第9話 学校事件 ②



「……なにこいつ? 新手の芸人? それともお前たちの仲間?」

 教室の入り口に立つセレラーンを見て、智美の第一声がそれだった。

 二人の少女は、無言で首を横に振った。本当によく解らないという表情だった。

『何をやってるのかわかりませんが、彼に近づけませんの。どいてくれます?』

 もう一度、セレラーンはそう言った。

「こいつ、何語言ってんの?」

「ゆずちゃん、この場を切り抜けたらお勉強ね」

 矮躯の少女が、とぼけたような長身の少女に対してそう言った。そしてそっとセレラーンに道を譲った。

「あ、おい。逃げるつもりかお前ら」

「心配しなくてもまだいますからご安心を。目的は果たされないといけませんしね」

 突っかかる智美に対して、矮躯の少女が答える。

「そうやってなんかこいつがやっている間に一度回復するつもりだろ、お前ら」

「別に卑怯でもなんでもないですね」

『外野がうるさい! だまりなさい!』

 教室に入ってきたはいいが、その横であれこれと話していた智美と二人に向かって、今度はヒステリックにセレラーンは叫んだ。

『ちょっとそこの』

 セレラーンはそういって透子のことを見、そしてそこで言葉に詰まった。

『あなた、お名前なんでしたっけ?』

『……シロノトウコです』

 そういえば、この前は名前すら聞かれなかったことを思い出した。

『この人たちは言葉も通じませんの?』

『英語ができない日本人は多いんです』

『この言葉は地球標準語だと聞いていましたけど』

『確かに一番使われていますけど、標準語が英語じゃない国も多いです』

 内心、なんでひどい目に会わされた人間に丁寧に解説しているのかという疑問は浮かんだが、透子はセレラーンに誠実に答えた。

 はああ、とセレラーンはひとつ大きなため息をついた。そして咳払いをひとつすると、気を取り直したように空太へ相対した。

『では改めて、ソラタ。あなたを連れ戻しにきました。今日は先日のような邪魔が入らないように、機を見計らっていたのですよ』

「何も学校の中に来る事はないだろうに……」

「学校の外は警察の人が結構巡回してたから、やりづらかったんじゃないの?」

「ああ、なるほどな」

 空太がため息とともに納得の声を上げる。

 セレラーンは空太が透子と話していたことに軽く眉を上げながら、小さな箱を後ろの男から受け取り、開けて中身を見せてきた。

『ええ、もちろん、これも無事ですよ』

『……それはよかった』

 そこにあったのは、指輪だった。

 すぐ閉じられたのだが、不思議な見た目の石が嵌っていた。

『それで、どうしますの? わたしと一緒に戻ってくれますの?』

『……この際だから言っておく。僕は、そんな世界を全く知らない。母さんから聞いているだけだ。そこに行って、何かいいことが起こると思えないんだ』

 空太とセレラーンが平行線の交渉をしている横で、いつの間にか近くに来ていた智美が透子に話しかけてきた。セレラーンを見ていた時には、変わった人間がいるな、ぐらいの表情だったが、形見の指輪、そこにはまっているものを見た時から、智美の表情は固くなっていた。

「あのさ、あの石って何?」

「さあ? 野々宮くんのお母さんの形見だって」

 違う惑星の王族だとか、そういった話はまだしないで透子はそれだけ答えた。

「野々宮くんの? 野々宮くんってもしかして魔術師?」

「は? なんで?」

 その唐突過ぎる質問に、透子は怪訝な顔をした。しかし、智美の表情はあくまで真剣だ。

「あれからは、今では珍しい力を感じる。魔術か、あるいは魔法か。とにかく、魔力を持っていることは間違いなさそう」

「え、えー……そう言われてもなあ……魔法使いっぽいことは野々宮くんしてなかったし、聞いたこともないけど」

 宇宙人だけど、という言葉が頭に浮かんだけれども、それは口に出さずにいた。

『そうだな、もっと根本的なことを聞いておけばよかったよ。どうして、僕を連れて行こうとするんだ?』

 透子と智美がそんなことを話している横で、空太がセレラーンに対して言った。

『それなら真正面から来ればよかっただろう。誘拐みたいなことをしないで言えばよかったし、嫌なら嫌ということで終わっているはずだ』

 セレラーンはその言葉を聴いて真剣な表情になった。

『そうできないなら理由があるはずだ。その理由次第なら、僕もいろいろと諦める。でも、理由が納得できないなら、抵抗ぐらいはさせてもらう』

 そう言って空太は構えた。何かの格闘技をやっている風ではないのに、堂に入っているように見えた。

 また大立ち回りをやらかすのかと思って、透子は空太に言った。

「野々宮くん、私たちがいること忘れないで。いや私は知ってるけどさ」

「いや、引けない。だから浅木さんや彼女たちに知られてもいい」

 空太はそう言って透子たちとセレラーンの間に立った。

「何言ってんの、野々宮くん? 白野さんは何を知ってるの?」

「うん、まあ、私が浅木さんのこと知っているぐらいには野々宮くんにも事情がね」

 透子はあいまいな愛想笑いを浮かべながら答えた。

『そこまでの覚悟ですのね、それなら、わたしも真実を話しますわ』

 セレラーンはそう言って、首元のネックレスを引き上げた。赤い華美な服の中から装飾を取り出す。その装飾に取り付けられた石は、空太の指輪と同じものに見えた。

『私の秘石に誓って』

『君も持ってたんだな』

『当然でしょう』

 そう答えながら、セレラーンは指輪とネックレスの装飾を触れ合わせた。

 音叉のような、透き通った音が響き渡った。

『今のはなんだ?』

『共鳴です。王族同士の合図であり、お互いを認証できる古代からのならわしです』

『そんな機能があったのか』

『これは古代から王族にしか許されなかったものですからね。同じものがなければこの共鳴が発動するはずもなかったですし』

 セレラーンが起きた現象をそう説明している横で、智美は小声でつぶやいていた。

「今のは強かったな」

「強い?」

「王族だのなんだのはわからないけど、あの音は魔術に近い」

「そうなの?」

 透子の疑問に答えながら、智美はちらちらと二つの秘石と呼ばれているものに目線を向けていた。それが何であるのかを知りたい、純粋な興味を持っている目だった。

 そのセレラーンは智美の目線を気にかけることなく、空太に対して

『これで、貴方が王族であるということを、私は認証したと言うことになりますの』

『そうなのか』

『そうなれば、これはお互いに真実を話せる場になりますのよ』

 セレラーンはそこで言葉を切り、腰に手を当て、胸を張った。

『それではまず……』

 セレラーンがそこまで口にした瞬間、それは起こった。

 教室の床、セレラーンがいるちょうど真横から、染み出るようにピンク色の何かが這い出てきた。周囲を小動物のように見回していた透子がそれに気付いた。

「うぇ!」

 それは次第に形を整え、人型となっていく。

「逃げて逃げて!」

『はぁ?』

 急に大声を上げ、手を思いっきりバタつかせた透子をセレラーンが奇異の目で見つめた。

 一方、声によって注意を周囲に払った空太がそれに気付いた。その化け物は手を上げて、まさにその手をセレラーンに振り下ろそうとしていた。その時空太の体が動いていた。

「危ない!」

 誘拐犯にして窃盗犯であるはずのセレラーンを無理やり押し倒して、空太は化け物の手から彼女を助けていた。

 たちまち空太に三人の男が組み付き、彼をセレラーンから引き剥がした。

『痛! あなた急に一体何を……』

 そこまで言ったときに、セレラーンはピンク色の人型、その得体の知れない何かを見てしまった。それは彼女を見て笑ったようにセレラーンには見えた。

 それを見たのはセレラーンだけではなかった。セレラーンの護衛たちも、智美も、魔女と自称した二人も、しっかりとそれの姿を見てしまった。

「……ひいあああああぁぁぁぁぁぁ!」

 甲高い悲鳴をセレラーンが上げた。

「ちょ、ちょ、何あれ!」

「知らない知らない!」

 二人の魔女はお互いに肩を寄せ合った。

「し、白野さん、これが野々宮くんの秘密!?」

「違うんだけどこいつはやばいんだよ!」

 後ずさりしながら透子が叫ぶように答えた。

 一方、セレラーンの護衛たちは彼女たちより的確に動いた。すぐにそれとセレラーンの間に立ち、身構えた。うち二人は懐に手を伸ばし、何かを取り出そうとしていた。

 それは護衛たちをせせら笑うような仕草をし、そして、その物体、インカナはその右腕を大きく振るった。

 人の二倍ほどにまで延びた手が、男数人を軽く吹き飛ばした。

「ひゃ!」

「ひえっ!」

 でたらめに吹き飛んだ男たちは魔女たちや透子たちの周囲に散らばって壁や机に叩きつけられ、動くことが出来なくなった。

 銃を取り出した二人は迷い無くそれを構えトリガーを引いた。

 ロケット花火のような銃声ではなく、高温が大気を割く音が響き、光条がインカナに『着弾』した。

 それは確かにインカナの体に当たっていた。しかし、効果があったのか判然としない。

 インカナが動き出した。

 今の光線銃の攻撃は、ほとんど効果がないようだった。

 インカナの顔のない顔が悪意に歪むのを、その場にいた誰もが幻視した。

 銃を撃った二人を一薙ぎして吹き飛ばすと、それは一歩一歩ゆっくりとセレラーンに近づいた。

(嘘でしょう!)

 その様を見て、透子は自分が恐ろしく楽観的な想像をしていたことを知った。長時間触れられなければ安全とか、何かをすれば安全じゃないかとか、そんなことをインカナ相手に勝手に想像していた。

 実際には、腕を振るって当てるだけで、大の男をまとめて行動不能にしてしまった。

 想像の必要ない、圧倒的な力。

 あの日図書室で感じた恐怖は、しっかりとした理由があったのだ。振るわれたら助かる術はない、圧倒的な力に恐怖していたのだ。

「……なに、あれ?」

 魔法とか、そういったことは見慣れているはずの智美も、十日ほどまえの透子と同じ言葉をかろうじて口の端からつぶやくしかできなかった。

 インカナが煽るようにセレラーンの前に立ち、その腕を伸ばした。

 目を逸らすことも出来ず、セレラーンはその腕が首元に伸びていくのを呆けたように見ていた。

「……この!」

 その伸びた手に、気合と共に空太が躍りかかった。

 インカナとの間に体を割り込ませると同時に、セレラーンを思い切り突き飛ばす。腰を抜かしていたセレラーンは床に転がる羽目になった。

 インカナは空太を次の目標として相対し、その腕を振り下ろした。

 それをかろうじて避け、空太は手近にあった机を片手で振り回し、思い切りそれにぶち当てた。机が衝撃で分解した。

 そして、インカナは何事もないように立っていた。

「っ!」

 言葉にならない声を上げて空太は後ろに跳んだ。その目前を、インカナの手が通過した。

 渾身の一撃が効いていないことで、空太は次のことを考えていた。

 なんとか全員で逃げられれば。

『ソラタ!』

 急にセレラーンが大声で叫んだ。

『これを!』

 そう言って、大きな懐中電灯のようなものを彼女は空太に投げて渡した。

 今度は振り上げられたインカナの手をかわして、空太はそれを手に取った。

 見れば見るほど不自然に大きい懐中電灯に見えるそれのスイッチを空太は入れた。

 その先端から、光が延びた。

 六十センチほどの使いやすそうなエネルギーの刀身が生成された。

「なるほど」

 空太はそれを見て苦笑いした。

「え、えええ!?」

 その光景を見て、智美が驚きの声を上げた。

「ちょっとちょっと! どうなってんのこれ!? 野々宮くん!?」

「すまない、後で話す!」

 落ち付いた彼の普段の印象からは想像できない早口で空太は智美に答えた。智美に振り返ることもなく、空太は正眼にその光の剣、とある映画によってよく知られた表現だとフォースソードを構えている。

「今度こそ野々宮くんの秘密? 白野さん?」

「ま、まあ」

 その代わりに、すさまじい剣幕で肩を鷲づかみした智美に対して透子が縦に一回頷いた。

「どうなってんのよ……」

 ゆっくり手を話しながら、智美がつぶやいた。インカナもだが、空太の使っているものも、彼女の常識からまた離れていたものだった。透子から見ると同類なのではあるけれど。

 透子と智美の騒ぎを気にすることなく、インカナが空太に近づいた。攻撃範囲などというものを気にしていない動きだった。

 大振りの一撃をよけて、空太は構えた剣を横薙ぎにした。

 思い切り振りぬこうとするが、インカナの身体を切ることはできない。

 しかし、ぎじぎじ、という削り取るような音が聞こえる。気がする。

「野々宮君避けて!」

 透子が急に叫んだ。

 空太がはっと視点を移すと、表情のないはずの顔に怒りを滲ませたインカナが大きく手を振りかぶっていた。

 屈強な男をも一撃で戦闘不能にするインカナの一撃が、空太に直撃した。

「ぐっ!」

 強烈な衝撃を予想していた空太に来たのは、しかし思いのほか軽い衝撃だった。

「なんだ!?」

 見ると、空太の体に、ツタのようなものが絡み付いていた。複雑に織り込まれたツタの群れが、インカナの一撃を押し留めていたのだった。

 空太の視界の端に、指に複雑な軌跡を描かせながら何かをつぶやいている智美が見えた。

 困惑したような動きをしたインカナから離れるように、空太は大きく後ろに跳んだ。

 そこで、腰砕けになっていたセレラーンが机を支えにしながらも、立ち上がった。自分の持っているはずのものを探し、そして手に取る。

『ソラタ!』

 セレラーンが大声で叫ぶ。

『これを付けられる場所があるはずです! 付けなさい!』

 そう叫んで空太の指輪を彼に投げ返すと、よたつきながらセレラーンは教室の出口へ走り出した。それも意図的に大きな音を立てながら。

 一瞬、インカナがセレラーンを目で追ったようだった。

 その隙に、空太は放られた指輪を手に取った。

 付けるといっても、どこに?

 柄に握りづらい所がある。

 直感的にそこだと空太は思った。柄の握りづらい場所、右中指のあたりに指輪をはめ込んだ。

 インカナはセレラーンを追うか、空太を狙うかで一瞬迷いを見せたようだった。

 先手を取って、空太が正面から斬りかかった。

 インカナがそれを受け止めようと左手を振り上げた。

 エネルギーの刃とインカナの手が交錯する。

 先ほどは体で止まっていた刃が、その手を切り落とした。

 思い切り振り下ろした勢いそのままにエネルギーの刃は床に落ちて、蒸発音とともに切り目を入れた。

『避けて、ソラタ!』

 セレラーンの声が響いた。空太は咄嗟に、攻撃を避けられそうなほう、切り落とした腕の側の脇を転がるように走り抜けた。

 声のしたほうを見ると、おぼつかない手取りだったが、何かを銃に取り付けている彼女の姿があった。そのまま、セレラーンは真っ直ぐに銃をインカナに向けた。銃を構える動作は意外なほど滑らかで、訓練されていることを感じさせていた。

 透子たちには理解できないが、恐らく品がない罵声と思われる大声を発しながらセレラーンは引き金を引いた。

 銃から発せられた光条はさっき男たちが使った銃より鋭くインカナを貫いた。

 突き抜けた光は壁を焼き焦がし、インカナの体を抜けたところに大穴を開けていた。

 インカナはそれを見て、不思議がるような仕草を見せた。信じられない、という表情をしているように、皆には見えた。

 その呆けたようなインカナに、よろめきながら空太がその首目掛けてエネルギー刃を振りぬいた。

「はあっ!」

 気合とともに右肩から入った刃は、やや斜めに振り上げられながら首の左から抵抗無く抜けていった。 

 ストップモーションのごとく、首が音も無く、ゆっくりと地面に落ちた。それと同時に、大穴の開いた体が色を失い、地面に溶けていった。

 透子も、智美も、セレラーンも、二人の魔女も、その様を声も無く見届けた。

「……ふうあぁぁぁ……」

 透子が安堵した表情で長いため息を吐き出した。

「やった……のか?」

「うん、やったやった! 間違いない!」

 空太の疑問に喜色もあらわに透子が答えた。

 エネルギーの刃が消え、空太も柄を持ったまま大きく一つため息を吐き出した。

「よかった」

 ふらつく体を、机に手をかけて支えながら空太が呟いた。

 それが合図だったように、その場にいた全員が安堵の息を吐き出していた。セレラーンは構えた銃を抱きしめるようにしながら、可愛らしく床にへたり込んだ。二人の魔女は恐る恐る立ち上がり、智美は手近にあった椅子を引いて腰掛けた。

「で、さ、一体あれはなんだったわけ?」

 智美は詰問するような口調で透子に問いかけた。それに答えようとしたところで、

『そこのあなた! アレは一体なんなんですの!?』

 と、今度はセレラーンが大声で透子を指差しながらがなりたてた。

「白野、あれはなんだったんだ。それと浅木は一体何をやったんだ?」

 それと空太が問いかけてきたのも同時だった。

 透子はいにしえの聖人ではない。いくつもの話を同時に聞き届けることはできなかった。

「シャラップ!」

 完全なカタカナ英語で、透子が三人の誰にも負けないような大声で叫んだ。

「説明するから落ち着けお前ら!」

 透子は大きく身振りをしてそう言った。



「マジで、あいや、本気で言ってんの、言ってるのかな、そのこと。野々宮くん?」

「……丁寧なように言い直さなくてもいいぞ、浅木」

「そう?」

「ああ。大体、本気で言っていると言いたいのは僕のほうだ」

 空太と智美がとりとめなく言い合っていた。

 うめき声を上げて行動不能となっているセレラーンの護衛を教室後ろに横並べにして、透子、智美、空太、セレラーン、そして二人の魔女が輪になるように席に座っていた。そして、各人の自己紹介と、今起きたことの説明をしていたのだった。

「で、どうなのさ白野さん。野々宮くん宇宙人って本当なの?」

 智美は透子を流し見しながら聞いた。

「聞いた話とこれ見ると、納得はできると思わない? 宇宙船を見たわけじゃないから、確言はできないと思うけど」

 護衛が持っていた銃、光線を発射したそれを指で指し示しながら透子が答えた。

「うーん、確かにこれは魔術ではなさそうだけどなあ。宇宙人ねえ」

「魔女とどっちが信憑性が高いかは甲乙付け難くないかな。私はどっちも信じてなかったし、やられたことを思い出すとそんな出会いはしたくなかったけどね」

 皮肉な口調で口角を苦々しげに歪めながら透子が言った。その透子に今度は空太が声を掛けた。

「浅木のことは?」

「本物だよ。あそこらへんに住んでいる森の魔女」

 透子は学校の裏手に見える森を指差しながら言った。

「考えるだけで実にひどい目に会ったよ。頭痛で倒れた日あったでしょ、その前の日にね、ちょーっと色々あってね」

「さて、何のことやら」

「とぼけるな、人の一日を頭痛で潰しておいて」

 睨めつけるような視線を透子は智美に送ったが、智美は気にしていない様子だった。

「ついでに言うとこの人から逃げ出したとき、山の中でやたら歩いたのもこいつのせいだからね。あそこ、ゲームとかでよく言ってる迷いの森みたいになってるんだってさ」

 この人、でセレラーンを、こいつでは智美を指差して透子は言った。

「ゲームね」

 空太は眉間にしわを寄せ、不審の目で二人を見ている。それも気にすることなく、智美はばっさり言い放った。

「ひとんちの敷地に勝手に踏み入るやつが悪い」

「看板でも立ててればいいだろうに」

「そういう直接的な排除よりは自然にお帰り頂く方が誰も傷付かないと思うけど」

「普通にお帰りしたほうがいいだろうに。ヘンな噂が立つ名所になるよ」

 透子は口を尖らせてそう言った。

「で、こいつらは何者なんだ」

「あ、それは私も聞きたい」

「手短に話すと敵だね」

「そう、森と道は対立する運命なのです」

 矮躯の少女が胸を張って答えた。

「暗き知識の森を道によって明かす。それが我らのかねてよりの対立」

 長身の少女が、その言葉を芝居がかった言葉で引き継いだ。

「その芝居掛かった台詞はなんなんだ、鈴井に柚原。約束事か」

「あ、本名はやめてください」

 矮躯の少女、鈴井かなめが人差し指一本を立てて空太に言った。

「魔女は魔女の名で呼ばないと力が落ちてしまうのです」

「注文多いな」

「それだと簡単に弱体化できそうだね」

 妙に可愛らしく言ったもう一方の少女、柚原の言葉に、透子はそう感想を入れた。

『ところで、いつまでわたしはほっとかれるのです?』

 イライラした声で、それまで腕組みをしてただ座っていたセレラーンが英語で言った。

『そっちのお話は終わりましたの?』

『まあ、一応』

 透子の回答を聞くと、セレラーンがようやくといった表情になった。

『それでは、ようやくソラタとお話ができますわね』

『どうしても今しなければならないことか?』

『当然。この中までは治安機構の人間が入ってこないようなので、ここで決断してもらうと決めていたのです』

しっかりと空太を見据えてセレラーンが言った。

『ではまず、フェレノルの政治のお話からさせていただきますけれど……』

 セレラーンがそこまで言ったときだった。

 すさまじい爆発音とともに、向かいの校舎に太陽の色とは違う赤色が映し出された。

「えっ!?」

「何だ!?」

「もー、今度は何なのー!?」

 智美、空太、柚原が同時に驚いた声を上げた。

 その中で、透子は奇妙に落ち着いた動作で窓際まで歩いていった。

 この爆発を起こした主体に心当たりがあったからだった。

(まさかじゃなくて多分なんだよな)

 内心でそう思いながら、目立たないようにこっそりと窓の外を覗いた。

 中庭で、一人の男子生徒と、それと同じぐらいの背丈をした白髪の少年が相対していた。近くにあった木の一本が、たいまつのように燃えている。

(ホント、なんなんだよ今日は)

 透子は窓の影に頭を下ろしつつ、その頭を両手で抱えた。

 赤井敬介とロト。そこにいたのは、透子の予想通りの二人だった。

(まあ、今日はまだこっちに気付いてなさそうだからやり過ごそう)

 そう思って、どこかで爆発が起きたみたいだから逃げよう、とまっとうな一言を発そうとした時だった。

 ずかずかと窓際まで大股で歩いてきたセレラーンが、窓を思い切り開け放して叫んだ。

『一度ならず二度までも! 出てきなさい愚か者!』

「ちょ、ちょい! セレさん!」

 いきなりのことだったので、通じないと頭で理解していても透子は日本語で静止した。

 セレラーンの叫び声を聞いた白髪の少年が透子たちのいる教室を見た。

「仲間か!」

 そう叫ぶと同時に白髪の男が教室に向けて腕を振るった。

「でえ!」

 それを認識すると同時に透子はセレラーンを思いっきり引き倒しながら窓から離れた。思い切りが好すぎて勢い余り、二人はそろって尻餅をついた。

 それと同時に、窓の外に火の帯が走った。

 不明言語で罵声を上げたとしたセレラーンが、それを見て途中で言葉を止めた。

 炎の帯を見た教室内の他メンバー達も唖然とそれを見ている。

 そして、空中に走った炎が現れた時から、学校全体が喧騒に包まれ始めていた。

「爆発だ!」

「爆弾じゃないの!?」

「校舎が燃えてる!」

 そんな単語が遠くから聞こえてくる。

 六人もそれぞれ、お互いに顔を見合わせながらこれからどうするべきかの答えを求めていた。その視線が、ある瞬間に透子だけに注がれた。

『ちょっとどうするんですの!?』

 平静を装ったができなかった早口でセレラーンが透子に聞いた。

「コレ何!? どうすんの白野さん!」

 智美も透子の両肩を持って揺すってきた。その後ろでは二人の魔女が不安げにその様を見ていた。

「知るかそんな事!」

 透子がそう叫んだときと、何かが窓から飛び込んできたのが同時だった。

 ドン、という爆発音とともに、教室の天井に着弾した火球が弾けた。

「うひゃあああああああ!」

 誰の声かはわからないが、その悲鳴が合図であったかのように、六人はばらばらに、思い思いの悲鳴を上げながら教室のドアに向かって走り出した。

「おい、危ない!」

 かろうじて冷静さを留めていた空太が静止するが、パニックに陥った人間には強い言葉しか届かない。彼女たちを留めるには、空太の言葉は弱かった。

 すでに同じ階には誰もいなかったようだったが、同じようにパニックを起こした生徒たちの声が遠くからも響いている。

 空太もパニックへ向けて浮つく心を感じながら、透子たちの後を追った。

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