする彼女の戦いっぷりは、かの義経の八艘飛びもかくやといった具合である。


 そうこうしているうちにようやく目的地である街の外壁を目視するに至った。このデッドチェイスレースにもチェッカーフラッグが振られたことになるが、護衛部隊てはここからが本当の正念場である。行商人達の戦闘力を見込んでの作戦だが正直、簡単ではない。

 私は右手で合図を送る。私の横を並走していた護衛が合図を受けて馬車から離れ、それに続く形で次々と他の護衛も隊列から離脱していく。

 不意にゴトッと音がして私の乗る馬車の屋根にエンナが着地した。私は彼女の全身いたるところに赤い血を見止めた。心臓を掴まれたような感覚を覚えたがそのほとんどが返り血であるらしいことを彼女のいつも通りの快活さから察した。

「いよいよだね。あとのことは任せな、一匹残らず燃やしてやるよ。壁の中で待ってな」

「全部燃やすなんてまた貴女はいい加減なことを。……無茶は、だめですよ?」

「はいはい。ほら、もう振り返らなくていい、突っ走りな!」

 エンナはそう言うと走行中の馬車を跳躍で一層強く揺らし、馬車隊の後方へと消えていった。私は前を向き直し、御者席に座りもせずただただ目指す街の外壁を睨む。

 時間と⒮の勝負だ。一刻も早く、街に入らねばならない。


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 ガコッと木製のジョッキがぶつかる音があちこちで聞こえる夜、私はどんちゃん騒ぎから少し離れたところで一人、酒をちびちびと舐めている。

 我が商隊の構成員は宴会好きらしく、あれだけ過酷な街への突入作戦を無事大成功させた後も日が暮れる前に物資の分配等をきびきびとこなし、夜には打ち上げの時間を確保してしまった。無論会場の確保から酒や食事の準備配膳まですべて自分たちでやってのける。半壊していた酒場を数時間で修繕し、このためにこっそり持ち込んでおいたのだという酒と食料で瞬く間に一席設けてしまった。そして現在宴も酣というところである。

 街への入場が完了した段階で足止めに当たっている戦闘員たちに合図を送ったのだが中々撤退してこなかった時にはひどく焦った。ようやく街へ入ってきた部隊と合流して一安心したのもつかの間、その中にエンナの姿が見えず、生きた心地がしなかった。

訊けば、合図を受けて尚モンスターの猛攻は止まらず、退きあぐねていたところに彼女が一人で殿を買って出たというのだ。

 確かに筋肉の脳が姉御肌を着て歩いていうような女ならそんな無茶もしかねない。「無茶はするな」と念をしたのだが。

エンナを置き去りにした他の行商人たちを怒鳴り散らす訳にもいかず、やり場のない怒りと恐れでいよいよ気が触れそうだという正にその時、街の外壁、その正門が開き、炎の行商人エンナの凱旋と相成ったのである。

「いやあ、遅れちまって悪かったね。全部燃やしてきたよ! ところで、アタシを差し置いて宴会始めちまったりしてないだろうねえ?」

 開口一番人の心配をよそに飲み会の心配をするこの女のもとに私は飛んで行って、この時ばかりは罵詈雑言をもって出迎え、その後しばらくは口を利いてやらないことにした。

 彼女の先頭の様子を遠巻きに見ていた者曰く、

「私も行商人の端くれ、噂には聞いていましたが本当にとんでもない御仁ですよ。彼女と共に戦ったことは一生涯の自慢になりましょう。

 まさか守り切るだけでなく全滅させてしまうとは。炎の行商人殿は攻守ともに一級ですな。帰りに戦いの跡を見ていかれるのがよろしいかと」だそうだ。

 守れば鉄壁、人力ファイアウォールみたいだな。戦闘においては攻めるばかりが取り柄なのだろうぐらいに思っていたが、彼女の戦闘センスは守備にまで及んで未だ余りあるということか。炎の行商人エンナの逸話が増えた。

 これで帰り道での大規模戦闘の心配はなくなったが、それにしても無茶はするなと言ったのに聞きゃあしない。あの女は、全く――。

 さていつになったら口を利いてやったものか、そうだな、少なくともアルべダリアに帰るまでは絶対に訊いてやらないんだからな。


    ●


「……なあフロイト」

「……………………」

「うぅ……」

 さてさて、エンナも、だいぶ堪えているようだし、もうじき屋敷にも着くころだし、そろそろ口を利いてやってもいいかな? うん、そうしよう屋敷に着いたら許してやろう。

 作戦成功の翌日、タフガイさんの故郷ワイスヒを早々に出発した我々は無事アルべダリアに帰還していた。因みにワイスヒの街の正式名称は長すぎて忘れた。

 とりあえず集合時と同じようにエンナの屋敷に一度集まって、そこで清算等を済ませる段取りである。

 馬車を表の通りに並べて停めて、我が商隊の構成員たちはにっこにこで庭に整列している。そんなにおちんぎんが欲しいか、この欲しがりめ。という気持ちで、全員に今回の報酬を支払う。

「……! あの、こんなに貰ってもいいんですかい?」

「こいつぁ日割りでも普段の三倍は下らねえ儲けだぜ……」

「俺なんていつもの5倍はあるぜ! ひゃっほう!」

 ふふ、大の大人がおちんぎんではしゃいでいるのはいつ見てもいいものだ。

「お帰りなさい、フロイトさん。大丈夫でしたか怪我はないっすか体調は? どこか痛い所はないっすか?」

 アマリオ君が私の姿を見つけてバタバタと駆け寄ってきてこんなことを言う。初めて会った時、エンナに対してもそうだったが、アマリオ君は姉以上に世話焼きと言うか若干過保護なきらいがあるな。

「ええ、ええ。無事ですよ。なんともありませんとも」

「ならよかったす――もう、心配で心配で。ところでエンナは一体なんでしょぼくれてるんすかね?」

「ああ、彼女は大丈夫です。じきに元気になりますよ。今回も大活躍でしたし」

「とてもそうは見えない落ち込みよ様っすけど、まあいいでしょう。ところで、随分気持ちのいい払いっぷりっすね。せっかく手に入れた一財産、こんな風に溶かしちまうとはあなたも随分人がいいっすね」

「何を言っているんです、慈善事業ではないと言ったじゃないですか。ワイスヒの街は魔物に襲われて人的被害も物的被害も甚大でしたが、魔物はお金を盗ったりはしないでしょう? 届けた物資はまとめて街が買い取ってくれました。街のあちこちへ物資を届けて手間賃も弾んでもらいましたし、儲けはしっかり出しましたよ?」

 お土産もありますよ、と付け加えるときょとんとするアマリオ君。むふふ、いい顔をするじゃないか。そこはやはり姉弟、エンナと同じでからかい甲斐が有る。

 伊達男の顔をにやにやまじまじと見上げていると話を聞いていたらしい行商人数人が色を正して話しかけてきた。

「フロイトさん、いやフロイト姐(ねえ)さん!」

 姐さん?

「実はワイスヒみたいな街は他にもあるんでさぁ。アルべダリアには各地から行商人が集まってる。そいつらの故郷(くに)も先の戦争で荒れちまって、厳しい暮らしを強いられてるところばかりだ。だからって俺たち一人ひとりじゃあ何もしてやれなかった。

 でもアンタなら、今回みたいに俺らをうまいこと指揮してモノを運べる。儲けも出せる。俺らに十分な報酬もくれる。

 だから頼む、俺らを雇ってくれ! あちこちにモノを届けるんだよ。この通りだ! 頼む、姐さん!」

「えっと、あ、アタシからも頼む! フロイト!」

「お、俺からも頼むっすよフロイトさん……姐さん!」

 深々と頭を下げる行商人たち、ここぞ和解の契機とばかりに強引に便乗するエンナ、アマリオ君は……分からない。

 ああ、なんなんだ全くもう。これじゃ嫌だなんて言えない。

「――いいですよもともとそのつもりでしたし」

「おお! そういうことならいっそ商会を設立した方が手っ取り早いっすね!」

「気の利いたこと言うねえ! じゃあ名前は『フロイト商会』だね!」

「商会は構いませんがその名前だけは絶対に嫌ですよ、エンナ」

「え、そ、そうかい? だめか……アハハ」

「じゃあ、こーゆーのはどうっすか? 『ゲシュタルト商会』いい名前でしょ?」


    ●


 大嫌いな異世界に美少女フロイトとして転生し、炎の行商人エンナに拾われ、スーパー幼女マルタと出会い、行商で一儲けした金を元手に財を成し、この国の大穴である物流ビジネスを行う『ゲシュタルト商会』を設立した。

 出来過ぎだ。

 私が転生してからやったことなんて要点をかいつまんで言えば高々それくらいだ。これがアニメならきっと総集編もアバンで終わる。

 まあそれはともかく。商会、しかも名前がよりによって『ゲシュタルト商会』か。

勿論これにも長ったらしい正式名称がつけられたが覚えていないし覚える気もない。

物流。主に、分断された国中の都市を継いでヒト、モノ、カネを運ぶ事業。これまでは各個人が行商として行っていたことをまとめて組織的に行うわけだ。加えて、それまで手ずから馬車を引いていた行商人たちは護衛に当たらせ、運搬作業は非戦闘員に任せる適材適所の人事。当然効率も能率も段違い。商会はみるみる内にその組織と事業の規模を拡大していき、設立から僅か半年足らずで帝国全土をほぼ自由に、安全に行き来できる交通網を築き上げた。物流市場はゲシュタルト商会の独占状態で大繁盛。

 おかげで会長の私は日々デスクワークに追われている。

 警備部長にはエンナを任命したが戦闘員、もとい、警備員の育成等々もほどほどに専ら現場へ出向いて護衛の傍らモンスター狩りに勤しんでいるようだ。一部では、肩書上行商人ではなくなった彼女の『モンスターハンター エンナ』という新しい二つ名が浸透し始めているらしい。今日もどこかで一狩りイってることだろう。と言っても、例のワイスヒ付近での戦闘以来、大規模な魔物の群れとの戦闘はおろかその目撃の報告すら上がっていないので、あの戦闘狂はきっと満足していないだろう。

ヒトもモノもカネも回り始めた帝国は急速に発展しつつ都市間の格差も徐々に是正されてきている。何より街から失業者が姿を消した。

 ビジネスは好調で稼ぎも上々。向かうところ敵なし、破竹の勢い。

 やれやれ、嫌だ嫌だと言いながらも結局は成功へのレールに甘んじて乗ってしまっている。望んでなんていないが、望まれたとあっては、しかも何者かにではなく目の前の誰かに望まれたとあってはそれも致し方あるまい。今はそういう風に思っている。

 しかし、すべてうまく行っているからと言って不安材料がないわけではない。

 私は部屋の隅に立て掛けた一丁のライフル銃を手に取った。

 この半年で私は何度か視察の名目でワイスヒへ足を運んだ。ある疑問が常に頭の片隅で引っかかっていたからである。

 何故、ワイスヒは魔物に襲われたのか。

 魔物に知性はない。にもかかわらず、大規模な群れを形成して一つの街を襲ったというのはあり得ないことではないのかもしれないが不自然に思えた。得心いかない。そこで暇を見てはその原因を探りにワイスヒまで足を延ばしてみることにしたのだ。すると、前回の調査で興味深い発見があった。それがいま私の部屋にある銃である。

 この銃はワイスヒに住むある男によって作られたものだ。男曰く、『街が魔物に襲われる前、偶然材料が手に入ったので作った。詳しくは言えないが、これは確かに俺が作った道具だ。初めて作った物は魔物に壊されたからもう一度作り直した』と。

 私がこの世界で銃を目にしたのはそれが初めてだった。このくにで一番栄えているであろう帝都でも目にしなかったものをそこで見たのだ。

 私が「譲ってくだい」と言うと断られたが、「材料さえあればこの銃をまた作ることが出来ますか」と言ったら男の顔色が変わった。その銃はアンタにくれてやる。だから俺を雇ってくれ、材料と時間があればいくらでも作るから。と言うので私はこの男をアルべダリアに連れ帰り家と資金を与えた。それがちょうど三日ほど前のことだ。

 男から譲り受けた銃は火縄銃やマスケット銃よりも遥かに進んだ代物だった。

 そもそも銃火器はこの世界において間違いなくオーバーツ。それを『材料があったから作った』などと言うその男も大概だが、もし、魔物の狙いがこの銃、一丁のライフルだったとしたら? 考え過ぎだろうか、私は裏で糸を引いている者の存在を疑わずにはいられなかった。

 こんこん、と部屋の戸を叩く音がする。私が「どうぞ」とだけ答えると扉を開けてアマリオ君が「失礼するっす」といつも通り軽薄な口調で部屋に足を踏み入れた。

「お茶を入れたっすよ、姐さん」

 姐さん、と。商会設立以来、アマリオ君は私のことをそう呼ぶようになった。君のねえさんはエンナだろうに。

 私はライフルを元遭った場所に戻した。

「経理部長のアマリオ君がお茶なんて入れなくていいんですよ?」

「いいんすよ、好きでやってるんすから。それに勝手しったる人の家ってのは好きじゃないんですよ」

 ここはエンナの屋敷の一角に新設された建物、ゲシュタルト商会本部の会長室だ。私はどこか他所に居を構えるつもりだったのだが、土地を手に入れるのは骨がいるからとアマリオ君の勧めでこうして敷地内に厄介になっている。

 同じ敷地に住んでるならこの方が都合がいいからと、屋敷の本館と渡り廊下で繋がっており、食事も風呂もエンナの家のお世話になっている。なんならメイドさんや執事が掃除もやってくれたりするので実質この本部も屋敷の一部だ。アマリオ君的には自分の家以外の人間がたとえお茶汲みでも台所に立つのは許さない、と言うことらしい。

「だったら使用人さんにでもやってもらえばいいんじゃないですか?」

「いやあそれはほら、女癖の悪いメイドがいますし。執事の方は論外っすからね。さあ、冷めないうちにどうぞ。ところでそこに立てかけて鉄砲は一体何っすか? 前からありましたっけそんなもの」

「これ、気になりますか?」

 部屋の隅のライフルに興味を持った様子のアマリオ君。

ちょうどいい。試し撃ちをしてみたいが如何せん可憐で華奢な美少女の私には少々身に余る代物だと思っていたところだ。

「よし、今日のお仕事は終わりです。外へ出ましょう」

「仕事は終わりってまだお昼っすよ? いいんすか?」

「いいんですよ、仕事と言うのは早く終われば早く終わるほど偉い! 仕事が終わったらハイまた明日! それでいいんです。さあ行きましょう!」


    ●


 パアアアアン――――ァン――ン。アルべダリアの外壁の上というのは思いの外残響がよく聞こえるものだ。街のあちこちの建物に反射した銃声が心地よく反芻している。少し風が強くて肌寒い。最近ぐっと気温が下がったように感じていたが、この世界でも半年あればだいぶ季候が変わるようだ。

私は錠剤くらいに見える距離にいた中型モンスターがばたりと倒れるのを双眼鏡で確認して口を開いた。

「見事なものですね、命中ですよ。魔法ってこんなことも出来るんですね。私も使えたらよかったのに」

「ははは、お褒めにあずかり光栄っす。大したことじゃないんすよ? 頭の回転をちょっとばっかし早くしてやって体の動きを完全に止めてやるんす。そしたら後は、こう、当たれ~って思いを込めて放つと勝手に当たってくれるんすよね。弓と同じっすよ」

「それがすごいと言ってるんですよ。まったくあなたたち姉弟ときたら、二人そろって一流の魔法使いじゃないですか」

「魔法使いなのに箒で空も飛ばずに銃を撃つなんざ、おかしな話っすけどね」

「……それもそうですね。さて、そろそろ戻りましょうか。少し冷えてしまいました」

「ええ、そうっすね。帰ったら出来るだけ早く食事にしましょう。今日は温かい物がいいっすね」

 温かい物ならインドカレーが食べたいとか、いや味噌汁が食べたいとか、いやいや肉じゃががいいとか、そんなことを二人で話しながら階段を下って外壁を降りた。とても楽しい会話だった。話がこんなに弾むのはこの世界ではマルタに続いて二人目だ。まあマルタと話すのとアマリオ君と話すのじゃあ違った楽しさがあるんだが。

 ……マルタか。あれからもうずいぶんと会っていない。

 嗚呼、あのチョコレート色をしたすべすべもちもちの肌にわしゃわしゃと撫でまわしたくなる白い髪、あどけなく愛らしい表情で甘えてくるおっとり癒し系妖精のようなあの幼女にまた会いたい。合法的に触れ合いたい!

 今の私が幼女と戯れることは決していかがわしい事ではないのだ。なぜなら私のマルタへのこの感情は清く正しい庇護欲のようなものでありそこにやましい気持ちなど一切ないのだから。あと私は決してロリコンではないからだ。今の私は泣く子も黙る、いや花も恥じらう美少女であるからして。

「姐さん?」

「え? あ、はい」

私とアマリオ君は気づけばもう階段を下りきってしまっていた。

 いかんいかん、ついつい考え過ぎてぼーっとしていた。アマリオ君の話も途中から聞いてなくて生返事をしてしまった、ごめんね。

 と、見るとアマリオ君は私の半歩後ろで歩みを止めて私の前の方を見ている。

 一体どうしたというのだろう? そんなまじめな顔をして。

 私がアマリオ君の視線の先へ目をやると、そこには見知らぬ小太りの男が取り巻きを引き連れて得意顔で立っていた。男はわざとらしくふんぞり返って言う。

「吾輩はこの街の最高権力者にしてこの周辺一帯の領主にして偉大なる恐怖帝の血筋より分かれしハインルッヒ家の七代目当主! アルべーダ・ゴルゴン・ゾラモヅ・アレラ・チース・フォル・ハインルッヒである!! ゲシュタルト商会会長フロイト、貴様を反逆罪の疑いアリと認め直ちに拘束、連行する!」

 音に聞こえし悪徳領主アルべーダその人は、下賤な笑みを浮かべながら手下に命じて私を縛り上げさせた。アマリオ君の抵抗もむなしく、かくして私は囚われの身となってしまったのである。


    ●


 暗くてひんやりしたいかにも地下牢といった感じの地下牢で、両手首を天井から吊るされた二本の鎖にそれぞれ繋がれ両腕が左右斜め上に挙げられている。両足首も鎖につながれているがこちらはそれぞれ床に繋がっていて長さには余裕がある。足を動かそうと思えば動かせるし、動かすたびにじゃらじゃらと引きずられた鎖が音を立てる。この体制で一番きついのは手首だ。手首が痛い。気を抜くと全体重が手首にかかるのでとてもキツイ。これがもし素肌に直接高速具をつけられていたら余計に痛みが増しただろうな。長袖のシャツを着ていてよかった。

 そういえばこのシャツ、私がこの異世界に来た時に着ていたものだ。スラックスもそう。私は元から成人男性としては体格がいい方ではなかったが、流石に少女のそれよりは縦も横も大きかった。だからだいぶサイズがぶかぶかなのだが、これまでは特に問題なかったので十分な着替えを手に入れてからも度々着用している。

 思えばこの格好って怪しくないんだろうか? この世界の文明の程度が都市ごとにある程度差があるとは言っても、シャツにスラックスって結構上等な着衣なんじゃないのか? 金持ちのエンナや行商人、帝都の人間ならともかく、辺境の街や西の住民たちにとっては未知の衣類だったりしないんだろうか? というかそもそもシャツって正しくはいつごろから普及し始めたものなんだろう。……いやよそう。ここは飽くまで異世界だ。元の世界と同じ順序で文明が発達しているわけではないし、その発展の過程を明らかにするのは私の仕事ではない。

 ただ、やはり衣服一つとっても『よくある中世ヨーロッパ風異世界』といううすら寒い都合のよさに違和感が拭えない。この事実だけ頭の片隅に留めておけばそれで十分か。

 薄暗い、と言うかほとんど真っ暗だった地下牢、その入り口がギギと開く音がして少し明るくなった。ごつごつと足音が狭い石壁に囲まれた空間で響きながら近づいてくる。

 ようやくお出ましか。こっちは待ちくたびれてもう少しで異世界の衣服について論文を書き始めるところだった。何となく察しはついているんだ。さあ、てっとり早く済まそうじゃないか、領主様。

 私が収監されている牢の入り口、これまた地下牢然とした鉄格子の向こうに小太りの王侯貴族、泣く子も黙る悪逆領主のアルべーダ何とかハインルッヒのお成りである。

「ムフフフ、地下牢の居心地はどうかね? フロイト君。さぞ君の故郷に似て過ごしやすいであろう?」

 にやにやと下衆っぽい笑みを浮かべながらねちっこい声で私をからかっているつもりのことを言うアルべーダ。鉄格子のカギを開け、そのまま蝋の中へ入ってきた。

 私の故郷? 何の話だ。そりゃあ日本はある意味牢獄みたいな構造をしているとも言えなくはないが、お前はそんなこと知らないだろう。それに私は元の世界では収監される側ではなく、どちらかと言えば収監する立場だった。看守だったわけではないが。

「だんまりであるか、ふん! いつまでその態度が持つか楽しみだ! しらを切らなくてもよいのだ、調べはついている。フロイト、と言う名前で通っているが実はこれ自体がフルネーム! 短くて粗末な名前、すぐに分かったわ! 王国の出身なのであろう?」

 成程、私を北の王国の人間だと勘違いしているわけか。確かにフロイトと言う名前は王国っぽいだとかなんとかちょくちょく小耳にはさんでいた気がする。すると私はスパイ容疑で拘束されているのだろうか?

「いやあ、しかし! フロイト、とはなあ! これがフルネームだと分かったときはてっきり北のブ男かと思ったが、なかなか可愛らしいお嬢さんではないか! ぐぅはは!」

 アルべーダは終始にやけ顔で私を舐めまわすように見ながらしゃべる。

 ……なんというかいちいち気持ちの悪い男だ。中年の小太り脂ぎった肌。清潔感のかけらもない。声にも所作にもまるで気品というものを感じない。頭には一応ふさふさの金髪が乗っかっているがそれ、カツラじゃないのか? ねっとりしてるくせにやたらデカい声でしゃべるし、息継ぎの音さえ耳障りだ。どうしよう、好感を持てる要素が一つもない。さっさとどっかに行ってほしい、出来るだけ遠い所へ。

「私は……私は何故捕えられているのでしょうか」

「ん? ――ははは! そうかそうか、そうだな。よろしい! 先ずは説明から始めるとしよう! ぶフフ――ええ――『ゲシュタルト商会会長フロイトにおいては、帝国各地における通商行為によって資金、物資、情報、人的資源を余りに過分に取得し、またそれを以って領主アルべーダ、ひいては帝国へ反逆する意志を腹心に有するものと認める。よってこの者の即時拘束及び、尋問を命ずる』。ふふん! 驚いたか、恐れ多くも皇帝が直々に下された命だ! これに従い、これから、吾輩自ら貴様を尋問する、というワケだ! ま、まあおとなしくしていればそう手荒な真似はせんから、せいぜい、ふふ、楽しませてもらうとしようか。ふふふ」

 コイツ……下心を隠そうともしない、それが醜いとすら思っていないと見える。浅ましいにもほどがある。男であれ女であれこんな人間は嫌いだ。加えてコイツは生理的にムリ。しかしまあそうか、要は稼ぎ過ぎて悪目立ちしたというところか。ぶっちゃけそろそろだと思っていたのだ、実はアマリオ君にも警告はされていたし。だからこういう時の対処法は考えてある。相手がここまで気持ちの悪いオヤジだということは想定外だが致し方あるまい。背に腹は代えられぬ。

「領主様、取引をいたしませんか?」

「……なにぃ?」

「私と、領主様で、取引がしたいのです」

 為政者と商売人のうまい付き合い方と言うのはいつの時代も癒着一択である。それ以外にはあり得ない。利益を追求する商売人は為政者の権力によって己に都合のよい環境を用意させ存分に稼ぐことが出来る。為政者は直接は金にならない権力で任意の商売人を優遇することでより効率よく利益を得る。いつの世も結局はそういうモノだ。

 つまり私がこの領主アルべーダにうまい話を持ち掛けてやればいい。

 話はこうだ。一言で言ってしまえば関税の導入である。ここアルべダリアは帝都にも近く帝国領のほぼ中心に位置していることと我がゲシュタルト商会の本拠地であることから名実ともに帝国における物流、交通の要所となっている。つまり放っておいてもヒトやモノがバシバシ出入りする街なのだ。そこで、このアルべダリアの街におけるヒトやモノの出入り一切に税金をかけ、それをそのまま領主の懐に納めて頂くというワケである。

「税率は無理のない範囲で決めて頂ければ良いでしょう。加減が分からないならば私共がお手伝いしても構いません。それに物品ごとに異なる税率を領定めるなどすれば領内に流通する品を操り、市場を恣意的に管理することも可能です。領主様におかれましては、決して悪い話ではないと思いますが?」

「なるほど、確かに。しかし、その話に君の協力が必要かね? 吾輩がそのような形で税を徴収すれば君の力添えがなくとも収入が見込める訳だが?」

「お忘れですか? 帝国の物流は今や我が商会の、つまり私の手中にあります。私が運べと言えば帝国全土どこへでも荷を運ぶことが出来ます。例えその必要がなくても」

 ここまで聞いて「……? 何が言いたい?」などとぬかす頭の鈍い領主には呆れる。

「今後全ての物流経路でアルべダリアを経由させましょう。この街を出入りする人間も物品も現在の十倍にはなるでしょう。他の都市とは比べ物にならない税収が見込めるかと」

「十倍……ふむ。それは…………いいな! ぐふ! よろしい! して、その代わりに貴様は何を望むのだ?」

「私の解放と、私の商会以外が物流に携わることを禁じてくださればそれで構いません」

「結構!! その話乗ったぞ!! ぐふ、ぐふううふふふ!!」

 領主の汚い笑いを聞きながら、私は交渉が成立したことに胸をなでおろした。

「しかしだ!」

 アルべーダは、私が安堵したのを見てから鼓膜がびりびりとしびれる程の声でまた一気に私の意識を緊張の領域へて引きずり戻した。

「それは今後の事であって、これまでの事ではあるまい?」

「と、おっしゃいますと……?」

 声が震える。嫌な予感がする。

「貴様を開放するのも、貴様のうまい話に乗るのも全て先のことだ。忘れてはいないか? 貴様は今、罪人として捕らえられておるのだ! 罪には、罰が必要であろう……?」

「で、ですから! それは取引で――」

「この場を見逃せと言うのか⁉ それはできぬ相談だ! 吾輩はこの街を皇帝より預かり治める者の使命として、正しく罪を罰する義務と責任がある! 『反逆罪で捉えられた商会長フロイトは領主アルべーダにその罪を裁かれ、然るべき罰を受けたのち、更生して主君のためまっとうに働く善良な商人となった』というのが自然であろう? ぐふ」

 迂闊だった。捕らえられたら最期、相手の成すがまま。

 嗚呼、畜生。コイツは、この男は最初からそれだけが目的だったんだ。

 いつか味わった、全身の力が抜ける感覚が蘇る。

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