第167話 イサミの人狼狩り

 森の奥。感じられたのは――――


 獣臭


 男は異臭を振りまいていた。


 だが、それは不衛生というわけではない。


 猟師が山で獲物を狩る時と同じ。 獣は人工物の匂いに敏感だ。


 石鹸で洗った衣服の匂いはもちろん……そして、武器に使用される鉄の匂いですら警戒心を露わにする。


 だから、男は――――イサミは身を汚し、衣服へ異臭を染み込ませている。


 それだけではない。 選んだ武器も、極端に鉄の使用を拒んだ刺突用武器。


 柄の部分はもちろん頑丈な木を削り作られた物。そして、刀身に値する部分の素材は鉱物である。


 何も驚くことはない。原始の時代に人間が作った武器は石と石をぶつけ合い作った石器だ。


 無論、そこまで原始的な方法で作られた武器でもない。 


 名人と言われた職人の特注品だ。


 そんな珍しい武器を手にしてイサミが狙うのは、魔物だ。


 種類は人狼。 人間の四肢を持った狼。


 狼の瞬発力を再現された肉体。そして、強靭な腕力をもった魔物である。

 

 それが2匹。 イサミは息を殺し――― 気配を殺し―――


 そして――――今!


 イサミは奇襲をかける。 刺突用の武器は正確に人狼の心臓を貫いた。


 「うるるがががががががががががががが!?」


 その雄たけびは、強烈な風となりイサミの顔面を叩いた。


 どうやら、この魔物が持つ生命力は、心臓を貫かれても即死はしないようだ。


 イサミには、愛用の武器を心臓から引き抜く余裕は与えられなかった。


 追撃。 


 人狼は胸を傷を気にする事無く、腕を振り回してくる。


 その鋭く尖った爪はナイフのような切れ味を有す。 当たれば、致命傷を免れる事はない。


 イサミは後ろに倒れるように避ける。


 いや、それだけではない。 そのまま僅かに斜面になっている地形を利用して、後ろに回転して逃げだす。


 後ろ回りだ。


 獲物が小さくなり、転がり始めたのを見て人狼は、どう思ったのか?


 爪での追撃を1撃、2撃と放ち、当たらぬと悟ると蹴りをはなった。


 まるで転がるボールを蹴り上げる童の如きモーション。


 これは、流石に避けれずイサミは宙に舞い上がる。


 常人ならこれだけで蹴り殺される威力。 蹴りの威力により、イサミは肺が圧迫され溜まった空気を吐き出せない苦しみを味わう。


 しかし、幸いにして、これ以上の追撃は来なかった。


 なぜなら、即死ではないにしても心臓を貫かれば、それは当然ながら致命傷。


 ようやく、人狼は息を引き取った。


 「助かった……」そう漏らしたイサミだったが、どうやら安堵するのは、まだ早かったようだ。

 

 人狼は2匹いる。


 奇襲によって驚き、反応が遅れた2匹目がようやくイサミの元に追いついてきた。


 それは怒り。 凄まじい怒りが人狼を支配してる。


 獣性を隠さず、顎からヨダレをばら撒き、イサミの頭部を噛み砕こうと飛び掛かってきた。


 「……ツガイだったか。 それは悪い事をした……けれども!」


 人狼の目と鼻を何かが叩いた。 粘膜に感じた痛みで人狼は動きを止める。


 「それでも俺は魔物を殺す」


 イサミの周囲に風が集まる。 魔力を通したソレは彼の意思に従い、人狼を切り刻んだ。


 鮮血が風に混じり、広い範囲にばら撒かれる。


 だが、凄まじきは人狼の生命力。 体中を切り刻まれても動きを――――生命活動と止めない。


 しかし、風がイサミの手に集まっていく。 気がつけば、最初の人狼に突き刺さっていたはずの武器を持っていた。


 風が運んでくれたのだ。


 それは、もはや俊敏性なぜ感じぬほどに弱っている人狼の胸に突き刺した。


 今度は、最初のやつとは違い、素直に倒れ、そのまま絶命した。


 深い息を吐き、緊張により固くなった筋肉をゆっくりと和らげていく。


 その時だった。


「お見事!」


 その声にイサミは驚く。 ここは、人のいないはずの森奥だ。 


 だが、事実としてイサミにも、人狼にも気配は察知されず、1人の男がいた。

 

 イサミは知らない。 


 その男が『単純戦闘なら勇者よりも魔王よりも強い』と言われる暗殺者 ベルト・グリムだという事を……

 

 

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