第2話東条の饒舌、山本の寡黙

昭和19年、暑い8月のある日

天皇は非公式に、東条英樹首相兼陸軍大臣と山本五十六軍令部総長を召した。気軽に、現況を聞きたいというものだった。インパール作戦は一応成功し、インパールを占領した。サイパン島に上陸した米海兵隊は海軍陸戦隊等の奮戦で死者3万を超える損害を出して撤退した。久しぶりの吉報ではあるが、今後のことを考えると、天皇は苦慮していた。東条も山本もそのことはよく分かっていた。ただ二人の対応は異なっていた。山本は容易ならざる状況と対策を説明しつつ、暗に今後の不安を示して、天皇がお知りになりたいことを明らかにしようとした。東条は、現在進めていることを大いに説明して、天皇の不安を解消させて差し上げようとした。その分彼はより饒舌になった。

「現下の状況で一番懸念されることは陸海軍の不和ですが、最近は特に協力関係は良好です。先日も、よく説明して理解させたところです。」

 突然彼は、7月のある日の”事件“を語りだした。それは、海軍の野村中将ら八人が海軍内部の重大事件を、ということで密かに訪問してきたのである。

 真面目で、原則にこだわりすぎる彼は、通常ではあれば応じないのであるが、最近海軍との関係が良好であること、久しぶりに明るくなる戦果が続いたことで、機嫌が良かったため応じたのである。

「海軍内部は、米国の手先同様な状況にあります。」

 野村は、座るのももどかしいように、開口一番容易ならぬことを言い出した、

 昭和16年12月8日の開戦以降、ミッドウェー海戦で米軍空母二隻を撃沈したものの、赤城以下4正規空母が大破。続くガダルカナル島攻防戦では、戦艦大和以下投入できる限りの戦略的を投入し、米新型戦艦3隻を葬り、一時的にではあるものの、米軍保有正規空母

をゼロに追い込んだものの、大和、扶桑、山城が大破など損害も大きく、制海権、制空権を、完全に確保出来ず、ラバウルに次々準備した陸軍部隊の出撃を断念することになった。その後は、ガダルカナル島、アッツ島、キスカ島撤退のために、持てる戦力を使うはめとなった。アッツ島、キスカ島救出作戦では、ガダルカナル島攻防から戻ったばかり連合艦隊主力を応急整備しただけで投入している。今だに、ガダルカナル島への来襲を危惧していた米国は予想外であり、迎撃に出撃した重巡洋艦2隻を中心とした艦隊は索敵で戦艦、空母を中心とする大艦隊であることに気が付いて、慌てて退却、報告したがなかなか信じてもらえなかった。そして、その事実を確認すると、これだけの艦隊を投入したのだからと、撤収を信ずることができず、艦砲射撃と爆撃の末、アッツ島に上陸、消えた日本軍の姿に怯え、島内を捜索中に同士討ちで何名かの死者すら出てしまった。そして、キスカ島でも再度同様なことを繰り返したのである。これは、偵察機や爆撃機が猛烈な対空砲火を浴びた、偵察のため周辺を航行していた艦艇が砲台から度々射撃を受けたとの報告をしていたからではあるのだが。日本軍側も、離れつつある艦上から、誰も居ないはずの島から砲撃音や光があった、病気等で無念のうちに死んだ戦友達が援護してくれている、戦っているに違いないと皆で言い合ったとも伝えられている。

 その後、1年以上にもわたり、連合艦隊は大々的な作戦行動をおこすことはなくなった。陸海空で、主に防戦とゲリラ的な攻撃、前線の後退、絶対的防衛圏の主要拠点の要塞化が進められ、昭和17年後半には海軍の艦艇建造は護衛艦艇が主力となっていた。それでも、18年度の輸送船の損失は、100万トン近くに達していた。

「全くといって計画性のない、行き当たりばったりの無能な戦略方針です。」

 野村は、声を荒げて熱弁を始めた。

 東条は、彼にしては珍しく、彼らの主張をじっと聞いたのだった。彼は、海軍との関係がこのところ極めて良好であったため、彼らの不満を聞いた上で、そうでないことを説明してやろうと考えていた。かつての面倒見のよい、連隊長時代の感覚が蘇っていた。

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