(6)『青』とお茶会


 鶏肉と菜っ葉と、ミルクと小麦粉。今日の晩御飯は鶏肉のクリーム煮かなぁと思いながら、買い物を終えたリームはリゼラー通りを雑貨屋に向かって歩いていた。


 と、ころころとリームの足元に向かって何かが転がってきた。オレンジだ。リームは特に何も考えずそれを拾って、転がってきた方向を振り返る。


「お嬢さん、わたくしのオレンジを拾ってくださってありがとうございます。お礼といってはなんですが、このわたくしが特別にお茶に誘ってあげましょう。良かったですね」


 シャープに着こなしたモノトーンの服の胸元に赤い花を差しているその男の笑顔には、大きくナルシストと書いてあるかのようだったが、長い青銀色の髪と無駄に自信に満ち溢れた表情は間違いなく見覚えがあった。


「っああああ『青』のひとっ!?」

「こら。折角ローブを着てこなかったんだから、大声だすなよ」


 傍に居るのはラフなシャツを着た赤い髪の魔法監視士だ。こう見ると二人とも本当に街の若者にしか見えない。まだこの街に居たということがまず驚きだし、そして自分に声をかけてくるのも信じられなかった。


「な、なんで……」

「ナンパだ。お茶に付き合ってもらおう」

「えええええ???」

「と、いう建前で、お話を聞きにきました。リーム、というそうですね、お嬢さん。雑貨屋ラヴェル・ヴィアータで働いているそうで」

「あっ……」

「立ち話はなんだ。行こうか。……ついでに、シェイグェール魔法院の話でもしてやるかな」


 シェイグェール魔法院は『青の魔法監視士』の本拠地であり、世界で一番有名な魔法の学校であり、研究所でもあった。リームにとって遠い夢の地だ。

 なんてずるいのだろう。リームは思った。憧れの『青』にそう言われたら、ついて行かざるをえないではないか。


 ふと、笑顔で自分を見送っていたティナの顔が脳裏をよぎる。別に、ティナを売り渡すようなことをするわけじゃない……そもそも、私だって何も知らないんだから。『青』の人たも、分かってくれるはず。


 不安な気持ちを心にしまいこんで、リームは『青』のふたりについていったのだった。


 『青』のふたりに案内されたのは、街の中心部にある高級料理店の小さな個室だった。貴族や一部の大商人しか出入りできないような店で、何回もストゥルベル城を訪れているリームとはいえ、また違った雰囲気で緊張してしまう。


 金縁の白い食器で小奇麗に盛り付けられたお菓子とお茶が運ばれてきたが、リームはとても手をつけられなかった。


「遠慮せずにどうぞ。お話は後からゆっくり聞かせていただきますから」

「その言い方じゃ食えねぇだろ。嬢ちゃん、俺たちは『青の魔法監視士』だ。卑怯なまねはしないし、する必要もない。安心してくれ」


「……ティナが、何か悪いことしてるんですか? 信じられません……」

「それを今調べているのですよ。お嬢さんは二ヶ月ほど前からあの雑貨屋で働いているそうですね。何かおかしな点はありませんでしたか?」


 『青』のふたりがお茶に手をつけはじめたので、リームもおそるおそるお茶を飲みながら答えた。


「不思議な雑貨屋だって噂は聞いていたので……噂通りだなーと思いました。でも、ティナはとっても良い人です。悪いことしているようには思えません」

「店に店主の知り合いが来たことはあるか? あとは、店主が誰かと連絡をとっているようなことは」


 ティナの知り合いと言われて真っ先に思い浮かんだのが王妃様のことだったが、それを言っていいものかどうか迷ってしまった。

 魔法監視士は憧れの存在で正義の魔法士だけれども、こんな場所でティナについて話していると、なんだかティナや王妃様までも裏切っているような気がしてきてしまう。


「……ティナのこと四六時中見ているわけじゃないので、分かりません。私に聞いても何も分からないと思いますよ。私のほうがティナのことを知りたいぐらいなんです」

「なるほど、分かりました。では、お嬢さんが知りたがっている店主の真実を知るために、これを持っていてください」


 イシュが差し出したのは、透明な石のついたシンプルなブレスレットだった。


「お嬢さんが身に着けていてくだされば、より近くで店主のことを調べられます。店に結界を張られたようなので準備しておいて良かったですよ――まぁこのわたくしにかかれば結界なんて解除するのは容易いのですが、あまり大掛かりに魔法で争うのは避けたいところですから」

「困っていた旅人を手助けしたら貰ったとでも言っておけ。嬢ちゃんは魔法具だなんて思ってもみなかった、そういうことでいい」


 それでもリームがブレスレットに手を伸ばさないと、ダナンは続けて言った。


「……〈小さき光〉見てやろうか? 嬢ちゃんが『青』になれる可能性はどれくらいあるのか、知りたいだろう」

「ほ、ほんとですか!?」

「その代わり、ブレスレットを受け取ってくれ。別に店主をどうこうしようってわけじゃない。真実を知るためだ。『青の魔法監視士』の名にかけて、俺たちは正義を行う」


 憧れの『青』に魔法を見てもらえる――対価にティナのことを調べるブレスレットを受け取る。

 リームは板挟みの思いの中、目を閉じた。ティナの笑顔を思い出す。それと同時に、遠き日の思い出に霞む憧れの『青』の姿が瞼の裏に浮かぶ――『青』は不正を取り締まる、正義の魔法士だ。


 リームはダナンを真っ直ぐ見据え、イシュを同じだけ見たあと、ゆっくりとブレスレットを手に取った。


 ひんやりと冷たいブレスレットは、よく見ると金属部分にごく小さな文字が並んでいるのが見える。


 心が痛まないというと嘘になるが、ティナはきっと悪いことしてないし、『青』の人もそれが分かれば何もしないだろう。

 何度も自分に言い聞かせてしまうその原因を、リームはまだよく分かっていなかった。

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