第17話 混沌の決戦
光来山神社、その境内で敬介はただ待っていた。
位置が絶妙に悪いこの神社、夏祭りの時期以外では夜に訪れるものはほぼ皆無である。しかし位置はよく知られているので、人を呼び出して待ち伏せするには最適な場所だった。
最も、敬介がここにいることは相手もよく知っているから、奇襲は仕掛けられないだろう。
本堂は不思議なことに、不自然なほど内側から明るく照らされていた。そのおかげで、街灯数本しかない境内も、人が行動するのに不自由しないぐらい明るかった。
敬介はそれが何の灯りであるかを知っている。これから来る相手も知っているはずだ。 彼は敬介を倒すことと、それを手に入れるために生まれてきたようなものだから。
「よし」
掛け声をかけて座っていた本殿から立ち上がると、敬介はストレッチを始めた。
常在戦場の気持ちなど、まだ敬介は持ち合わせていない。仮にそう言えるまで自分を鍛えても、準備をやめたり、ましてや見下すことはすまいと心している。そのほうがよく身体を動かせるのだから。
そうしてストレッチをしている最中に違和感を覚えた。何かはわからないが、何か起こったような気がする。
が、敬介にはそこで更に何かを感じ取ることはなかった。
彼にとって、もっと大切なことが始まったからだ。
神社へ向かう長い階段を、誰かが上がってくる気配がする。
階段を昇る速度、癖、何処かしら覚えのあるリズムを刻んでいる気配だった。
(まあ、そうだろうな)
それが、自分の階段の昇り方であると敬介は覚えていた。
あと十段ほどになって、階段を昇る音が急加速した。そして、空中へ飛んだ。
その姿を敬介は目で追っていた。彼と瓜二つの顔をした少年が空中から境内へ立ち入った。
ロトだった。
「よう」
長年の友人のように、敬介はロトに呼びかけた。
「何故階段で仕掛けなかった?」
「最後になるんだ、フェアに行きたいんだよ」
「甘いな」
真っ直ぐに敬介を見据えながらロトが言った。
「お前がピリピリしすぎなだけだ」
大きく肩を回しながら敬介が答えた。
ロトはその敬介の後ろにある本殿を見た。煌々と内側から照っている光を、ロトも見たことがあった。
「その中に、『炎』があったのか」
「埋めたんだよ、あの後、落ち着いてからな。なのに掘り返させやがって」
そう言って敬介は砂利を足先で蹴った。
「さあ、お前が欲しいもんはここに両方ある。この前の学校まではまだ生きてていればいいだろうって思ってたけど、これ以上他人に迷惑かけられねえからな」
そう言うと敬介は左半身を前に出して両手を前に構えた。
「来やがれ、兄弟」
ロトは直立不動で立っていた。身構えることもしていない。表情すらなかった。
そのまま、二人は対峙した。
先に動けば負けだと言うように、僅かな身動きすらしない。
「かぁっ!」
先に動いたのはロトだった。
無助走、無動作で信じがたいほどの跳躍をして、敬介を蹴りつけた。
叩き付ける右足には炎を纏っていた。
「てっ!」
敬介はそれを両腕でブロックした。片腕では受けきれない。
勢いに押されて敬介が数歩下がった。
着地したロトが勢いに任せて駆け寄る。
敬介は足元の砂利を思い切り跳ね上げた。
「ちっ!」
僅かに怯んだがロトの勢いは止まらない。右腕を思い切り振り落とした。
敬介は横に避けるとその手を取った。
同時にロトの体が前へ崩れた。
「しゃぁ!」
ロトの体を振り回すようにして転倒させた。
ロトが途中で体勢を支えると、敬介の蹴りが眼前に来ていた。
支えた体を意図的に崩してロトはそれを避けた。
そのまま地面を二転、三転して距離を取ると、一動作で跳ね起きた。
「ちぇ、そのまま転んでくれれば、マウントしてやったのによ」
ロトを追わずに一度距離を取って、敬介は挑発するように言った。
敬介の作戦は持久戦だった。
もともとロトは自分と比べても精神的に不安定で、押さえが利かないところがある。もっとも、その押さえの利かない攻撃性が彼に強力な力を与えてもいる。何度も拳を交え、その特徴を把握した上での結論が、相手の消耗を待つということだった。
それが有効だったのは、この前の学校で証明されている。敬介はある程度待ちに入って、有利に戦えていたのだった。有効だと思った瞬間にあの四人がぞろぞろ現れて色々台無しにはなったが。
ロトもまた距離を取って、迂闊には攻め込まない。
が、すぐに攻め手を思いついたのだろう。僅かに笑った気がした。
ロトが両腕を交差させるように前へ振りだした。
と同時に二本の火球が弧を描くように敬介へと襲い掛かった。
片方を自身の炎で叩き落とし、もう一方を避けながら駆け寄るロトへ炎を浴びせかける。
まともな光も少ない境内が、本殿の灯りと戦いの炎で、煌々と照らし出されていた。
「神社の辺りが明るい!」
「ここまで強い力は初めて見る!」
優華に向かってオキッドが見たままを伝えた。
マンションや家の合間から時折見える光来山は、傍から見てもおかしいほど神社の辺りが煌々と照らされていた。
あちこちからサイレンの音が聞こえてくる。
多分、現れたインカナが起こしたことの対処に警察や消防の人たちが追われているのだろう。
優華も、人をはねた様に変形して、しかし大破している車を何台か見ていた。
ざわめき、あちこちに出来た人の集まりを避けながら移動するのはなかなかに難しいことだった。
「町中を走るのは限界があるなあ」
優華はそうつぶやくと、人気のない路地に曲がった。
「どうするつもり?」
「ちょっと目立つかもしれないけど」
そう言って、優華は民家の塀に手をかけて、二メートル近いその上に飛び乗った。
そして塀の上を走って、今度は隣家の屋根に跳ね飛んだ。
そのままアクション映画のように、屋根の上を飛び跳ねて走り始めた。
「ちょっと、どころじゃないよね」
腰で揺れているオキッドが呆れたように言った。
「だね」
ぺろりと舌を出しながら優華が答えた。
何件かの家の屋根を飛び越え、優華は想定した着地点を見つけた。
大きく屋根を蹴って、高く飛んだ。
両足でしっかりと着地する。
そこは、光来山へ向かう一本道だった。
花見の季節には観光名所となるのだが、時期を外した今は周囲丸ごと静まり返っている。
「屋根の上を走っていたの、何人かには見られてるね」
「仕方ないよ」
苦笑いしながら優華は言った。
「神社まではあとひと息だね。ひょっとすると、先回りできたかも?」
そう言った矢先に、周囲を取り囲む何者かの気配を優華は感じた。
「だよね」
苦笑しながら優華は杖を構えた。
優華が屋根に上った場所へ、空太と智美ははそれからもうしばらくして着いた。
「ひっどいねこりゃ」
あちこちで人のたまりができ、時に何かがあったことを伺わせる跡を通過しながら智美がぼやいた。
「赤井はこれを知っていたのか?」
「ほい?」
「赤井は、今日光来山へは近づくなと言ってたんだ」
「へえ、そうなんだ。魔女のことを知っていたなら可能性はあるかな?」
「神社あたりで何かが起こるとは言ってたが、お前たちが何かするから、という素振りはなかったな。いや、あいつのクローンが何かやるということを言っていた」
「ほへえ」
判断に困ることを聞かされたように智美は感じた。儀式の中心点にはあるけれども導線にはない場所。そこで自分とは別の特殊能力者が何か起こると言っていたのは偶然なのか。
「うーん、ややこしいことになりそう。あいつらのことは、関係ないのか? でもインカナどもはそこに行ってるし」
こめかみに人差し指を当ててぐるぐるさせながら、ぶつぶつと智美がつぶやいた。考えをまとめたいが、何かが足りていないと智美は思っていた。
「……急ごう。実際にややこしくなりつつある」
急に、空太が空中のある一点を指差して言った。
「え?」
智美が指差されたほうを見ると、一瞬、空に涙滴型の何かが見えた。一週間ほど前に見た形だった。それは即座に夜空と同じ色となって消えたが、智美が目を一こすりすると、まだそこにいることが見て取れた。
「あいつらが出張る前に少なくとも現地へ着いたほうがいいな」
「うへぇ、めんどっちい」
智美は露骨にげんなりした表情だった。
「……わたしたちが行ったところで、収拾付くのかな、これ」
「知るか」
ひどく突き放した口調で空太が答えた。普段あまり見せることのない、苛立っているかのような態度だった。
智美はそのつっけんどんな答えにか、それとも今日起きていることに対してか、はあ、とため息を吐き出した。
「余計なことしなかったほうがよかったかなあ、いやでも、あれを見過ごすことは絶対に駄目だったし……」
「後悔は後でしろ」
「はーい」
しぶしぶ、といった表情を浮かべながら、智美は空太とともに光来山へまた走り出した。
ロトが渾身の一撃を横薙ぎで放った。
敬介がそれを大きく跳躍して避けたとき、周囲にロトのそれとは異なる気配を感じた。
「ぐぁっ!」
着地した瞬間に敬介は横合いから思い切り殴り飛ばされた。
持ち前の反射神経がかろうじて致命打を外した。骨格まで響くような強烈な打撃だった。
「何っ!」
それを目視したロトも、すぐ近くにそれがいることを知覚した。
「なめるな!」
気配へ向けてロトは回し蹴りを放った。
手応えあり。
蹴りそのものは相手に効いていないと感じたが、問題はなかった。
同時に、それが燃え上がったからだ。
インカナがたいまつのように炎上し、力なく地面に溶けた。
「やるな、お前」
殴られた左腕をさすり、いてて、と漏らしながら敬介が言った。すぐ近くで何かが燃えながら地面に溶けているのをロトは見た。
「ついでだし、一旦休戦しないか」
「何を言い出す!」
「仕方ないだろ、このままじゃな。周り見ろ」
「何?」
気が付けば、ピンク色の人型、いくつかは四足獣型の何かに周囲を囲まれている。
「こいつらはインカナって言うらしい」
質問される前に、敬介は優華から聞いた話を自分で理解した範囲で簡潔に伝えた。
「どうしてここにいるのかはわかんないけどな。でも、俺たちに友好的ってわけじゃないのは解るだろ?」
周囲に満ちる相手の数を見て、ロトが苦虫を噛み潰した表情になった。
「……逃げるなよ、この後で」
「わかってるって」
二人がそう言い交わしたとき、インカナ達は一斉に動き出した。
数体がまず二人に襲い掛かってくる。
向かってくる場所がわかれば、二人には対処は容易だった。単純な動きのそれをいなして吹き飛ばす。
しかし、彼らの数は多かった。
お互いに何かを確認したように見ると、多くが敬介とロトの周囲をとり囲み、残った数体が本堂へ向けて走っていく。
「しまった! 狙いはそっちか!?」
判断ミスをしたかと敬介は思った。自分を囲んだ数体を相手取るが、簡単にその輪は崩せそうになかった。
インカナが本堂に押し入ろうとする。
その時、空中から白い服を纏った人影が降りてきて
「はああっ!」
彼女は手に持った槍のようなものをひと振りして、本堂に押し入ろうとした数体を吹き飛ばした。
「どんだけいるの! あ、赤井くん」
「よ、よう」
降りてきたのは変身した優華だった。彼女はインカナの妨害をかいくぐって、一気に境内まで突入したのだった。降りた場所がたまたま本堂近くだったのは偶然だった。
「桜川、そこ守っててくれ。それ以外は俺たちがやる」
「了解っ!」
敬礼の真似事をして答えると、優華は杖を構えなおした。ちらりと、本堂の中を見る。
「これは……」
「あいつらはこれを狙っている」
優華にも、その灯りが持つ力を感じられた。オキッドはさらによく知っているのだと優華は思った。
「これを盗られたら?」
「きっと、今以上に彼らはこちらへ出てきやすくなる。そうなれば……」
「わかった」
あえてその先を続けなかったオキッドの言いたいことを察して、優華はそこで会話を打ち切った。
一歩も通さない、と思いながら杖に力を入れる。
が、目の前では敬介とロトがインカナを次々と片付けていた。
確かに、これまで出てきたものより今日出てきたインカナは弱く感じていたのだけれど、それにしても二人は強かった。
「赤井くんたち、強いね」
二人がアクション映画よろしくインカナを散らしていく様を見ながら優華が言った。ちょっと気が抜けている言い方だったが、警戒は解いていない。
その視界の先に、ふと、妙なことをしているインカナを発見した。
銃のような何かと、指輪のようなものを近づけている。
その二つが近づいた瞬間、世界がひび割れる感覚を受けた。
二つを合わせたものの周囲に、インカナがもう一度湧き始めた。
「うわっ」
数はさっきいるよりも多くなった。存在感、プレッシャーのようなものはこれまで戦ってきた相手よりさらに低いが、その数もまた比べ物にならないほど増えている。
「赤井くん、と、似ている人! ロトくん!」
優華が警告の声を発すると、敬介とロトが優華の視線、その先を見た。
「……なんだそりゃ、そんなんありかよ」
厳しい表情で敬介がぼやいた。
ロトは無言で構え直す。
「こりゃ、気合が必要だね」
優華がそういった時、ふと、境内に影が差した。
「ん?」
本堂の『炎』によってあまり明るさは変わらないが、月明かりが何かによって遮られた。
「だあああっ!?」
上を見上げた敬介が奇声を発した。
涙滴型をした二十メートルほどの何かが空中に浮かんでいた。
「うわー」
優華からも呆然とそんな言葉が漏れた。
そして、そこから何かが射出るのを認識した瞬間、三人ともすぐにそれから距離を取った。
射出されたものはミサイルだった。
「危なっ!」
「おい、そんなんありか!」
ミサイル数発が、インカナが集まったあたりに着弾する。
派手な爆発が、その群れを吹き飛ばしていく。
爆風と同時に撒き散らされた破片を炎で防いだり、杖で弾き飛ばして三人はなんとか避けた。
「おい! これはお前の差し金か!?」
「んなわけねえだろ!」
敬介はロトに上ずった声で答えた。
爆発の後、なぎ払うように光条が境内を切り刻み、その光線上にいたものを遠慮なく割っていった。
「おい! 危ないぞお前!」
敬介は聞こえるはずもない大声を、その物体に向けて張り上げた。
それに答えたように(実際はそんな訳はないが)物体の一角が開き、そこから複数人が飛び降りてきた。
見えない紐につながれた棒を握り締め、ゆっくりと彼らは境内に降下した。着地するなり、周囲に銃を構える。
その男たちの輪の中心に、今度は少女が一人降り立った。
「セレちゃん!」
降りてきた少女に気が付くと、優華はセレラーンに大きく手を振った。
が、セレラーンは優華を一瞥すると、少しだけ表情をゆがめるとすぐにインカナの群れへ向き直った。
<<すぐに終わらせて!>>
セレラーンが短く言うと、男たちと彼女はさっきインカナを生み出した指輪のところへ走り出した。
その一団の周囲に近づくものには物体から遠慮のない光線が浴びせられている。
インカナの一部はそれに耐えかねたのか、散っていく。
その中の幾分かが、再度本堂に向かって走り出した。
「うおっと!」
そのインカナを狙う光に危うく轢かれそうになりながら、敬介が本堂に迫る敵を倒していく。
急に優華の視界が真横に倒れた。
「ほえ?」
どういうわけか、優華は境内の砂利を敷いて横に寝ていた。
幼く聞こえる声が優華の耳に響いた。
「ごめんなさーい」
「隙だらけだったので、ちょっと魔術をかけさせていただきました」
こちらはきりりとした女子の声だった。智美がいれば、姉さんと呼ばれた魔女の声と気が付いただろう。小さい魔女も一緒にいた。
「これが、この地に隠されてきたものか」
本堂の中にある『炎』を見ながら「姉さん」が感心したように言った。
「ちょっと、あなたたち」
優華が転がった状態から起き上がりこぼしのように身体を起こしつつ言った。
それに微笑みながら「姉さん」が答えた。
「ああ、すまない。でも大丈夫、すぐ終わる」
「させるかぁ!」
別の叫び声が聞こえるなり、何かが本堂のほうへ飛んできた。
それは地面に当たるなり、爆発的に広がって周囲に何かを撒き散らした。濃い煙が本堂の周りを取り囲む。
「ごほっ、ごほっ」
煙をダイレクトに吸ってしまったのは優華だった。
魔女の二人は口元を押さえて煙から出てくる。
「森の」
「また物理力に頼って!」
鈴原という矮躯の魔女が、境内に現れた智美を非難した。
「あーさーぎーさーん!」
優華も口元を押さえながら、涙目で智美を非難するように見ている。この前のような激辛の煙ではないが、どの道人体に悪い影響しか及ぼしていない。
「ごめんねー」
気軽に、流すように智美が優華へ言った。
「……ハァ」
智美の後ろから空太が現れ、境内の惨状を見てため息をついた。愚痴のひとつも出てこない惨状であり、混沌だった。
いっそ係わり合いを一切避けるべきだったかとまで空太は思った。
しかし、来てしまったものは仕方ない。空太は智美に問いかけた。
「どうするんだ、これは」
「どうするってねえ……桜川さん横横!」
答える途中で声は警告に変わった。
「くっ!」
いつの間にすり抜けていたインカナの一撃を優華が受け止める。
「何やってんだお前ら!」
そしてずっとインカナをくい止め続けていた敬介からは罵声が飛んだ。
本堂の周囲にインカナが集まり、魔女たちもそこに近づいている。
「ふざけるな!」
その集団がいきなり燃え上がった。
「ちょ、ちょい、ちょぉ!」
「姉さん」も驚くほどの勢いだった。
ロトは怒りに任せて辺りを焼き払いかねないほど激昂している。
「そこをどけ女ども!」
「ロト!」
すさまじい勢いで突進するロトを慌てて敬介が留めた。
「くたばれ!」
ロトが腕を振り回す。もう一度、全周に炎が上がった。
「わっひゃあ!」
「落ち着け!」
「黙れ! もうこの場で全部片付けてやる!」
暴れ狂うロトが境内じゅうを炎に巻いていく。
魔女二人もどうにも手のうちようがないように見える。
「ああもう、間に合うかな!」
そう言うと智美は片膝立ちになって、地面に手を置いた。
「何をするんだ?」
「ちょっと黙ってて」
聞いて来た空太にそれだけ言うと、智美は目を閉じて地面の下にある力に自身の感覚を集中した。
「ん?」
やろうと思ったことがひどく簡単に出来たと智美は感じた。十分な準備が必要なはずなのに、ろくに準備していなかった思い付きが実行できそうだと感覚が告げている。
そこに違和感を覚えた。
「まあいいや、どうだっ!」
が、それ以上は気にせずに、智美は思い切りロープを引くような動作を取った。
智美の動作に合わせるように、神社の四隅にあった巨木が、本堂前、みながが密集する場所へ倒れてきた。
「よけろー!」
智美は警告になってない警告を今更のようにあげた。
敬介と優華は身を翻して避けた。
魔女はいつの間にかいなかった。
ロトは一本に潰されそうになったが、樹を炎で切り裂いた。
「あっぶないよ! 浅木さん!」
「ごめーん」
智美は軽い調子で謝罪の言葉を言った。
そこで、一本が倒れた状態からまた立ち上がった。
インカナ達がその下にいた。
倒れた巨木を全員で持ち上げている。いや、それを空中へ投げ飛ばした。
そして、怒りを感じる無表情の顔が、智美たちをしかと睨み付けている。
その時、空中で衝突音がした。
「あ」
智美がそこを見るのが一番早かった。
巨木が低空飛行していた飛行体にぶつかっていた。
飛行体は一見するだけで恐ろしい体勢となり、まだゆっくりとだが降下し始めた。
「げ」
ある意味、この混沌とした夜に最もふさわしい幕切れかも知れなかった。
飛行体はふらふらと落ちていき、事故映像のスローモーションのようにゆっくりと(多分に感覚的に)落ちた
本堂へ。
十数人乗りの飛行体という重量物に耐えられるはずもない本堂は、飛行体とともに木材、金属などが破断する不気味な音を響かせて崩壊した。
周囲に土煙が舞う。飛行体が爆発しなかったのは幸いだったろう。
その場にいる誰もが伏せ、あるいは構えた。
土煙の中を、ひときわ明るい光が飛んでいく。
それは白い炎を上げて燃えている球体だった。
『炎』。
もともとは敬介とロトが奪い合っていたが、なりゆきで皆が目的としていたもの。
それは綺麗な放物線を描いて、神社の入り口、県道からの階段へ飛んでいった。
「ちょ、ちょぉ!」
場違いなほどに慌てた女子の声がそこから聞こえた。
彼女は白く燃え盛る球体を両手で受け止めた。
「うわっちゃっちゃっちゃぁ!」
白く燃える炎の形をした球体を、彼女はどこか抜けている悲鳴と共に地面に落とした。
一番近くにいた智美は、そこにいる人影を見て、ぽかんとと口を開けてしまった。まさかという思いと、なんとなく理解できる思いが入り混じっている。
そこには白野透子がいた。彼女は地面に落ちた白い炎に照らされていた。
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