第3話東条は拝聴する

 野村中将達が主張することは、最近の海軍のある会議でのことなのかは分からなかったが、珍しく東条は拝聴していた。

 海軍の戦略方針は、まずは積極的な侵攻、攻勢、それで米国が講和を申し入れてくればよし、そうならなければ、戦線を縮小、太平洋の島々を不沈空母とするとともに、要塞化して米軍を迎撃するというものであった。このため、17年前半までは戦艦、空母以下の戦闘艦の建造に全力を傾ける。護衛艦や強行上陸支援艦、魚雷艇、豆潜水艦などの諸島防衛用小型機艦はプロトタイプの建造に留める、要塞化の工事や陸戦隊の装備の生産は徐々にはじめてもいく。17年後半には、講和が期待出来ないと判断して、後者の大量建造、本格的工事、生産にはいる、航空機の生産を第一におく、空母以下の戦闘艦の建造は潜水艦を除いて、最小限とし、不沈空母を補完するものと位置付けるというものだった。

 倉田中佐は、海防艦、12㎝高角砲2門、爆雷120発、最大速力16~17ノットの船団護衛艦であるが、の17年当初100日かかっていた建造期間が、18年前半には79日間に、後半には60日を切り、19年には目標としている一カ月を達成する目途が立ったと説明した。また、丁型駆逐艦、一等・二等輸送艦、各種潜水艦の建造期間も驚異的に短縮されたことを強調した。

「私は言ってやりました。」

 野村は、「どうして、最初から1ヶ月間でできなかったのか。」

と大声で怒鳴りつけた。倉田はしどろもどろになり、

「経験が蓄積することで無駄な工数を省けるようになるためで。」

「最初に、二年後30日で造ることが一般的になることを頭に思い浮かべて建造することで実現されるものだ。」

「そのようなことが出来る訳がありません。」

「私が言うのは、そういうことを何故頭に思い浮かべ実行しないのかということだ。そもそも大量の護衛艦を投入し、何らの成果も上がっていないではないか!」

 海防艦や丁型駆逐艦等を建造中の主力としても、すぐさま数が揃うものではない。そのため、戦時標準輸送船を流用して、カタパルトなし、水上滑走で水上機を発進させる仮装水上機母艦、高角砲数門等々を載せた仮装巡洋艦、仮装砲艦として、投入した。鷹級客船改造空母として(水中探信儀・聴音器、電波探信儀を装備させ、航空機20機を載せ)導入した。海防艦等が揃いはじめたりものの、戦時標準船を利用仮装艦は増加、空母まで建造されるようになっていた。

 野村達の主張は、一度の会合や会議のことではない、と東条は感じた。

 野村達は主張の情景はつぎのようだった。

「航空戦力が必要な時に、何十、何百機、護衛のために割く余裕があると言うのか。」

 当初、鷹型空母に搭載する97式艦攻12機でも多すぎる、仮装水上機母艦に水上戦闘機強風3機などとんでもないと言う意見が強かった。

 一戸作戦部長がそれに反論した。 

「物質が南方から入らなければ、そもそも航空機も、軍艦も作れませんし、動かせません。その物資を運ぶ輸送船を護衛するための戦力は必要不可欠です。」

「そのために、肝心の戦闘に負けてしまってはどうするのか!」

「だいたい、これだけの護衛艦を揃えて、敵の潜水艦にどれだけの輸送船が沈められている?」

 昭和18年末には、海防艦は100隻以上が就役し、護衛艦の総数は丁型駆逐艦等の軍艦、戦時標準船改装艦等300隻以上、その後も増加していたが、18年には米潜水艦によるだけで数十万トン、19年は100万トンを超えるペースで推移していた。

 一戸はしどろもどろになり、

「それは、優秀な電探を米潜水艦が装備しているためで。」

「こちらも事前に用意しておくべきであろう。電探も考えていなかったのか!」

「そもそも護衛をしようとすまいと損害は変わらなかったのではないか?かえって、護衛をつけたばかりにかっこうの目標となり、損害が増加したのではないか!」

 一戸は、核心を突かれたらしく、真っ赤になりながら声が出なかった。

「護衛艦の乗員達は、あのような役に立たない任務につく自分達を嘆いている。私のところに、分厚い本になるくらいの手紙がきている。」

「あの海防艦や丁型駆逐艦等は、そもそも軍艦に値しないと、造艦の神様、平賀さんが言っていたではないか!数合わせとセクト主義でどれだけの天皇陛下の赤子を殺してきたのか!」

 かなりの数の護衛艦が、潜水艦の餌食になっている。

 大量、短期建造のため、特に速力、次には他の性能を犠牲にして

かつ、ブロック建造、全面溶接の採用は、造艦の神様、平賀には我慢出来るものではなく、ことあるごとに、

「何時、軍艦を建造するのか?」

と詰め寄り、弟子達に協力させて、自分が言う護衛のための軍艦の設計を行った。一番艦が就役するには2年近くかかる、二番艦以降は早まるが、最後の艦で1年はかかるというものだった。性能は格段によかったが。勿論、溶接は一切使用しないこととなっていた。

「潜水艦を重視すると言いながら、全く潜水艦の運用を理解していない。マリアナ諸島に米機動部隊が来襲した時、全ての潜水艦を動員し、包囲殲滅を行うべきだったのに、それをしなかった。」

 代田が立ち上がった。

「各地に分散していた潜水艦を集結させるためには、水上を全速航行しなければなりません。それでは、敵の電探に補足され、航空機や駆逐艦等の攻撃の餌食になります。それに、呂500型潜水艦は、局地防衛用、長期間航行は無理でした。実際、急遽向かわせた潜水艦5隻は瞬く間に、連絡が途絶えましたし、以前呂500型にそのような任務を命じて、ほぼ同時に喰われてしまったではありませんか!」

と強弁した。

「そういうことを言っているのではない。前周囲同時攻撃を行わなかったことを言っているのだ。損害は中途半端なことをした結果であり、お前の責任ではないか。お前の無責任のために、どれだけの犠牲がでていると思っている!」

と怒鳴りつけられると、彼は頭を下にして、何も言えなくなった。

「潜水艦の乗員は、華々しい戦いに出られないと嘆いている。嘆願が多数、私のところに送られてきている。いつでも、その声を見せてやる。」

 彼は、そこまでいわれても、なおも抗弁しようとした。

「敵の輸送船を一隻沈めれば、米軍の反抗は、1時間遅くなります。だからこそ、輸送船1隻の撃沈も成果としているのです。それに、見敵必殺、遭遇すれば軍艦も攻撃することも奨励しています。」

「1時間遅れると言う根拠かわあるのか。」

 なんと彼はあきれ果てた言い訳をしだした。

「それは、例えばと言うことですよ。」

「そんな根拠のないことで作戦を考えるなど言語道断だ。やりやすい戦果で感状や昇進ができるのであれば、難敵を避けるようになる。そのことは調査してはっきりしている。実際、そういう楽な方法で手柄がたてられるから潜水艦勤務は辞められないなどと言っている始末だ。」

「魚雷艇は、何時までたってもろくなのが出来ないのに、貴重な航空機用発動機の生産を犠牲にしてまでこだわりながら、影響を与えない、大量に建造できる震洋より魚雷艇にこだわったセクト主義で、震洋の実戦化を邪魔している。震洋の大群による前周囲攻撃だ。」

「23ノットの低速艇の大群が何になりますか。現在、38ノットの魚雷艇の量産に入ったところです。航空機は重要ですが、魚雷艇も必要です。航空機用発動機の確保に影響が極力少なくなるようにしていますし、実際、必要とする数は、発動機生産のうちの極一部を占めるだけです。震洋100隻より、1隻の38ノットの高速魚雷艇の反復攻撃のほうが戦果を上げられます。

「1対100の根拠はなんだ?」

 その詰問に案の定答えはなかった。

「100隻の震洋が突入して奮戦すれば敵は混乱し、続けて100の突入には対応が出来ないから半分は攻撃に成功するだろう。最後の100隻はその統べてが攻撃に成功する。150隻の敵艦が撃沈破される、わずか一夜で、300人の勇者で。しかも、航空機の生産に影響を与えない。これに文句があるか。」

 この正論に、彼らはうなだれるばかりだった。

「震洋のエンジンは、陸戦隊の装備に影響しますよ。」

 なおも、負け惜しみを言う馬鹿者達がいた。

「海軍が陸軍の真似をして、陸戦兵器を生産してどうするのか。陸軍では、こんな玩具を作って海軍さんはどうするつもりだと笑っている。しかも、そんなものを作りすぎて、困った揚げ句、陸軍に引き取って貰ったそうではないか。サイパン島で米軍を追い落としたのは陸軍の突撃で、自慢の珍戦車は10台で、陸軍の戦車1台程度の戦力ということではないか。」

「絶対不敗の体制と言って、太平洋の島々を航空基地、要塞化して本当に勝算があるのか。ないであろう。それでこのような戦略方針を立てて、無責任極まるではないか。どう責任を取るのか。」

「ここまで、彼等のむさくるしさ、無能、無責任、保身ぶりをぐうの音も出ない程追求しました。まあ、奴らは反省するどころか、怒鳴り狂って、海軍幹部を前にして非礼にも、椅子を蹴飛ばして、部屋を出て行ったのです。かえって我等は、哀れに思い取りなしてやったのですが、彼等は恩を仇で返すように、卑怯な手段で裏から手を回して、我等を閑職に追い落としたのです。我等はもとより、どうなろうと構いませんが、彼等の誤った戦略がこのまま海軍で行われ、国が危機に陥ることが我慢出来ないのです。」

 野村は、そう言って彼等の主張を締めくくった。そして、期待と自信を持って東条の言葉を待った。

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