第27話 動物園を巡ろう
東と西の通路をなんとかコノハをよろけさせることもなく通過し終えた蓉子はコノハと共にベンチに座っていた。
弁天門側から入ってきたサポートチームの車椅子にコノハを一時的に座ってもらい、バッテリーを充電する為だ。
今回のコース設定では、東と西でそれぞれ一回ずつバッテリー充電の時間が設けられている。
だから、いま行っている充電を終えたら後は無事に弁天門までたどり着ければ今回は成功での終了となる。
ほどなくして車椅子が到着し、コノハに車椅子へ座ってもらう。
一応、サポートチームの男女一人ずつの社員と蓉子とでコノハをベンチから車椅子へ介助しながら座ってもらう。
このまま十分ほどの休憩中、サポートチームのメンバは辺りの様子を見てくるという事で、再びコノハと蓉子が残された。
サポートチームの女性社員から手渡された温かいお茶のミニペットボトルを開けて飲みながら、空を眺める。
少し肌寒い乾いた空気が上空を舞っていた。
同じように空を見上げていたコノハに話しかける。
「コノハは、こういうテストが終わった後の目的って知っているんだっけ」
蓉子がなんとなくその問いかけを口に出して聞いてみたのは特になにか意図があったわけではない。なんとなく、コノハの考えというのを聞いてみるいい機会だと思ったのだ。
「芸術の保存活動ですね」
「あれ、誰かから聞いた? それともインプットされている情報」
「石村さんです。石村さんがいずれ、私の個展を開いてくれるって言ってました」
「そうなんだ。石村さんならきっとやってくれると思う」
蓉子は答えながら、コノハとの会話を反芻する。
コノハの中では、口頭による情報の蓄積も直接データとしてインプットされている情報も等しく同じデータベースの中に蓄積される。
けれど、優先度や信頼性、重みづけなどがどちらからの情報によるかで異なるのだという。
人から聞いた情報は、コノハがその人の事を評価というと変に感じるけれど、要するにどういう人なのかコノハからみた主観的な測定情報に基づいた評価が設定される。
この会話の例でいくと、石村さんはコノハの中でのオフィシャルな評価ではトレーニングリードとなっていて、プライベートな評価では芸術好きという形で評価されている。
会社という言葉が出ているので、オフィシャルな評価とプライベートな方の評価を折衷した形で情報の信ぴょう性が算定されると考えられた。
とはいえ、辞書的な東京都の人口や、現在の温度といった構造的・定量的なデータと、石村さんは芸術が好きといった非構造的・定性的なデータを統合して、自分の意見を考えてみたり、独自の分析をするプロトコルについて、まだまだコノハは途上で発展の余地があるらしい。
そこまで考えて、仕事についての話は後は戻ってからにしようと蓉子は思う。
コノハともう少しいまだからできる会話をしたいと。
「個展は楽しみ?」
「楽しみです。開かれることになったら沢山作品をつくれるなぁって、そっちの方が楽しみかもしれません」
コノハは油絵などについて、月毎に一定時間レッスンを受けている。
着物や服装についての感性を補う為、ファストファッションは避けたいということで、女性社員が古着などを寄付したり、別のプロジェクトのアパレルブランドのサンプルセールといった自社や得意先向けの商品を回してもらったりしている他、以前ランチでご一緒した太田の奥さんの自作服などを着回している。
一方で、画材などは使いまわしが出来ない為、調達しているものの常に少数の調達ということもあって、お高くつくのだ。
かつ、経費扱いについて総務省と文科省とバトルをしたものの総額経費の一割しか認められず、まあまあな経費がかかっていると、社内の経理部門からツッコミが入ったことがあった。
その為、現在美術系のレッスンは一時的に抑制傾向にある。
個展を開くとなれば、抑制傾向にあったそのレッスンも増えるので、コノハは嬉しいのだろう。
「奥村さん、そろそろ時間です」
いつのまにか戻ってきていたサポートチームの女性社員、成田さんが声をかけてくる。パーマのかかった髪とくりりとした目の特徴的な小柄で同性の目から見ても可愛らしい女性で、蓉子はテスト時になにかとお世話になっている。
以前、雨に降られた時コノハのためにレインコートを持ってきてくれた人でもある。
「すみません。お声がけ、ありがとうございます。」
コノハと話し込んでいたら、いつのまにか休憩時間が終了していたらしい。
お礼を言って、今度はコノハに手を貸して立ち上がってもらう。
「バッテリーは大丈夫?」
「はい」
コノハは元気よく頷く。
蓉子は行こうと言って、コノハの手と自分の手を繋いだ。
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