正義が首を絞める時
悦太郎
1話
「別れる位なら、死んでやります」
青白い顔をした女の、ヒステリックな叫び声が一室に響いた。目の前の男がめんどくさそうにため息をつくと、女はおもむろにカッターを手繰り寄せ、本当に死んでやるんだから、と更に泣き喚いてうずくまった。
「そういう所がめんどくさいって言ってるんだよ。自分じゃわからないのか?なら尚更、これ以上付き合う気にはなれないな」
最後に一言、そう言い残し、男は家から出ていった。
──「私は自傷行為を悪いことだと思いませんね、むしろ……」
カメラの前で、医者・
──お前のせいだ。
「私は何も間違ったことは言っていない」
「あなたの言葉に救われました」
なんて言葉がまた、朝一を支えることになっていたのだ。
──「だれにもわかってもらえないと思ってたけど、わかってくれる人はちゃんといた。抱えきれない悲しみを背負って、私は綺麗なまま死にます」
女の母親は、机の上の遺書に目を通すと、娘の遺体のそばで泣き崩れてしまった。唯一の家族である娘の若すぎる死を受け入れられずにいた。
──「ありがとうございました。あなたの言葉でやっと決心することができました。私は今日……」
死にます。
あの放送から数週間後、朝一の元に届いた一通の手紙。彼は報道番組とその手紙を見比べる。
速報、女性の自殺事件。朝一は、直感でそのニュースの女がこの手紙の送り主であると確信した。インタビューに答える女の母親が泣き喚く姿に朝一は酷く絶望した。
自分がこの女を救ってしまった故に、自分が殺されてしまった事に、朝一は気がついた。
「私が……殺してしまった」
確かに女は救われた。朝一の、あの一言に。だが彼女が残したモノに、彼は救われることはない。そしてほかにも、彼を救うものはいない。
勘づいたネットが騒ぎ始めた。事件の女の遺書を読み込んでは、推理ゲームするような軽い気持ちで推測をネットに書き込む輩が現れる。暇潰し程度の気持ちの奴もいただろう。
「お前が、彼女を殺したんだよ」
そんな暇を持て余したどこかの誰かの一言が、ナイフのように朝一の心を抉っていった。
彼が起こした小さな波紋は、大きな波となって彼を襲ったのだ。
「そうだ。私が、殺したんだよ」
無機質な文字の羅列にそう返事をすると、朝一は踏み台を蹴りとばした。彼の足が宙に浮かぶ。
正義が首を絞める時 悦太郎 @860km
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます