第17話終戦が過ぎて 2

「君のあの演説で、彼らを暖かく迎えられそうだよ。」

 ネールは、盟友のガンディーに後ろから声をかけた。ボンベイなどインド各地を爆撃した日本軍のキー74の搭乗員達のことである。爆撃後、落下傘降下して戦闘を続けていたが、終戦の詔により投降した。その引き渡しを英軍が強硬に求めていたが、インド側は引き渡さないと決議したのだ。その時、ガンディーはその決意を述べると共に、うまく自分達の立場の正当性も説明したのである。 

「君のことだ、このことも上手く交渉材料に使ったのだろう?」

 ガンディーは、真面目な顔で言った。ネールは、日本兵に同情的なインド世論を背景に、インド独立のための布石を一歩も、二歩も進める交渉を進めるつつ、英国側を納得させつつ、日本兵に寛大な待遇を与えた。海千山千ともいえる政略家である彼の面目躍如と言うところだが、彼自身も、ある意味自分の政敵とも言えるボーズの支援者である日本兵に、心から敬意を持って行動した結果でもある。ガンディーが彼を信頼しているのは、そうした彼を知っているからである。それだけに、彼は、ずっと後年、毛沢東と周恩来に、平和五原則締結して安心した直後の、中国軍の侵攻というだまし討ちに遭ってしまったわけではあるが。

「私達は、インドの独立、全インドが統合した独立を進めないといけないのだ。」

 そう言うガンディーに、その難しさと妥協点の模索に、既に悩んでいるネールは静かに頭を下げた。

 その頃、太平洋、大西洋各地で日本の巨大潜水艦、イー400型5隻が連合軍に捕獲されていた。

 イー402は、三番艦であるが、最初からシュノーケル装置を設置することを前提にして建造されたため、就役が建造中に追加された1、2番艦より早くなったため、一番早く出撃し、一番遠いロンドン爆撃を担当することになった。終戦の数日前、事前に海面上に上げた電探と逆探で周辺に艦船、航空機がいないことを確認して太平洋上に浮上した。ハッチから、望遠鏡を持った監視隊が飛び出し海面四方、上空監視任務についた。続いて出てきた兵達は25㎜機銃に取り付き弾倉を取り付け、何時でも使用出来る用に準備した。後方の14㎝砲にも担当兵が準備を始める。そして、艦橋横の長い施設の大きなハッチが開けられ、中から水上爆撃機晴嵐が姿を現した。整備員達がカタパルトまで移動させ、組立を始めつつ、爆装、エンジン等のチェックを並行して始める。瞬く間に発進準備が整う。二番機もその後方で組立がかなり進んでいた。巨大な空気式カタパルトの射出準備が始まる。晴嵐1番機に搭乗員が乗り込もうとする直前、艦長乱真が

「お前達は特攻隊ではない。敵機に遭遇したら、爆弾を捨てて戻ってこい。我々は、待っているからな。絶対に生きて帰ってこい!」

「はい。」

としか言えなかった。胴体に500㎏1個、両翼に60㎏爆弾数個を搭載した晴嵐1番機はカタパルトを走り、フロートを脱落させて飛び立った。二番機も数分後に飛び立った。急いで、甲板の将兵はハッチから艦内に入り、急速潜航に入った。全てが理想以上の出来だった。整備員がこんなに上手くできたなんて、と感動するほど、今までにない短時間、晴嵐開発での要求をはるかに超える短時間で組立、発進準備が完了した。“神様が助けてくれた”と誰もが口にした。急速潜航も、何と30秒台で、今までにで最短だった。そして、数時間、深度100mを維持して待機。

「初めて乗ったイ号は、最大安全深度75mだったが、その深度に達すると、艦全体が軋むわ、あちこちで水漏れはするわで大変だった。だが、こいつは、全く、100mなどどこ吹く風だ。凄い艦だよ。」

各部署からの異常なしとの報告に艦長は満足そうに言った。誰もが、その時、世界最大の潜水艦に乗っている自負と安心感で包まれていた。そして、予定の時間に浮上し、甲板で望遠鏡を覗く兵の目に晴嵐2機が見えた。フロートのない2機はそのまま着水する。

「急いで回収だ。準備は出来ているか?」

 甲板に用意されたゴムボートに3人が乗り込み、後ろから押されて海上にでた。直ぐにモーターがきり、動き出す。既に、2機からは搭乗員が脱出して泳いでいたが、数百m離れている。海面はそれほど荒れていないため、泳いで艦にたどり着くのは可能だが、待っている余裕はない。何時、敵の哨戒機が来るかわからない。ボートは4名を海面から次々に拾い上げ母艦に向かう。機銃も、大砲にも将兵が緊張した面持ちでついている。望遠鏡を目をこらしてのぞき込む。ボートが、到着し次々に甲板にあがる。歓声が上がる。

「ご苦労だった。報告は後でよい。艦内に早く入れ!」

 艦長の言葉に、次々に、決められた順にハッチから艦内に入っていく。そのまま廃棄される晴嵐を搭乗員達が、“すまん。”という表情で一瞥した。まだハッチが閉められる前に、

「対空電探に反応あり!」

 ハッチが閉められると、急速潜航に入る。深度100mで微速前進に入ると、爆発音が後上方から聞こえてきた。それから、蓄電池での微速前進、蓄電池の電力量がかなり減ってきたことと艦内空気の二酸化炭素比率がかなり高くなってきたため、海面近くまで浮上、空気筒から空気を入れ換え、シュノーケル筒も伸ばし、補機で発電機を動かしても、蓄電池で航走をしつつ、蓄電池の充電を行った。この場合は、海面近くで4ノット程度の速度しか出ない上、ちょっとしたことでシュノーケルが、連合軍側のレーダーに探知される危険もあるので、要注意である。そのため、電探、逆探も海面にだして周囲を警戒しているが、電探は逆探知される可能性もあり、逆探も電波漏れを逆探知される可能性もある。後者は、なんのための逆探かとも言われるが、既にかなり改善策が施されてはいる。それでも、操作に注意しなければならないし、用心が、必要である。水中聴音器の担当兵も耳と目をこらしていた。

 ロンドンの被害は、死者皆無と殆どなかったが。ただ、ドイツの降伏で戦争は終わったとの安心感が広がっていただけに、爆発音と日の丸を付けた飛行機が低空を飛ぶのが目撃され、かなりのショックがあった。日本のことは、遠い実感が伴わないことであったからだ。それでも、ワシントン、パナマ運河攻撃と同様、日本側が期待したパニックまでは発生しなかった、多少の混乱はたしかに発生したものの。そのかわり、ロンドン攻撃は初期コンピュータによる暗号解読で事前に把握されており、わざと発進、攻撃させ、攻撃機を追った形で発見したように見せかけ、あらかじめ予定していた地点に、事前に準備されていた編隊が発進、周辺に待機していた艦隊が急行、計画した通りの攻撃で日本の機動部隊を壊滅させたという話が生み出された。勿論、英国政府の正式発表には、流石にそこまではない、攻撃機6機撃墜、母艦の潜水艦1隻撃沈とあるだけである。なお、初期コンピュータによる日本艦隊撃滅を、事実として引用するのは、何故か日本人が圧倒的に多いのだが。

 イー402は、かなりイギリス、ヨーロッパ大陸から十分離れた、哨戒機の行動圏外に出たと判断したところで、昼間は浮上航走、夜間は潜水航走で帰路に入った。途中で、水中音を探知、潜望鏡で艦隊を確認。艦長は攻撃を決断した。艦内は、緊張と熱気に包まれた。魚雷を装填する際も、いつも以上に出たという回想録が残っている。8基の魚雷発祥菅から8本気の魚雷が発射された。4本の酸素魚雷と4本の磁気弾頭電池魚雷が海中を進んだ。速度が速い酸素魚雷の爆発音が、まず聞こえた。かなり遅れて、電池魚雷の艦底下での爆発音が聞こえた。戦果を確認することなく、緊急潜航。短時間微速前進後、機関停止。爆雷の爆発音、走り回る艦艇のスクリュー音が長く続いた。深度は100mを超えた。艦内ではひたすら音をたてないように、無音状態で耐えた。酸素剤が艦内にばら撒かれた。何とかも攻撃は終わり、潜航でしばらく微速前進後、念入りに確認した上で浮上、誰もがホットして、空気の美味しさをあらためて確認した。また、あらためて艦内を調査、確認したが、全く問題がなかった。誰もが、自分達は自慢の艦にいる、その乗員であることを誇らしく、あらためて感じた。

 艦長以下魚雷音等を勘案したすえに、4発以上命中又は艦底下で爆発、空母、戦艦、巡洋艦各1隻撃沈と戦果を判断した。実際は、輸送船団で、輸送船1隻沈没、コルベット1隻撃沈であった。護衛艦隊は、潜水艦2隻撃沈を報告している。なお、警戒不足を司令官は問われたが、日本軍潜水艦の情報が送られていなかったことから、無罪とされた。

 巨体と、攻撃機搭載筒がある巨大で、異様な艦橋に、接収した連合軍将兵は驚くとともに、次々に記念撮影を始めた。勿論、接収時当初厳戒体制をしいていたが、日本側が規律正しく接収を受け入れたため、それを意外と感じるとともに安心したためである。

 イー400型5隻は、どの艦も任務を達成した達成感があり、その他の戦果、さらに、攻撃に対して、全くビクともせずくぐり抜けたことで士気が高かったためである。

 本当は、全てが奇跡的に運がよかったためである。例えば、イー402の場合も、哨戒機のトラブルで発進が遅れた、機数が少なかった、投下した爆弾がもう数mずれていれば直撃していた、護衛艦隊も熟練した乗員が乗る艦艇が直前外されて、ヘッジロックの発射操作も正確ではなかった等々。

 それでも、イー400型各艦の活躍は大きなものであり、運の良し悪しは常のことであり、その後の日本人のイー400伝説は、他の零戦伝説などとともに、その心を支えることになった。

 ただ、連合軍側の対日方針にどういう影響があったかは微妙である。東京裁判では追及されなかったが、当初、市民対象の攻撃として追及するべきだとの意見があったことが戦後かなり後になってから判明したが。

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