第11話 学校事件 ④
「まだだ!」
ロトが立ち上がり、ドアが破壊され間口が広くなってしまった教室へ向けて立ち上がった。その両手に炎を纏わせながら。
「もうやめろ、今のはしっかり入ったぞ」
教室から、ロトと同じ声が聞こえた。
「俺はお前を殺したくない」
「なら俺にやられろ! お前を倒せなければ俺は生きる意味がないんだ!」
そう叫ぶと、ロトは吹き飛ばされた教室に、怒りの篭った喚声を上げながら飛び込んだ。
机や椅子が蹴飛ばされる音、人の体同士がぶつかり合う音、それらが混然となって二人の人間が争っている気配を廊下に伝えている。入り口などから廊下に投影されるオレンジ色が、熱気になって透子たちのいる場所まで来ているようだった。
「……なんなの、これ?」
「なんなんだろうね?」
呆れかえったとしか言えない表情で当ても無く聞く智美に、優華が困った表情で可愛らしく返した。
「今の、赤井くんの声、だよね」
「……どうする?」
「あー、爆発の原因はあいつらだから、ほっておけばいいと思う」
引きつったような笑みを浮かべながら透子が言った。
「ああ、そうか! 白野さん、赤井くんとのことってこれか!」
そこで、智美が大声で言いながら納得がいったといいたげな表情になった。
「そっかそっかー、赤井くんもそうだったと」
「バカ、大声出すな!」
勝手に納得している智美に、手で黙っていろというゼスチャーを示して透子が言った。
実際、それは余計な言葉だったのかどうか。
次に廊下に現れたのは敬介だった。転がりはせず、大きく後ろに跳んで教室から出てきた。出てくるなり左右をさっと確認した。
そして四人のほうを見て、一瞬表情を強張らせた。透子にはそう見えた、
「どこを向いている!」
怒声が響くと同時に、廊下に向けて炎が矢のように飛び出してきた。
敬介はそれを左側に、透子たちがいるほうに向けてステップを踏んで回避した。廊下の壁に当たった炎が壁を抉り取り、防火材の壁に焦げ跡をつけている。
「大丈夫、赤井くん!?」
優華が敬介に向かって叫んだ。
「何やってるんだお前ら! さっさと逃げろって!」
敬介が後ろを振り返りながら叫び返した。
そして敬介が前に向きなおる。敬介が飛び出してきた教室からロトがゆっくりと出てきた。まず敬介を視界に入れたが、その向こう側にいた透子たちを彼は見咎めた。
「なんだそいつらは!」
ロトが叫んだ。
「クラスメイトだ。こいつらは関係ないから見逃せ」
構えを取りながら敬介が言った。
「いや、そういうわけにはいかなくなった。特にそこの女ども」
「へ、わたしら?」
智美がきょとんとして自分を指差した。
「……お前は違う」
ロトは妙なところで気勢を殺がれたことに不快げな表情を浮かべながら、透子と優華を見た。
「そこのメガネと長髪だ」
「私ですか!?」
今度は透子が驚いたような声を上げた。
「特にメガネ。お前は何故、赤井敬介のいるところに現れるんだ? 最初は自分と赤井敬介に深い関係はないと言っていただろう」
ロトの刺すような視線が透子に突き刺さる。その目には、いい加減なことは言わせないという強い意志があった。
「え、えーっと……」
その視線に気圧されて、透子は言葉に詰まった。
(偶然以外の何と言えばいいんだ!?)
思考が透子の頭の中で交錯するが、適切に切り抜けられそうな回答がてんで思いつかなかった。
透子と敬介は、ロトが事件を起こさなければ完全にただのクラスメイトだったし、今この場にいるのはあれこれの偶然が、それも普通では考えられないような偶然が重なった結果だ。
しかしそれを偶然だ、と話してロトが納得するかについて言えば、ほぼ間違いなく聞き入れないだろうということがわかる。ロトが求めているのは、透子が敬介にとって特別な何かであるという結論だからだ。ロトにとっては確定している推理の確認にすぎない。
「そいつらは関係ないだろう! 俺とお前の問題だろうが!」
「ああ、そうだ」
ロトは敬介を睨みつけながら、小さく答えた。
「だが、そうじゃないかもしれない。俺はまだ知らないことが多いみたいだからな」
そして、また後ろの四人に目を向ける。
「お前たちははなんなんだ」
(なんなんだと言われても)
透子は表情が引きつっていくのをこらえながらそう思った。どうすればいいのか全く考えられなかった。
「赤井くんのクラスメイトだよ」
「右に同じ……他のこと言えないんだけど」
一方で、透子よりは余裕があるのか、優華と智美が答えた。智美は手元に何かを持っていた。
「僕もだ」
空太も自然体で答えた。
そんな三人のほうを見ながら、透子は非常に困った表情になった。
「ああそうかい」
苛立ちを押さえきれない表情でロトが言った。
「もう一度聞くぞ。お前はなんなんだ」
明確に透子を見て、ロトが聞いた。真剣な目が真っ直ぐに透子を射抜いている。
そこで透子の思考は限界を超えてしまった。
はぁ、とため息をひとつ吐き出すと、
「私はただの人だよ」
と、小さな声で言った。落ち着き払ったような雰囲気だった。
そしてそんな雰囲気は一瞬で吹き飛んだ。
「ああ私はただの人だよ! あんたや赤井くんみたいに超能力は使えないし、なんとなりゃ私以外はみんな超能力者なんだよ! この場にいる全員!」
人が変わったように透子は一気にまくし立てた。
「なんだと?」
「ちょ、ちょい、白野さん!」
「し、白野さん、落ち着こう?」
智美と優華が慌てて透子を止めに入ったが、その二人を引き剥がすようにして更に透子はけたたましい声で話し続けた。
「魔女に操られて別の魔女を襲っちゃったら宇宙人が出てきてあーだこーだ言ってきたときに怪物に襲われて助けられたから今から逃げようとしたらそこにでてきたのがあんたらだ! それが今日起こったこと!」
ほとんどひと息で叫ぶように透子は言った。それは確かに今日起こったであって、そしてその叫び方は透子自身にも抑えられない感情の暴露だった。
「……なんだ、それは」
人が変わったようにまくしたてる透子に、ロトは逆に気圧されて、あるいは引いていた。話していることも、ロトにはまるで理解が及ばないことだった。
「あんたにさらわれた日の朝赤井くんにノート貸したのはただの偶然だしなんとなりゃその前に怪物に襲われてるんだ! その後も別の人間、宇宙人か? にはまたさらわれるしそれから逃げれば魔女の実験体だ! 一体私がなんなんだって、私が聞きたいよっ!」
透子は息継ぎもなく一気にそこまでまくし立て、そこで息を吸い込もうとして思いっきり咳き込んだ。
「えふぇっ! ごほっごほっけへっ」
「大丈夫!?」
あまりにひどい咳き込み方に優華が透子の背中をさすりながら聞いた。
返事をする余裕もなく、ぜえぜえと荒い息と咳き込みを繰り返してようやく透子は落ち着いたような表情になった。
その場にいた全員が唖然として透子を見ていた。
「私が知っていることは本当にそれだけなんだから!」
透子は両手で拳を握り締め、もう一度心の底から叫んだ。
「……その、なんだ、悪い」
毒気を抜かれたようにロトはそう言った。その場で高まっていたはずの戦意が、急速に萎れていくのを誰もが感じていた。
『動くな!』
そこに、急に英語で警告が飛んだ。
ロトの背中側、そこに数人の男が銃のようなものを持って並んでいた。
『お前ら、姫を何処にやった?』
先頭に立っている男が、長い長方形の板のようなものを突きつけて言った。
誰のことを言っているのかすぐに透子にはわかったけれど、肝心の人物の居場所については知らなかった。
「浅木さん、知ってる?」
「さあ? 白野さんがかけ上がって行ったのを見たまでは一緒だったけどね」
「何の話?」
「後で話す」
セレラーンのことを知らない優華が怪訝な表情で聞いてきたが、空太がそれを押さえた。
敬介は、新たに現れた相手のことをしっかりと見据えて警戒しながら、透子たちのほうへも気を張っていた。いつでも、四人を一度ぐらいは守れるような準備をしていた。
そしてロトに一瞬目を向けた。
笑っていた。
歯を食いしばり、限界まで口角を引き上げた、肉食獣もかくやというその顔を笑っていると表現していいのならば。
「誰だか知らねえけど」
両手を挙げながら、ゆっくりと
「俺にそんなもの向けていいと思うな!」
ふり返るなり、ロトが右手を斜めに振り落とした。
「なっ!」
突如空中に現れた炎が、男たちの眼前を掠めた。
男のうち一人が炎に巻かれ、床に転がった。
言葉は判らないが罵声と判る声を上げながら、男たちが構えたものをロトに向けた。
そう、それは銃だった。セレラーンの護衛が使っていた銃がピストルなら、それはライフルのようなものだった。
光条が発射され、廊下を走っていく。
「ちっ!」
ロトはその光を教室に飛び込んで避けた。
「うひゃあ!」
「危なっ!」
透子たちも伏せる、教室に飛び込む、避けるなどしてそれから避難する。
「なんなんだよ、あいつらは!」
「ごめん、説明はマジで後で!」
同じ教室に飛び込んだ敬介の質問を切り上げると、透子はこっそり廊下を覗いてみた。
ロトも反撃していたのか、男たちも物陰に潜んでいる。
即座に何かを向けられることを避けて、すぐに首をひっこめた。
「どうするよ?」
「どうしよう?」
誰に向けたわけでもない智美の独り言に優華が困った顔で答えた。
「……浅木、もう一度あのツタは出せるのか?」
「え? 出来るけど?」
「それをもう一度出す。そしてそれを燃やす。それでやつらから僕たちを見えなくして、あっちの階段から逃げ出す」
「ツタ?」
頭に疑問符をつけながら聞いて来た敬介を無視して智美が唸った。
「うー、燃やされる、かあ……」
そこまで言って、智美は何かに気が付いたような表情になった。
「ならもっといいもんあるよ」
「火種は?」
あえて言わずもがなのことを透子が聞いた。
「赤井くんが使えるんでしょ、火炎系の超能力者だから」
「どうしてそう思う」
「だって、ねえ。赤井くんと同じ顔の人間があんだけゴーゴー燃やしていて、それを赤井くんは不思議がってないんだからねえ。少なくとも何かの超能力みたいなのは使えるんでしょ」
敬介の言葉にそう答えながら、智美は小さな白い球体を二つ取り出した。そして誰のものか知らない机から紙を引っ張り出すと、さらさらと達筆で何事かを書き込んで、球体を包んだ。
「これ投げるから空中で燃やして。そうすると面白いことになるよ」
「そうしたら向こうの階段へ走る、だ」
「なあ、一体何が起こるんだ?」
もはや空中でそれを燃やせることが確定していることには突っ込まないが、一体二人が何を話しているのかは敬介にはわからなかった。
「いいからやって。さん、に、いちゼーロ」
と、敬介の疑問を無視する形でカウントダウンさせ、智美はそれを放り投げた。
はっとして、敬介はそれへ意識を集中させた、球体の放物線上に炎を生み出す。
それが炎と接触した瞬間、一気にそれが燃え上がった。
「はぁ!?」
「よし今だ!」
何が起こったのか疑問に思った敬介を強引に引っ張りながら空太が叫んだ。その声とともに、透子たちも全力で廊下へ飛び出し駆け抜けた
「なんだあれは!」
「魔法だって」
「魔術ですー」
智美が敬介には理解しがたい理由でふくれながら言う。
燃え広がった火はほとんど壁となって、ロトと男たちがいるところから透子たちを塞いでいた。
視界から彼らが見えなくなったことで、透子たちにも気持ちの余裕が出来た。階段に到達し、全員が無事であることを無言で確認しながら階段を降りていく。
「非常口開けちゃおう」
一階に着くなり透子がすぐそばに見えたそれを指差しながら言った。
「ああ」
そう言って空太がサムターンキーのカバーを割り、鍵を開けた。
そして、その扉が開かなかった。
ドアノブを何度も押し倒しては引き上げるが、ドアが開く気配が無かった。
「なんだ?」
その時、廊下の向こう側から絶叫が響いた。
何処に行って、何処から戻ってきたのか、セレラーンが必死の表情で何事かを叫びながら廊下を全力で疾走していた。道の魔女二人も同じく全力で走って逃げている。
その後ろを、ピンク色の物体が追いかけてきていた。
それも、かなりの数だった。
「でえぇ! 何でだ!」
透子は言うなり踵を返して階段へ避難し、物陰からそちらを見る。すでに智美が階段の踊り場まで避難していた。
「なんだありゃ?」
敬介が走ってくる四人とインカナを見ながら言った。
「本当にごめん、後でちゃんと説明するから」
敬介にそう言うと、優華は右手をかざして変身した。
「はああ!? なんだおい今の!」
「ここで止めるよ! みんなは外へ!」
変身する様を見て驚きの声を上げる敬介を尻目に、そっと非常口の扉を開けると、優華が廊下の真ん中に立った。
「いいから、邪魔になるだけ……いや、赤井くんは戦えるのかな?」
「頭を捻っている暇はないぞ」
そう透子に言って空太が非常口から出た。置いてくな、と言わんばかりに智美もそれに続いた。頭に疑問符を大量に浮かべながら敬介も出てきた。
「白野さん、オキッドを持ってて! 危なくなったら私を呼んでくれる!」
「わ、わかった!」
そして出て行こうとする透子に、優華がオキッドを渡した。
扉を閉めようとして、少しためらった。視線の先に、駆けている四人がいた。
「早く来い!」
奇声じみた悲鳴を発しながら走ってくる四人へそう叫んで、透子は思いっきり扉を開け放した。
先を争うようにして彼女らが非常口から駆け出てきた。
「ごめん頑張って桜川さん!」
そして透子は思い切り扉を閉じた。大立ち回りをしている音だけが聞こえるようになった。鍵はかけられないので、そのまま智美たちが逃げた方向へ透子も小走りで避難する。賭け出てきた四人も息も絶え絶えながら、よろよろと透子のあとについてきた。
扉から離れ、音まで聞こえなくなって、そこで彼女たちは地面にへたり込んだ。深く深く深呼吸したり、長く息を吐き出したりしている。
「やるじゃん、白野さん」
壁に背を預けた透子に、智美がにやにやしながら話しかけた。
「何が?」
「やさしいなあ。ひどい目に会わされた人もちゃんと助けてあげたんでしょ」
「あ」
智美が何を言わんとしたのか理解して、透子の頬が薄く赤く染まった。
「ま、まあ人として当然でしょ」
そっぽを向きながら透子が答えた。
「とりあえず学校の外には出れたな。おとなしく避難するか」
「桜川はどうするんだ」
「多分大丈夫だと思う」
「ええ、優華は無事です」
敬介の疑問に透子が答えて、それにオキッドが重ねて言った。が、オキッドについてはまだ透子も優華も彼らに話してなかったので、
「ん? 今の、誰がしゃべった?」
「私には、白野さんが持ってる人形から聞こえたような気が」
と、不審をその場にいる全員に持たせてしまった。
「いや、今はどうでもいいでしょ、さあ、早く避難場所へ……」
透子はまたぞろ詮索されそうなことをさっくり切り上げようとした。
ガラスが派手に割れる音がしたのはその時だった。
「うひゃ!」
その場にいた全員が慌てて校舎から離れた。
幸いにと言うべきか、透子たちがいる場所からは教室二つ分ほど離れた場所だった。割れたガラスが地面に散らばり、そこに少年が一人降り立った。
「どいつもこいつもふざけやがって!」
叫びながらロトは窓の割れた教室へ向けて炎を連続で投げつけた。
「ロト!」
敬介の叫びにロトは僅かに視線を彼に向けた。
「これもお前の差し金か何かか!」
「何がだ?」
聞きながら窓の割れた教室を見た。そこには、インカナの群れがまたいた。
「いや、違うぞ、ってか、なんだあれ」
敬介の答えに、ロトは憤懣を隠せない表情になった。
窓からは、インカナがまたも這い出てこようとしていた。
「何でだよ!?」
透子はもはや何度目かわからない疑問の叫びを上げた。
「オキッド! 桜川さんへ言って!」
「はい!」
透子がそうしている横で、セレラーンは絶望した表情でインカナ達を見ていた。
そこで、透子には解らない言葉が聞こえた。
上を見ると、そこには涙滴型をした銀色の物体が浮いていた。
そうそう言葉を発する気力もなくなってしまったのか、透子はそれをぽかんと間の抜けた表情で眺めていた。
物体の一部が開き、その開いたハッチから、白と黒からなる服装の女子と、しっかりとした体格の上等な服装の男が姿をあらわにしている。
白黒の少女が何かをセレラーンに向けて投げ渡した。ゆるやかな放物線を描いてセレラーンのすぐ近くに、棒状の何かが落ちた。それをセレラーンは両手でしっかりと握り締めた。
そしてそのまま、セレラーンは重力に逆らうように宙に浮いた。落とされた棒に、見えないロープが張られていて、それを引っ張り上げてているように見える。
今度は空太を見て言った。
『ソラタ! またここに……』
最後の言葉は、閉じるハッチと正体不明の駆動音によってかき消された。
「ずるい! 私たちも乗せてけ!」
智美がハッチを閉じたそれに向かって叫んだ。
「みんな!」
そこへ優華が駆け込んできた。インカナの姿を見るなり、鋭く駆け抜けて槍のような杖を振るう。
急に登場してインカナを追い散らす彼女を見たロトは、
「おい、なんだこれは! 一体何を起こしているんだお前は!」
と敬介に言い、
「俺に聞くな!」
と敬介は何故か彼にも這い寄って来るインカナを払い、蹴飛ばしながら答えた。
もう誰にも何がどうなっているのか理解できなくなりつつある。
そんな中で、近くにパトカーや消防車が来ていることを、サイレンが知らせてきた。
収拾のつかない混乱がこの場所を覆っている。
「いい加減にしろお前らーっ!」
その場にある全てのものに対して、透子は心から叫んだ。
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