第7話 交流

 翌日、蓉子は山縣のオフィスルームに呼び出されていた。

 山縣さんクラスになると、部屋をオフィスの中に個室を持っている為、そこでの説明だった。

 もちろん、そこで行われるのは大枠の話でより細やかな現場の話はまた別の人間からなされるようになっている。

 プロジェクトの経緯、体制図、今後のスケジュール。新しい仕事に取り掛かる前のそれらの情報は下敷きになる。どういう文脈で動くプロジェクトなのかを理解しておくと、吸収も早い。

 黒縁メガネをかけた山縣さんは今日も社会人には見えなかった。相当な童顔具合に集中しようと頭を左右に振って、山縣のタブレット端末から映像を受信している大型モニターに向き直った。

 山縣さんはいくつかの要点の説明の後、コノハについての説明に入る。蓉子は内心気を引き締めてモニターに集中する。


「すでにコノハの正体については認識していると思うけど、彼女は人間のようにみえるけど、人間じゃあないんだよね。デー君から聞いたときの素直な感想はどうだった?」


 にこやかな表情とは裏腹に、眼鏡のレンズを通して見える山縣さんの瞳は、自身の感情を読み取らせない。

 そこに多少の怖さと威圧感を覚えつつ蓉子は素直に答える。


「はい、昨日開發さんから教えられた時には、とても驚きました」

「どこに驚いた?」


 蓉子の答えに対して満足したのか、あるいは不満足なのか相変わらず感情を掴ませないなんともいえない微笑みを浮かべたままだ。

 おそらくは不満なのだろうと蓉子はみているが、そんな表情のままに重ねて山縣さんは問うてくる。


「ヒトのように見えたので」

「そこなんだね。オクムーの驚きのポイント」

「逆に、どこだと思っていらしたんですか?」

「どうしてうちの会社がこんなプロジェクトをしているんだろうかとか。ここまですでに技術は完成しているのかとか」


 流れるように他のタイプの感想例を出す山縣さんに、蓉子は答えた。


「いえ、一瞬山縣さんが言ったようなことも脳裏によぎりましたが、結局のところは嬉しかったので」

「へぇ、続けて」

「だって、嬉しいじゃないですか。人間て捨てたものじゃないんだなって。この会社に入ったときには、少し先の未来の社会を実現するお仕事に携われたらなって思っていたんです」


 数年前、それは蓉子が志望理由にしたものの一つでもあった。そんなことを思いながら、力を込めて力説していると、山縣さんは肩を震わせて笑い始める。

 そのまま、ざっくり編みのピンク色のカーディガンを着た山縣さんは腕を組んだまま右手の人差し指を口元に添えて静かに笑っている。

 様になる姿だなとは思ったものの、置いてけぼり感が強く、意識的にジト目で山縣さんを見つめるとようやく笑いやんだ。


「オクムーはやっぱりいいキャラしてるよ。ちょっと脱線しちゃったけど、コノハの話に戻ろうか」

「はい、すみません」

「いいよ、聞いたの俺だし。ちなみにコノハにはいま、課題が山盛りでね。その解消をオクムーには手伝ってほしい」


 蓉子が頷くと、山縣さんは別の資料を投影する。それはどうやら、コノハの学習モデルの図式のようだった。


「人間が人間であるというだけで、というのは言い過ぎだけどね。大人になれば出来るような判断でもまだコノハには出来ないことが多いんだ」

「課題が多そうというのはなんとなくは」


 現状では圧倒的に人格サンプルや人生経験が足りない、と山縣は真剣な表情で蓉子への説明を続ける。

 現状、深層学習を用いたコノハの学習モデルは成人女性のN数は一万で構築されているらしい。

 N数というのはつまり、人格サンプルの数のことだと山縣は蓉子に説明する。

 深層学習は、多くのデータがあればあるほど、学習できる量が飛躍的に増えていくらしく、山縣さんは嘆いていた。

 蓉子としては、サンプルとしてはずいぶんと多い数のように思えたけれど、各種アンケート調査や、インタビューのような不完全な女性の趣味嗜好、生活パターンのデータなので、どうしても不足が出てしまうらしい。

 それから、そもそもコノハを作り上げるプロジェクトが立ち上がった経緯について説明を受ける。


「六年ほど前に、グローバル規模で研究機関や企業体の初期コンソーシアムが出来てね。そこで開発コードとして、各国でアルファベットを一字選んだんだ」

「そうだったんですか。寡聞にして知りませんでした」

「なにせ、成功したら人類はある意味で別の種との邂逅を果たすようなものだからね。とはいえ、そこまで大々的な発表とかはなく粛々としたものだった。政治的な事情も絡む分野だから。だから、一応弊社的にも言葉遊びで人口知性という風に呼び変えてる」


 人工知能という言葉に踊らされる人間は案外と多い為だということらしい。

 それから、いろんな国や機関が興味を持って基礎的な技術交流なども行う取り決めがされたんだよと山縣さんは語る。


「アルファベットクラブなんて言われて、結局先進国クラブだろうとはいわれてるけど、流石に様々な技術の結晶体だからね。技術交換もごくごく初歩的なものにとどまっているし、独力で研究できないと厳しいよねっていうのが俺の素直な印象かな」

「アルファベットの頭文字、日本はKということですか」


 蓉子の言葉にそうだね、と山縣さんは頷く。


「iの伊予とかhの卑弥呼も一応、あったけど、決定権は東大のチームが持っていてね。俺は別に名前に興味はなかったけど、ともかくも桔梗にしようという風になった。紀伊国の紀伊派閥もいたらしいけど」


 蓉子は、私がもし仮に名前案を求められたら、日本を表すなら秋津洲だろうかと思いながら話を聞く。


「Kという名前だから、まあシンプルにジェンダーフリーっぽい名前をつけようと思ってコノハになった」


 山縣さん達の場合、コンセプトを形作る時点から、国籍やジェンダーを超越したものにしたいという発想はあった為、日本らしさを多少残しつつ男性でも女性でも大丈夫な名前にしたらしい。


「そもそもなんで、人工知能、弊社で呼ぶところの人口知性のプロジェクトが進んでいるんでしょうか。いえ別にこのプロジェクトに疑義を呈しているわけではなく、なんでだろうと」


 何故、いまのタイミングで推進するのか。どこかの研究機関で実証実験を進めているような段階のようにも思える。


「オクムーはHMRていう概念を聞いたことはある?」


 突然言われた略語は何を指しているのか蓉子にはわからなかった。


「すみません、わかりません」

「いや、謝らなくてもいいよ。HRは知っているよね」


 HR。それはヒューマンリソースの略語だ。転じて弊社では、間接部門の人事部やタレントマネジメントなどをコンサルティングする部隊の略称になる。

 蓉子もそのくらいの知識は持ち合わせていた。


「HMRって、もしかしてヒューマンマシンリソースって事ですか」


 よくできましたとでもいうような笑みを浮かべて、山縣さんは続ける。


「これはさ、とある総研が2018年に出した人材の需給状況をビジュアライズしたものだけど、2020年以降は事務職が余りまくって2030年には180万人以上も余ると言われてる。逆にスペシャリスト人材は300万人以上が不足するんだ」


 山縣さんが手元のタブレットを操作する。

 綺麗に色分けされた図がモニターに現れた。真ん中の線が年代で、上下に棒グラフが伸びていて、段々と上の過剰グラフが伸びていき、下の不足グラフも伸びていっている図だ。


「オクムーのこれまでやってきた領域とは違うけどさ。HRの領域では一般にタレントライフサイクルっていうのがあるんだ」


 そう言って山縣は、別の資料を映してタレントライフサイクルについての概要を説明してくれた。

 それは、大きく四段階存在するという。

 第一段階は、事業目標を達成する為にどのようなスキルや志向を持った人材を何人必要かを算出する。第二段階は、必要な人材を確保する。第三段階は、適切な人材を適切なポジションに配置する。最終段階で事業に必要な人材をリテンション・モチベートし、育成する。


「すごいざっくばらんな話をするとね。この国って、人が足りてないんだよ。人が足りてない上にゲームみたいに人の能力をずばり把握する事も出来ないんだ」


 核心に入ってきたのかなという話に切り替わったように蓉子には感じられた。

 見た目に騙されそうになるけれど、この人はマネジングディレクタ――会社のトップ層までたどり着いた海千山千の人なのだ。

 蓉子はそう今更ながらに体感する。本気の話を始めた時のオーラのような風格と、耳に心地よい声のトーンは熟練を感じさせた。


「そもそもマーケットや社内にどんなスキル、経験、性格を持った人材がどこにどれだけいるのかわからないんだよ。人事異動もそれぞれの会社独特の経験と勘、あるいは過去の成功事例の焼き直しで組織がサイロ化して、最適配置が進まない。採用のスクリーニング品質が悪くて、そもそも獲得した人材の品質評価が出来ていない。退職可能性のある従業員の予測アルゴリズムが整備されてない」


 つらつらと自明の理として語られる言葉の波に意識を持っていかれそうになりつつ、なんとかこらえる。山縣さんが言葉をしゃべり終わってから、蓉子を数秒してなんとか言葉の意味の咀嚼が完了した。

 一歩遅れての表面的な理解だし、人事の仕事というものに関わってこなかったので、的外れかもしれないけれど言っている事の要諦は掴むことができた。

 蓉子はかつて読んでいたニューヨーク市長が執筆した本にも似たようなことが書いてあったなと思いながら、話を聞く。


「そこに注力するうちのHR部隊がアナリティクスのチームなりと連携してどこを食い扶持に様々なパッケージを入れてそれらの課題解決をすることでお金をもらってるけどね」


 そこまで聞いてから蓉子はなんとなく、話の続きが見えそうな気がした。人間は色々な仕組みなどを経由しないとその人それぞれの成績とかいうか数字がでないのに対して、人口知性は多分というか違うのだ。


「なんとなく察しがついているかと思うけど、コノハはデザインされたヒューマンマシンインタフェースだ。こういう呼び方をする人は少ないけどね。肉体的な性能も知性的な性能もデザインされている、人格でさえもね」


 ビッグファイブ理論という統計的な検証がなされた指標で、世界中の心理学に関する論文でも引用され、利用される現時点において信頼性がとても高い理論だと山縣さんは言う。


「人間の性格って様々なものがあるけど、その中の五つが一番大きな意味を持つっていうのが心理統計的に確かめられていてね。

その五つをとって、ビッグファイブ」


 五つは、外向性、情緒安定性、開放性、誠実性、調和性だと指を一つずつ折り曲げながら山縣さんはゆっくりと数え上げるようにそれぞれの単語を口にする。

 そうしてから、黙って聞いている蓉子の方を見ながら少し意外だなとつぶやいた。

 そんな様子を見せた山縣さんに蓉子は小首を傾げて疑問を尋ねた。


「何がですか」

「ちょっと引かれるかと思った」

「人格をデザインするという所ですか?」

「そう」

「結局、初めのお話でサンプル数が足りないから満足な結果にはなってないというお話だったので、男性に対して常に従順みたいな性格設定だったら引きますけど、人は生きている限り誰かから影響を受けて生きるかなと思いまして」


 なるほどね、冷静だと頷いて山縣さんは言を続ける。


「参考までに教えておくと、コノハは今一番高いのは外向性かな。人とのコミュニケーションに対する積極性」

「なるほど」

 

 蓉子はほわほわとしたコノハの様子を思い出した。納得できる話だ。


「ただ、定期的に測定しているけれどほかの指標も含めて、常に変動している。これは興味深い事の一つだね」


 要するに山縣さんが言いたいのは、コノハは世界をもっと知りたがっているし、知った結果自分のなかの変化として取り込んでいるということのようだった。

 だから、結局のところ、人格デザインなんてのはただの方便に近いのだとものたまう。


「ちなみに、この話の一つの到達点ってやつだとさ。ボディさえそれが必要とされる場所に用意しておくか、輸送するかすれば。あとは人格データをコピーして書き込めば、必要なスキル、必要な人材とその数を必要な場所で現地調達できちゃうってことなんだよね」


 どこか少年を思わせる風貌にも関わらず、自嘲気味な笑みを浮かべて山縣さんはこの話を締めくくった。

 その後コノハについての話から、蓉子自身のプロジェクトでの役回りについての話に話題が移る。


「私のこのプロジェクトでのロールは開發さんの補佐的な役回りということでよいのでしょうか」


 今までの説明を総合してそう聞いてみたものの、どちらかといえば、コミュニケーションアーキテクトという名前の役回りを期待されているらしい。

 様々なチームが存在しているこのプロジェクトだからこそ、人間同士、人間と機械同士の架け橋になってほしいとのこと。


 昨日、アンドロイドのコノハとある意味で初めての対面を終えた後、開發が少し時間をとってくれて、会議をした内容を思い出す。


 開發和光、彼が蓉子にとっての直属の上司であり、そしてこのコノハにまつわる一連の仕事のプロジェクトマネージャーであること。

 このプロジェクトにおける奥村蓉子の役割はコノハに対して様々な状況を与えて、彼女の反応を引き出す事。

 反応を引き出すため、様々な関係者との仲立ちをして、チームとしてのパフォーマンスを発揮させる補助をすること。その中には、コノハにつきそう形での買い物やレジャーという事も含まれるようだった。

 目の前の山縣さんに意識を戻す。


「そう認識してもらって構わないけど。もう一つ、付け加えるのなら<友人>になってあげてほしい。人と機械だけど、僕たちはコノハのAIが存在しなかった頃、初期モデルからの付き合いなんだ」


 だから、赤ん坊の頃から知っているあの子のことをよろしく頼むよと山縣さんは言った。


「コノハとなら喜んで」


 そう答える一方で、蓉子は気にしていたことを告げる。これは開發さんに聞こうか迷ったものの、どちらかといえば山縣さんに聞いた方がいいと思う話題だった。


「ちなみに私の大学時代の友人から、ここに防衛省関係の予算がついていると聞いたのですが、本当ですか?」


 不意打ち気味な言葉に対しても、山縣さんは特別な様子を見せる事はなかった。顔が広いのはいいことだよ、と前置きを置いてから手元の端末を操作して別の資料を投影した。

 

「コノハを軍事利用するかもしれないってことを気にしているんだとしたら、それは大丈夫だ。確かに無人関係での研究をあそこは行っているけれど、うちが受注したのは航空宇宙関係でのリサーチプロジェクトだよ」


 ちなみに部外秘だから、その友達には内容を教えられない事には注意してほしいと言って、簡単な概要を説明してくれる。

 話を聞くうちに肩の力が抜けて、どこかほっとしたような蓉子の様子に気づいたのか、朗らかに笑いながら続けた。


「俺たちは別に国お抱えの研究機関ではないし、ドラえもんの生まれた国の人間だってことをもう少し意識したほうがいいんじゃないかな」


 オクムーから言われたのはちょっと心外だなぁ。そんな風に口を尖らせた山縣さんに蓉子はすみませんと謝った。


「まあでも勘違いするのも無理はないか。そっちは純粋にシンクタンク的なお仕事だね。安保関係だから、秘密指定されてるけどうちが契約とったことは公示されてるはずだよ」


 あと、そもそも論でうちって東京証券取引所に上場してないしねと山縣さんは付け加えた。蓉子はうっすらと記憶に残っている情報を思い出す。日本の本社こそ東京にあるものの、確かグローバルの本社はタックスヘイブンほどではないものの、EUで最も税率の低いダブリンにあった。そして、上場してるのはNYSE――ニューヨーク証券取引所だった筈だ。


「軍需産業は、グローバル企業としてはなんだかんだでやりにくいのさ。その辺のの複雑な利害関係に首を突っ込むといろいろな問題が生じるしね」

「コノハの件じゃなくて安心しました」

「オクムーの疑問が解消したのならよかったよ。それにどちらかといえば、傷つくのはデー君かな。彼はドラえもんを本気でほしがってる人だからね」


 山縣さんを見ていてふと蓉子は気づいた。冗談めかした口調をするとき、この人の目はいつも真剣なんだなと。

 なんとなく、まじめな口調の時ほど目は笑っている気がするのは気のせいだろうか。


「たしかに、秘密道具があれば、便利そうだなと思ったことはありますが」


 さきほど抱いた考えは隅に追いやり、山縣さんの話に相槌を打つ。

 ほしい秘密道具については、辻村深月さんならずとも多くの子供が、親や友達と話し合った事があると蓉子は思う。


「違う違う。彼は」


 山縣さんが何か続きを言いかけたタイミングで、折よくドアがノックされる。


「山縣さん。会議の時間ですよ」


 山縣さんのどうぞという言葉と共に男性が入ってくる。よく響く低めの声、開發だった。


「ああ、そうか。ごめんね、オクムー。ひとまずデー君の下についてもらうのは確定なので、戻ったら彼からまたいろいろ説明してもらうね。いったん、この後会議が終わるまでコノハとまたコミュニケーションとっておいてもらえるかな」

「あ、はい」


 興味を引かれる話の途中で取り残された蓉子とは対照的に、山縣さんも開發さんも慌ただしくそれぞれの端末を持って、会議スペースの方へスタスタと歩いていく。

 蓉子は二人の会議とやらが終わるまで、手持無沙汰になってしまったことに気づいて、コノハの所にいって時間を潰すことにした。

 コノハのメンテナンスルーム。どこか病室を子供部屋に改造した場所のような印象を漂わせる場所に移動する。


「コノハ、こんにちは」


 コノハと何人かの職員がそこにいて、昨日あったデザイナーの女性――テッレがコノハの肌に何かをはたいていた。

 近寄ると、角度を変えてコノハの顔を見ながらひとつ頷いてテッレは顔を上げた。


「あら、いいところに」


 テッレが蓉子の方に気づいて、小さく笑みを浮かべる。


「お化粧ですか」


 ベッドサイドに置かれた化粧道具を見ながら言うと、その通りよとテッレは満面の笑みで頷いた。

 チャーミングな笑顔をしていらっしゃるが、新しく開封されたと思しき箱を見るにどれも蓉子の使っているものよりも桁が一つ多いところがどこか恐ろしく感じられる。


「ええ、そうなのよ。私が普段使っているものを持ってきてちょっとね」


 げに恐ろしきはそんな化粧品の価格だろうか、あるいはそれを躊躇なくつかえるというところだろうか。これ、自費だということだと知って蓉子は畏敬の念を抱いた。

 コノハの見た目の年齢を考慮してか化粧水や乳液、ベビーパウダーといった基礎化粧品ばかりで、ファンデーションや、口紅などは少ないようだが出費は相当なものに上ると蓉子は思う。

 独特のロゴから、国内某メーカーの最上級ブランドを愛用しているらしいことも分かった。


「はい。できあがり。おめかしした姿をヨーコにも見せてあげるといいわ」


 おずおずという感じで、コノハが蓉子の方を向く。

 頬がほんのり赤くなっているのはテッレさんの施したチークの影響だろうか。それとも、コノハの自然な反応だろうか。


「あの、どうですか。蓉子さん」


 端的にいって可愛いなと蓉子は素直に思う。初々しさがなんともいえない彩になっていて、素直に褒めたたえた。


「コノハ、可愛い。テッレさん、グッドです」


 蓉子は思わず小さく拍手をしてしまう。それにつられるように周りの職員も小さく拍手をして、それに応じてコノハが赤面し、さらに拍手が大きくなるという循環が生じた。


「さて、本題に入りましょうか」


 拍手が静まるとテッレさんが厳かに口を開く。

 先ほどまでのほんわかしたおばさまというイメージは消えて、何やら一眼レフや測定器のようなもので、コノハを撮影、測定していく。


「これはコノハのお化粧時の姿が人間として違和感がないかを実験しているのよ」


 突然きびきびとした動きを見せる職員たちの動きに戸惑っていた蓉子に、テッレが補足してくれる。


「綺麗だと思いましたし、アンドロイドだなんて違和感はなかったと思いますけど」


 どう見えるかという質問に思ったことを素直に答えてしまったものの、そういう意味合いの質問だったことに遅ればせながら気づき、蓉子は先ほどの答え方は失敗したと思った。

 そんな蓉子の様子に気にしないでいいわとテッレさんは言いながら、続けて説明をしてくれる。


「それならそれで重畳なのだけどね、これにはコノハに使った素材のテクスチャ感をどこまで低減できるかという実験も兼ねているの」

「あんなに見分けがつかないのに、まだコノハの皮膚って、実験途上なんですか」


 意外な言葉に、思わず聞き返す。


「普通の状態ならある程度大丈夫なのだけど、汗をかいたり、強い感情表現をすると表情のバランスや皮膚の発色具合で違和感がでちゃうのよ」


 テッレさんは既に人のいい小母様という感じではなく、そこにいたのは一人のプロフェッショナルだった。

 蓉子としてもそういわれてみると、コノハが赤面していた時はかなりわかりやすかった事に思い当たる。


「奥村さん」


 振り返るといつのまにか開發が立っていた。どうも、会議は終わったらしい。


「ちょっと、いいかな」

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