(7)心が重い帰宅


「じゃ、じゃあ、いいですか? 見ててください」

 リームは大きく深呼吸を繰り返してから、緊張に震える声で小さな光を灯す魔法を唱えた。光を灯す瞬間だけなら誰にでもできる。その維持と大きさが魔力の指標になるのだ。


 リームの光は両手のひらからあふれるほど。その光が消えた後、リームは不安げなまなざしで『青』のふたりに問いかけた。


「どう……でしょう?」

「んー……」

「魔法監視士にはなれないでしょうね」


 バッサリと、イシュが切り捨てた。

 リームは一瞬で目の前が暗くなったように感じ、がくんと椅子から落ちるようなめまいを覚えた。


 魔法監視士になれない。なれない。『青』本人が口にしたその言葉は、心臓を殴られたような衝撃だった。


「いや、嬢ちゃん。イシュは魔法に関しては人一倍厳しいからな。俺は悪くないと思うぞ」

「わたくしでしたら、お嬢さんの50倍程の大きさを楽に扱えます。このような基本的な魔力が要求される単純な魔法は、本人の素質によるところが大きいです。つまり、訓練で伸びることはありません。お嬢さんが『青』になるのは、ほとんど無理でしょう」


 理論整然とリームに追い討ちをかけるイシュ。生気の抜けた表情のリームに、ダナンは同情の声をかけた。


「逆に言えば、複雑な魔法になればなるほど、本人の素質は関係がなくなってくるってことだ。最低限、魔法を発動させる魔力は必要だが、嬢ちゃんには魔法士たるに必要な魔力は備わってる。あとは努力次第だ」


「ですが、それなりの規模で魔法を使おうとすれば、どれほど組み立てたとしても最終的には扱う魔力の量によってできることが違ってきますし、魔法陣を重ねる上で維持に必要な魔力を合わせていけばつまりは――」


 なんとかフォローしようとするダナンの考えを少しも配慮せず、すらすらと涼しい顔で続けるイシュに、ダナンは苛立ちを抑えきれないようだ。眉根を寄せ、片手をあげてイシュを制した。


「あー、うるせぇ。魔法オタクめ。もういいだろ。嬢ちゃん、教えてやろう。『青』になるために一番重要なのは、魔法技術より何より――長に気に入られるかどうかだ」

「……それはありますね」

「だろ?」


 リームは、イシュの魔法監視士になれないという言葉以降、ショックと内容の難しさで話がほとんど頭に入ってきてなかったのだが、最後の言葉だけはなんとか理解できた。


「えっと……『青』の長に気に入られれば、私でも魔法監視士になれるんですか?」

「まぁ……そうですねぇ」

「もちろん、職務上魔法の知識と能力は絶対必要だけどな。がんばれよ。嬢ちゃんが後輩になったら、鍛えてやるからな」

「は、はい! 私、がんばります!」


 ――その時は元気よく返事をしたリームだったが、料理屋を出て『青』のふたりと別れ、いざ雑貨屋へ帰る段階になると、とたんに左手につけたブレスレットが重さを増したように感じた。


 大丈夫、これはティナの無実を証明するためでもあるんだ、と自分に言い聞かせるが――ティナにこれがばれたらどんな顔するだろうと考えると、悪い想像しか浮かんでこなくて。今更考えたってもう乗りかかった船なんだけれども……。


 重い気持ちをかかえながら、リームはゆっくりと雑貨屋へ帰っていった。





 日は随分と傾いて、ほのかな橙色に染まりつつあった。

 普段より1刻半ほど遅い帰宅だ。本当なら急がなければならないのだが、リームはとても急ぎ足で帰る気にはなれなかった。もちろん買い物の荷物が重いわけではなく、ずっしりと重たいのは胸の中だ。


 そろ~っとリームが雑貨屋の扉をあけると、ティナはカウンターの椅子に腰掛けて本を読んでいた。リームに気がつくと、いつも通りのけろっとした微笑みを返してくる。リームは自分が動揺しているように見えないか心配だった。


「リーム、どこまで買い物に行ってたの? 随分遅かったじゃない」

「ご、ごめんなさい……ちょっと、友達と話しこんじゃって」


「いや、別に急ぎの買い物じゃないからいいんだけど。なんでそんなに縮こまってるの? 怒られると思った?」

「え、えっと、うん、やっぱり遅刻は良くないし」


「さすが神殿育ちだと厳しく育てられてるのね~」

「はい……それじゃ、これ台所に置いてきますっ」


 自分でもひきつっているのが分かる笑顔で言うと、リームは荷物を裏手の台所へと置きにいった。ティナがいるカウンターの横を通る時は、知らず早足になる。


 ティナから見えない位置にくると、ちらりと左手首のブレスレットを確認した。特に何の変化もない。一体何を調べる魔法具なのだろう。


 リームが店内に戻ると、ティナはいつも通りリームに店番を任せて2階にあがっていった。ほっと息をつくリーム。――早くこんな状況から抜け出したかった。


  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る