第164話 出発とドレス
カレン・グリム
彼女が持つ暗殺者としての才能は師であるベルトを持って「俺以上」と言わしめる逸材。
この場で唯一、ベルト以上の戦闘能力を持つ彼女の発言に誰もが耳を傾けるのだが……
「えっと、皆さんが知っている通りに私はベルトの配偶者です」
いきなり、謎の自己紹介に「何を言ってる?」と言いかけたベルトだったが、
ピキピキと何かが軋むような異音が響いた。
(何ッ!? 強い意思が物理的に空気や空間に圧力を与える事態を幾度か見た事あるが…… なぜ、いま、このタイミングで?)
困惑するベルト。 それに対して平然と、どこか呆れた表情の男性陣。
一方、音を発する原因となっている女性陣は、笑顔を浮かべている……
それは表面的な笑顔に過ぎない。
「でも、私は一度死んでしまい。長い年月を得て蘇生した身であります」
「?」と疑問符を浮かべるメイルたちだったが、次の発言に表情を変えた。
「つまり、戸籍上は私は死亡……ベルトは独身なんですよね」
「そ、それは、どういう意図の発言なのでしょうか?」とシンラが手を上げながら言う。それは、うわづった声だった。
「はい、つまりは……私も皆さんと同じ挑戦者なのです」
「わかる、わかるわ」と意味のわからない納得をするマリア。彼女は――――
「なるほどね……妻と言う大きなアドバンテージを捨ててまで、1からベルトを振り向かせるつもりという宣戦布告ね?」
「はい、私は2度勝つつもりです。皆さんを元王者的な立場として……いいえ、正妻としての立場を捨て向かい打つ覚悟です」
酷く乾燥した空気がひりつくような空間。
一体、なんの話なんだ? この場で1人だけ、困惑を続けるベルト。
「はい! それじゃ私もついていくわよ!」とマリア。
「……いや、流石にお前は無理だろ? 勇者パーティをバックアップするって話はどこに消えた?」
「や、やっぱり、私も……」とシンラも便乗してきた。
・・・
・・・・・・
・・・・・・・・・
そんな、こんなで出発当日――――
「わからない。どうしてこうなったんだ?」
一度、まとまりかけた会議だったはずが、カレンの発言で決定事項が何度もひっくり返ることになった。
結局、最初の目的地に向かうメンバーは、ベルト、メイル、カレン、マリア、シンラ。
合理的なパーティ編成とは言い難い。
しかも、表面上は穏やかでありながら、けん制し合っているような距離感。
「あら、いいんじゃないの? 別に戦うに行くわけじゃないのでしょ?」
そういうマリアは、貴族に相応しい綺羅びやかな正装をしていた。
「真っ赤なドレス……旅行を楽しむつもりか?」
「えぇどうせ、移動は馬車なのだからね。 それに、いまさら山賊や魔物に襲われても、私に危険が及ぶことはないでしょ?」
「それは、そうだが……」言い淀むベルトに、マリアは悪戯っ子のような顔を見せたかと思うと、
「どうぞ、堪能してみてね」
馬車のドアは開いた。中には――――
「お前らもドレスか!」
カレンは、堂々とした立ち振る舞い。ドレスは青色だ。
メイルは恥ずかし気に顔を赤く染め……白いドレスを身に纏い。
しかし、予想外だったのは、一番奥に隠れるように身を寄せているシンラだった。
彼女がメイル以上に恥ずかし気に真っ赤に染めた顔をみせないように俯いている。
嗚呼、彼女が男装を解き放ち、女性らしい服装をしているのを見たのはいつぶりだろうか?
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