第33話 フランチャイズ家の決断


 ソルは爪を噛んでいた。ガリガリと音を立て、親指の爪を。


 気がつかぬまま、肉までも噛み締める。


 ぼたぼたと濁った液体が腕を伝わる感覚でそれに気づいた。




 自傷癖。




 何時振りだろうか? 思い出そうとすれば、子供の頃まで記憶を遡るだろう。


 その原因は精神的な抑圧。余裕のなさ……




 (馬鹿な。 僕が追い詰められているとでも言うのか? それじゃ何のために――――)




 追い詰められ、追い詰められ、追い詰められ、そして追い詰められ……


 極限まで張り詰まれた糸のようになったソルの精神は、ある選択をした。


 従来では選択肢ありえない方法だった。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 「頼みますよ」




 「うむ……」と老人は短く答えた。


 魔法使いが好むローブと杖を身に纏っている。


 この老人こそ、冒険者ギルドの最高権力者であるギルド長だった。




 (そう言えば、この老人の名前はなんだったかな?)




 ソルはギルド長を見た。




 「何か?」


 「……いや、なんでもない」




 ソルに取ってギルド長なんか、傀儡政権の人形でしかない。


 すぐに老人への興味は失われた。




 そして目的地にたどり着く。 




 巨大な門に左右には武装した門番が2名。


 客人を迎える柔和な笑みを浮かべながら、警戒心を失っていない。


 訓練された門番だった。




 「失礼ながら、ご用件をお伺いさせていただきます」


 「冒険者ギルドからおさが来たと伝えてくれ。事前に約束は取り付けているはずだ」




 ギルド長は名前を告げた。


 しかし、ソルは「へぇ~ そんな名前だったのか」と思い、直ぐギルド長の名を忘却した。




 「確認できました。どうぞ、お入りください」




 門が開かれる。


 客人を楽しめるための庭園。


 そして宮殿と見間違えるほど豪華な屋敷。


 老執事に案内さてる内部。そこは、この世の贅を極めたかのよう空間。


 僅かに体が沈むのが実感できるほど柔らかい赤い絨毯。 左右には美術品が並んでいる。




 「ようこそおいでになりました。父、ネオス・フランチャイズの名代マリア・フランチャイズが伺いましょう」




 普段のマリアとは違い正装。絹仕立ての服。 


 名代として、自身の発言がフランチャイズ家の意思に直結するからだろうか?


 普段の冒険者ギルド嫌いは鳴りを潜めて、笑みさえ浮かべている。




 ギルド長は片膝をつき、頭を下げる。


 わざと遅れ、ソルも同じ所作を行う。




 「頭を上げてください。我々の仲ではありませんか」




 行儀作法通りの言葉ではあるが、ソルは心の中で苦笑した。




 (我々の仲か……敵対関係ではないか。それも彼女が自覚している以上にな)




 ソルとギルド長は文字通りに交渉のテーブルに座った。




 「さて、私は秘書のソルです。早速ですが、ギルドからのお願いを――――」




 「お願い? 依頼ではないのですね」とマリアはクスリと笑う。




 「まさか、まさか……この地に住まう者でフランチャイズ家に依頼を行える者などおりませんよ」


 「えぇ……そうですわね。そのはずですわね……」




 ピシッと空気が凍りついたようにマリアの笑みが凍った。




 (何か地雷を踏んだのか? しかし、躊躇できるか!)




 「実は第五迷宮に魔王軍が潜んでいるという情報を冒険者ギルドは手に入れました」


 「第五迷宮……人工娯楽都市 オリガスの下にあるという」


 「はい、その通りです。もしも、この情報が事実ならば、魔王軍にオリガスの入り口を抑えられたも同じ事。攻められれば都市の壊滅もありえます」




 「なるほど」とマリアは頷いた。




 「つまり、当家が持つ横の繋がりを利用して、オリガス周辺の貴族に警戒を促せばいいのかしら?」




 ソルは頷いた。




 「さすが、マリアさま。理解が早い。それともう1つお願いがあります」


 「もう1つ? 何かしら?」


 「マリアさまが保有している武力――――私兵団の投入を」




 「!?」とマリアの表情が砕ける。


 驚愕、疑心、焦り……それらが混ざった表情だ。


 マリアの私兵団は冒険者ギルドを潰し、取って代わるために作っている部隊。


 当然ながら秘中の秘。 それを、よりによってギルドの秘書が知っているのか?




 「あなた……どうしてそのことを?」




 怒りが漏れているマリアの口調。


 しかし、ソルは――――




 「はて? マリアさまの私兵団は有名ではございませんか? なんでも、あのベルト・グリムを取り込んでいる……とか?」




 これにはマリア、眉を顰める。


 ベルトを私兵団と勘違いしている? いえ、ワザとかしら?


 ギルドは……この男はどこまで知っている?




 一瞬の混乱。それが隙となる。




 「また、人工都市 オリガスは華やか都市。巷ちまたの若者などは婚前旅行に行くと言います。マリアさまも親しい殿方ができた時の為にご覧になってはいかがでしょうか?」




 「無礼者! 不敬であろう!」と本来なら怒鳴る所である。


 本来なら、その場に兵を呼び、そっ首を刎ね落としている所である。 


 しかしながら――――




 「こ、婚前旅行。なんてはしたない。……しかし、その手が……いや、問題は、どうやって誘うのか?」




 なにやら、マリアは顔を真っ赤に染めながらも、ぶつぶつと呟き始めた。




 「どうでしょうか? マリアさまの私兵団……ベルト・グリムの第五迷宮調査の許可をいただけませんか?」


 「ん? ……あっ? そうですね。そういう話でしたね。構いません。えぇ構いませんとも……」




 こうしてベルトは本人の伺い知らぬ所で第五迷宮の調査という事で、人工娯楽都市 オリガスへ向う事が決定したのだった。

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