(5)『青』の企み
コンコン、と規則正しくノックが2回鳴り、扉を開いたのは、この屋敷に滞在している間世話になっている侍女だった。
「イシュ様、ダナン様。ご夕食のお時間でございます」
「おう。――イシュ、飯だぞ。一度切り上げて出て来い」
背が高く体格の良いダナンは、普段着を着ているとまったく魔法士には見えない。隣の部屋の扉を軽く叩いてイシュを呼ぶが、部屋の中から返答はなかった。
青の魔法監視士ふたりに用意された客間は3部屋続きになっており、イシュは昼からそのうちのひとつに閉じこもってある仕事をしていた。
再びノックして声をかけたが、やはり無反応。鍵はもちろんご丁寧に結界まで張ってある。
これはもうしばらく出てこないなと踏んだダナンは、侍女に夕食を断わる旨を伝えた。あとで軽食を部屋まで運んでくれるとのことだった。
――それから6刻が過ぎ、すでに屋敷中が寝静まった深夜である。
イシュはまだ、出てこない。
「おい、イシュ? 進行状況ぐらい伝えろ。イシュ?」
イシュはプライドが高いだけでなく玄人意識も同じだけ高く、ひとつの仕事に集中すると周りが見えなくなってしまうような傾向はある。だが、口先だけではないイシュの力量から考えて、これほど時間のかかる仕事ではなかったはずだ。一体何があったのか。
ダナンは青いローブをざっとはおると、イシュの部屋の扉の前で呪文を唱えだした。青一色の無地に見えたローブに、織り込まれていた魔法陣と魔法文字が浮かび上がる。魔法監視士の制服である青いローブは、魔法の杖のような役割をする魔法具だった。
ダナンが結界を解除する魔法を使おうとしたその時、カチャリとその扉が開いた。
「……ふっふっふっ……わたくしとしたことが、ちょっと手間取ってしまいましたよ……」
長い青銀色の髪をひとつにまとめ、青い正装を着たイシュが、ふらりと扉から姿を見せた。汗のにじむその表情は、いつもは疲れなど微塵も見せないイシュにしては珍しいものだった。
「イシュ、どうした。何かあったのか? 魔法具の調査は得意だったろ」
「えぇ、そうですとも。この天才的魔法技能を持つイシュ・サウザードに解明できない魔法具はありえません! ですから……この踊るホウキは、魔法具ではないということです……!」
イシュの部屋の中には、細かい魔法文字でびっしりと描きこまれた魔法陣と、その中央で2つに割れているホウキがあった。そのホウキは確かに手に入れた時は踊っていたのだ。
レンラームの街へ来たのは定期巡回のためで、不思議な雑貨屋の噂を聞いたのは偶然だった。
得体の知れない商品を売っているというので、おそらく変わり者の魔法士が面白半分で魔法具を売っているのだと思い、一言忠告をと立ち寄っただけだった。
想像していたよりかなり若い店主は、明らかに魔法監視士に対して非協力的であったが、『青』を嫌う魔法士は多くもないが少なくもない。ダナンは気にしなかったが、イシュは何か気に食わないことでもあったのか、調査をすると言いはじめたのだ。
そして街で話を聞くうちに手に入れたのが、踊るホウキである。
見た目はどこにでもあるごく普通のホウキで……しかし、ふとしたきっかけでくねくねと踊りだす奇妙なホウキだ。やはり遊びで作ったとしか考えられないかったが、その場でざっと見たところ魔法具に刻まれているはずの文字は見当たらなかった。
まぁ魔法文字を隠す手段などいくらでもある。引き取って調べればすぐに分かるだろうと思っていたのだ……その時は。
「魔法具じゃない? じゃあ、なんなんだ。生きているホウキだとでも言うのか」
「近いですね。あれは、踊るホウキとしてこの世に作り出された……つまり、〈女神ヴォルティーンのささやき〉によって創り出されたとしか考えられません」
イシュの出した答えに、ダナンはさらに表情を硬くする。
「創造属性の魔法だと……? そんなもん使えるのは、俺達や宮廷魔法士ぐらいだろ? それも相当の準備が必要だ」
「ですが、間違いありませんよ。このわたくしが調査した結果なのですから。確かに扱える者の少ない魔法ですが……人間以外の種族を考えれば、その数は増えるでしょう」
「まさか……モグリの光族か闇族か?」
イシュはうなずいた。色濃く疲れが見える表情だったが、しかし目には得意げな光が宿っていた。
「その可能性は高いです。ほら、私が言ったとおり、調査して良かったですね?」
人間と比べ物にならないほどの魔力と長い寿命を持つ光族と闇族。かつて二国間の戦争が世界中を巻き込む災害となったことがある。それから二国は魔法的に自らの国を封じ、鎖国をしていたのだが、最近少しずつ開国し始めたばかりだった。
彼らの国以外の場所にいる光族闇族は『青』が把握している。非登録の光族や闇族は、国へ送還しなければならない。
それは光族闇族が人間社会をおびやかさないために結ばれた協定だ。モグリの光族闇族を見つけ送還するのも『青』の重要な役目だった。
「問題なのは、何故こんなに手のかかる遊びを、こんなところでやっているか、ですね。何か裏があるのかもしれません」
「ちっ、面倒なことになってきたな……」
ダナンはもう動く気配はないふたつに割れたホウキを手に取り、溜息をついた。
「ティナ、今度は何をしてるんですか?」
お茶会から6日後の昼下がり、相変わらず客の来ない雑貨屋の店内で、ティナは魔法の手順が書かれた本を片手に何やら呪文を唱えていた。
「ん、ちょっと待って、ここまで完成させちゃうから」
呪文が紡がれると共に描かれてゆく光の魔法文字は、店の壁に規則正しく並び、鎖のような紋様を描いていく。東側の壁に魔法をかけおわると、ティナはふぅと息をついて階段を下りてきたリームに向き直った。
「結界の魔法をかけてるのよ。最近、魔法で様子を窺われてるみたいなのよね」
「また黒いノゾキ魔のオジサンですかぁ~? まったく、今度フローラ姫に言いつけてやらなきゃ!」
「うーん、まぁ誰がかけた魔法だかは分からないんだけどね、一応。それにしても、すっかりフローラさんと仲良くなったのねぇ」
「そ、そんなことないです! ぜんぜん仲良くないです!」
リームの反応にあはははと笑いながら、ティナは結界の魔法を続けようとし、ふと気づいたように再びリームに声をかけた。
「あ、そうだ、今日もちょっと買い物行ってもらおうと思ってて。そこにメモしてあるから」
「はい、分かりました。最近、食料品ばかりですね?」
ここしばらくは、週に1度程度だった買い物が2日に1度のペースになっていた。両手にいっぱいの買い物ではなく、野菜や肉やパンなど、食料品を少しだけだ。
考えてみれば、今まで買い物で買ってきたもの以外の材料で作られた食事が出てくることが多かったのだが、最近はそれがなく、ちゃんと買い物した材料で作られている。今までのほうが変だったのだ。
やっぱり『青』が来てから変わったなぁ……。
時々、人間じゃない証拠が見つからないかと注意してティナのことを見ていたりするリームだったが、今のところそれは見つかっていない。それが良いことなのか悪いことなのかリームには分からなかった。
「……? どうしたの? 何かキライなものでも書いてあった? 好き嫌いすると大きくなれないわよー」
「あ、ううん、そんなことないです! いってきます!」
店を出るリームに、途中になっている呪文を維持しながら片手を振るティナ。
リームには、やっぱりティナは悪いひとには思えなかった。
あきらかに隠し事があるのは残念だけど、きっと理由があるのだろうと、自分に言い聞かせて――しかし、胸の中のもやもやしたものはなかなか消えなかった。
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