第131話 最強の暗殺者であり、最強の冒険者であった



 「まずはこちらをご覧ください」


 ソルの後方にある壁に映像が浮かび上がる。


 デフォルメされた魔族や魔物。その下側に3000と書かれている。


 同じくデフォルメされた兵士たち。下側に10000と書かれている。


 どちらも可愛らしいデフォルメで緊張感が薄れていくが、映像自体は遠く北側で行われている実際の戦いを表していく物だ。


 「兵士たちは近隣の国々から出兵された連合軍です」とソルが注釈を入れる。


 「ご存知の通り、魔物の戦力は千差万別。子供でも倒せるものもいれば、魔族に匹敵するものもいます。ご覧の数字3000は、個体の戦力を配慮した数字。つまり、兵力と言うよりも軍として戦闘力の総数と考えください」


 3倍の戦闘能力の差。 それに安堵の表情を浮かべる者が多く出た。


 それ等の者にソルは鋭い眼光を向ける。



 「さて、我々人類の戦力が10000として、魔族と戦う注意事項は単純です。単純に死なない事です。

 

 おっと、勘違いしないでください。 死なずに殺すという理想論ではありません。

 

 魔族が3000という数で総攻撃を仕掛けることができるのは兵站といった後方支援。あるいは兵力の補充が必要ないからです」



ソルの説明にざわめきが起きる。


主に魔族の生態を知らない貴族や商人たちからだ。


「いいですか? 魔族は人を食べ、人の生血を浴びて疲労と傷を癒すのですよ? だからいたずらに戦死者を出せば、相手に物資を与える事になります」


 その言葉に苦虫を噛み潰したような顔を見せる者が多かった。



 「だからこそ、戦死者を出さないような戦術を採用します」



 「どうやって?」と疑問の声があがる。



 「まず、北の同盟は陣形を維持した状態のままで撤退してもらいます」



 ソルの声にあわせて映像の兵士が下がっていく。



 「周辺の町や村を魔王軍が襲わないように、撤退しているというよりも戦線を維持したまま後退。常にギリギリで押されているように装い……」


 映像が移り変わる。


 そこには新たに現れたデフォルメされた兵士。

 

 10000と書かれている。 魔王軍の左右に2部隊。


 

 「このように他の同盟軍からの援軍20000。合計30000と魔王軍の10倍の兵力で叩き潰します」



 これには、眉間にシワを寄せていた貴族たちからも「我が軍の圧勝ではないか」と声が上がる。


 しかし――――



「しかし、この作戦は実現不可能となってしまいました」


ソルの言葉に「なぜだ?」の言葉が飛び交う。


その回答は短く――――



「魔王軍の背後に竜王の死骸ダンジョンがあるからです」



「――――ッッッ!?」と驚きを含んだ沈黙が飛んだ。



 竜王の死骸ダンジョン。


 それは――――動くダンジョンである。


 つまり――――


 内部からは無限の魔物が溢れ出し、貴重な資源を生み出し――――


 無限の補給兵站を可能として、無限の挙兵を可能として、傷ついた魔族の回復を行う。


 ダンジョンの特性を有している動く要塞――――いや、戦闘するこなせる要塞だ。



 「つまりだ。ここに集められた冒険者は、兵力として必要なわけではなく――――」



 沈黙を破って声を上げた者がいた。



 「あくまで、冒険者は冒険者らしく、冒険者として、魔物を殺す……日常どおりのダンジョン攻略がギルドからの依頼って事で構わないんだな?」


 それはベルト・グリム。 


 単純戦闘なら勇者よりも魔王よりも強いを謳われる生きた伝説。


 最強の暗殺者であり、最強の冒険者であった。

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