第32話 断るベルト


『薬局 カレン』にて




 「このたび冒険者ギルドでは、第五迷宮で魔王軍の動きを察知しました。そこで、是非にでもベルトさんに調査の依頼を――――と思いましてね」




 ソルは訪問の目的を告げた。


 現在、勇者は魔王に肉体を奪われ、残りのパーティも治療のために動きが取れない。


 その事を世間へ公表する事は、混乱をおそれた権力者たちによって緘口令が敷かれている。


 つまり、この男――――




 ベルト・グリム




 彼こそが人類に残された最大戦力なのだ。


 そんな彼はソルの話を吟味するように答えた。




 「その話、恐らく誤報じゃないですかね?」




 「え?」とソルは驚いた。


 事実、ベルトは呼び寄せで罠にかけるための誤った情報だからだ。




 (しかし、どうしてバレた?)




 どう切り込むべきか、少し悩みながらもソルは――――




 「どうして、誤報だと?」




 動揺を隠しながら聞く。


 対してベルトの答えは――――




 「第五迷宮は、ダンジョンとして機能を維持しながらもモンスターが消滅している。これは、ダンジョンコアが壊れているからでしょうね」


 「……なるほど。それから?」


 「今まで魔王は勇者のフリをしながら復活に備えていた。ならば、魔王が残党兵に直接指示はできない。……だったら指揮を執っていたのは参謀フェリックス。彼なら、貴重な魔力を使用して死んだダンジョンの復活を行わない。やるなら、現存する4つのダンジョンで地盤の強化……」


 「そ、そうでしょうか? 確かに魔王軍の参謀なら、再起の時期にむやみやたらに勢力拡大を行わないでしょうが……何か魔王軍でもトラブルがあったのかもしれませんよ」


 「だったら、話は早い。無視すればいいだけの事だ」




 「――――なっ!」とソルは絶句する。




 「価値ない第五迷宮を復活させようと考える無能が軍を指揮しているのなら、勝手にやらせて弱体化させればいい」




 この言葉は流石に無視できなった。ソルは抗議の声をあげる。




 「ちょっと待ってください。現在、第五迷宮の上には人工的な娯楽都市が建設されているのですよ! そこで何かが起きたら、どれだけの被害が……」


 「もちろん、知っているさ」


 「だったら……」


 「だから調査しろって? 君たちの情報精度が低いのにかい?」




 そのベルトの言葉は、どこか――――


 嘲笑うような馬鹿にするかのような響きがあった。




 「あなた、本当に? 本当にそんな理由で依頼を断ろうと言うつもりですか?」




 ソルは怒っていた。


 確かにソルは裏切り者だ。 


 人類なぞ魔王に蹂躙されて絶滅してしまえばいい。


 そんな自己否定でもある感情を――――まるで、どどめ色のように酷く濁った感情。


 しかし、そんな彼でもベルトが見せる無関心ぶりに冷静さを失っていたのだ。




 「まぁ、今までの話は建前さ」




 そのベルトの言葉にソルは顔を上げる。


 僅かな希望。しかし――――




 「正直に言えば、本業の薬局が忙しい。近々、新しい同居人も来るらしいからな」


 「――――くっ! きょ、今日のところは帰ります」




 ソルは勢いよく立ち上がり、踵を返して出ていった。




 ・・・


 ・・・・・・


 ・・・・・・・・・




 「義兄さん、本当に良かったのですか?」




 ソルが出て行った後、メイルが聞いてきた。


 冒険者ギルドの関係者が訪ねてきたのだ。念のために彼女には隣の部屋で待機して貰っていた。


 幸いにして客室の壁は薄い。隣の部屋に声は届く。




 「メイルは、ソルと俺の話をどう思った?」




 「どう思ったかですか?」とメイルはう~んと唸り始めた。それから――――




 「義兄さんはソルさんの事を怒らせようとしているのかなぁ……そう思いました」


 「あぁ、そうだね。確かに」


 「……怒らせようとしていたのですか?」




 「さぁね」とベルトは肩をすくめる。




 「どうして俺は彼を怒らせるようなマネをしたのか? もしかしたら、俺は彼を信用していないのかもしれないね」




 ベルトは自身の感情を確かめるために瞳を閉じた。 




 「ソルさんが信用できないから、怒らせて本心を聞き出そうとしたという事ですか?」


 「あぁ、だが……どうやら彼は信頼できるみたいだ。会った事のない他人のために怒れる人間だ」




 「怒ったのが演技じゃないならね」とベルトは付け加えた。




 「それに俺は一度、引退した人間だ。こういう現状だからこそ新しい人材を育てないといけないはずだ。新しい勇者になるべき人間が必要なんだ。 それに――――」


 「それに?」




 「忙しいのは事実だからね」とベルトはおどけてみせた。


 それから――――




 「どちらにしても、今回の情報は信用できないのは事実だ。断るには足りる理由さ」

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