第7話 強風警報



 放課後。午後四時半。西の空が茜色に照らされている時間。

 透子は図書室にいた。特に何をするでもなく、適当な本を一冊机の上に開き、頬杖をついて窓の外をじっと見ているだけである。倦怠という単語をそのまま形にしたようなたたずまいだった。

 今日はまだ数名の生徒が図書室内に残っている。彼らは調べ物をしたり、何かを書き写したりしている。その気配は透子にもしっかり感じ取れている。また、見下ろせる位置に体育館があり、そこからバスケットボール部の掛け声が聞こえてきている。友達のちぐも、今そこで練習を行っているはずだった。

(ちょうど今で、あの日から一週間経ったのか)

 透子は時計を見ながら、ぼんやりとそんなことを思った。一週間前のちょうど今、インカナという謎の物体に遭遇した。それからの三日間はさながらジェットコースターのような出来事の連続だった。わずかそれだけの時間に、様々な出来事が詰め込まれていた気がする。一般人はまず体験することがなさそうな事を四つも経験してしまった。しかも、事態はまだ動いているらしい。

 出来れば巻き込まれたくないが、その出来事すべてに、きっちりとクラスメイトが関わっているとなると、完全に無視することもできない。そもそも、四件ともに透子は誰かとは言えないぐらいには事情を知ってしまっていた。

(危ないことにならなきゃ別にいいんだけどなあ)

 そう思うと、深いため息が自然と口から吐かれる。危険というなら、透子が実害を蒙った森の魔女はまだレベルが低いほうで、世界を変化させる謎の物体やら、手から炎を噴き出す超能力者の男やら、いきなり実力行使することを厭わない宇宙人などなど。それに立ち向かうは変身ヒロインと能力者男のライバル。もう一人の宇宙人は星の王子様。透子の周囲に危ない連中は事欠いていないのだった。

「白野さん」

「あ、桜川さん」

 その連中の一人、変身ヒロイン、桜川優香がいつの間にか透子の隣にいた。ゆったりと優華は隣の席に腰掛ける。

「マンガ研究会の部室にいなかったから、探したよ」

「マンガ研究会は週二日活動。ちぐがバスケ部休みの日だけだから」

「三枝さんかあ。彼女、バスケ部のエースだから大変だね。かけもちしてると」

「ちぐは研究会の部員でもないんだけどね」

「え、そうなの? いつも一緒にいるし、研究会の部屋にも普通に入っていたからそうだと思ってたよ」

 意外そうな優華の声に、倦怠感溢れていた透子の表情が変わった。こっそりと悪いことをして、それを仲間と共有したときにこんな表情をするだろう、小さな笑みを浮かべた

「もともと、去年の先輩が最後まで部室を使えるように、って頼まれてみっちと私が入ったんだ。そのころにはちぐはもうバスケ部だったからね。仲良くなったのはその後なんだ。で、仲良くなってから放課後集まるのに都合が良いからずっとみんなであそこ使ってる。三年の先輩がいなくなって部員二名の今でもね」

「へえ、あの部屋と研究会にそんな裏話があったんだ」

「本当は二人しかいないから部でもないし、だから部室は返さなきゃいけないはずなんだけど、誰も何も言ってこないからそのまま私たちが使わせてもらってるんだ」

 透子は終始悪い笑みを浮かべながら、所属する研究会とやらの内情を赤裸々に語った。優華はそれを興味深く聞いていた。

「よかった。白野さん元気そう。さっきまで、とてもアンニュイだったから」

「今もそうなんだけどね」

 遠い目をして透子は答えた。最も、その目は眼鏡できっちり隠されていたが。

「で、またあいつら出てきたのかな?」

 透子が優華に聞いた。優華のこれまでの行動パターンだと、インカナが出てきた時に透子のところに来ていた。

「うん、ついさっき倒した。昨日の今日で現れるなんて、初めて」

「それは大変だね……」

「うん、でもまだ大丈夫。それよりも、白野さんも危ないかも知れないから気を付けて」

「その時は頼りにしているよ。もう狙われる理由が私にはない気もするけどね」

 もう一度窓の外を眺めながら透子は答えた。一週間前と変わらない、茜色の空がそこにある。

「ところで、足はもう大丈夫なのかな? 今日は普通に歩いているように見えたけど」

「まだ少し痛いんだけどね。地面に転がりまわるほどじゃなくなったよ」

 右足をぷらぷらさせながら透子は答えた。

「そっか」

「あとは野々宮くんの犯人が捕まればいいんだけどなあ」

「ああ、そうだね」

 優華が相槌を打つ。透子は、自分が口に出したことで、数日前の出来事を思い出していた。


 折角の休日は、現場検証の立会いによって潰れることになった。

 透子の父親によって警察に行った四人は、ひとまず自分が話せることを話した。現場に何人かが向かったが、これから夜になるので現場検証は明日改めてといういうことになったのだった。

 透子は山道を登っていくパトカーの窓から、代わり映えのしない森を眺めていた。途中、上ってくる道からは見えず、ふり帰ると妙に解りやすい分岐を見つけた。しかも、昨日透子たちが迷い込んだ側のほうが一見大きく見える。

(間違ったわけだよ)

 盛大なため息を一つついた。二回とも、透子は周囲の風景を見ることなく倉庫までつれられたわけで、気が付かなかったのは仕方ないかもしれないが、知っていればと思うことしきりだった。

 パトカーの後部座席には、透子ともう一人、野々宮空太が座っていた。

 さっきまでは誘拐された場所にいた。そこの現場検証が終わった後で、倉庫へ向かっている。なお、透子が気絶させられた手段は、特殊なスタンガンということにしておいた。

 空太は無言で座っていた。何を考えているのか表情から察することはできない。ただ、少し落ち着きがないように思えた。

 現場に到着すると、すでに現場検証を行っている警官が何人かいた。

“何か燃やした後みたいですね。すすだらけだ”“あの男子が派手に燃やしたって話、嘘じゃないみたいだな。山火事にならんでよかった。今度会ったら注意せんとな”そんな会話が聞こえてきた。

(一昨日の戦闘については言わないほうがいいんだろうな)

 透子はそう思った。

 現場検証と言っても、大したことは要求されなかった。事件が起きたときの位置関係と時系列をおおまかにまとめただけだ。人相までは判明したから、後は何かあったときに連絡を欲しい、警察と直接つながるブザーを渡す、できるだけ一人は避けて、戸締りをしっかりしろと、その場で一番偉く見える刑事が二人に、特に空太に言った。

「一応、家族と相談してみます」

 それについて空太はそう答えた。

 警察の人たちは透子たちからやや距離を置き、現場の調査を再開した。倉庫の入口近くで、透子と空太はその様子を漫然と見ていた。

「ところでさ、野々宮くんは家族にこのこと言った?」

 聞こうとした透子の言葉を遮って空太が答えた。

「母さんは七年前に死んだ」

 あ、と小さな声を上げて、透子は慌てて両手で口を押さえた。すぐに、申し訳ないという意思を表す合唱をして空太に謝った。

「……ごめん」

「いいんだ」

「でもさ、それだと家で一人なこと多くないかな?」

「母子家庭だったけど、大家さんが親切な人だったから、保護者になってくれている。だから大丈夫だ」

 空太は努めて平静にそう言った。

 気まずさを隠すために、透子は話題を少し変えた。

「そっか。ところでさ、宇宙ってどんな感じなの? 宇宙船ってあるのかな?」

「残念ながら記憶も記録もないな。宇宙船も見たことはない。ただこの身体能力と、それがなんであるかは母さんから聞かされていた」

「へえ」

「とはいえ、バレたら大変なことになるから使うなという警告だったな」

「まあ、確かにね」

 胸の前で手をぱしぱしと軽く合わせながら透子が答えた。

「あの箱、なんだったの?」

「証拠の品だとさ。形見分けみたいなもので、大事にしていたんだけどな」

「……手元に戻るといいね」

 あまりに不幸な話に、透子はそう言うしかなかった。そして強引に話題を変えた。

「……自分が生まれたところ、行きたいと思う?」

「さあな」

 さりげない透子の問いに、空太は軽く肩をすくめて答えた。

「ただ一つ言えるのは、僕はここで育ってきたから、今更王族になんてなれないだろ」

 空太はそういって前を見つめた。倉庫内では警官たちが証拠になりそうなものを探していた。



「まあ、警察はちゃんと調べてくれているみたいだし、野々宮くんの家も気にしているみたいだから、危ないことを進んでしなければ大丈夫だと思うよ」

「そっか、野々宮くんなら大丈夫かな」

「そうだね」

 そして透子は窓の外を見た。日の光が次第に落ちていっている。

「桜川さん、そろそろ帰ろう」

「そうだね」

 時計はまもなく五時。図書室の閉室が近づいていた。


「……だからね、結構気を使っているんだ。少し気を抜くと十二単みたいな髪型になっちゃうんだ、こんな感じ」

 そう言って、優華はスマホの画面を透子、ちぐ、みっちの三人に見せた。そこにはばさばさになり、腰にかけて大きくドレスのように広がった髪形の優華が写っていた。

「あははははははは! なにこれ、すごいよ桜川さん!」

「これはこれで、ワイルドな魅力がありますね」

「でも直すの大変だね、確かに」

 透子と優華、そして部活の終わったちぐと、どこにいたのかわからないみっちが合流し、当て所のない話をしながら通学路を歩いていた。

「ストレートに戻すのに三日かかったよ」

「やっぱ長いと大変かな」

「ちぐも長いから大変だね」

「いや、あたしは案外適当なんだけどね」

 女子四人かしましく、髪型の話題で大いに盛り上がっていた。

 それまであまり優華と話したことの無い三人だったが、透子がハブとなってお話をするようになり、急激に仲良くなっていた。すでに数年来の友人のような気楽さがお互いにあった。

(こういうの、桜川さんの人徳だよなあ)

 インカナの件以外の話も、透子は何度か優華と話している。なんでもない話だけれど、そうして話している時間はいつも楽しかった。優華は聞くのも話すのもとても上手だった。

否定からは入らないし、気遣いと感じさせることが無い自然な気遣いが心地よかった。

(やっぱり桜川さんは主人公だ)

 純粋に、かなわないな、と透子は思った。彼女は異変、怪事件を解決する人。自分は事件に巻き込まれてひどい目に会いながら主人公に救い出される人。そんな感じがした。

(……赤井くんや野々宮くんはどうなんだろうな)

 あの二人も主人公としての資質がありそうな気がする。敬介は実力派でもうすでに何かやっているかもしれない。一方空太は知性派で今のところ巻き込まれ系だという違いがあるけれど。

(とすると浅木さんは……なんだろう? 本当に森の魔女?)

 などなど、宙に浮いたことを考えていた透子に、ちぐが話しかけた。

「ちょっと透子、聞いてる?」

「え? あ、ごめん! 思いっきり別のこと考えてた」

「もう」

 ちぐが口を尖らせて拗ねた顔をした。

「ごめんごめん」

「仕方ないなあ、それで、今度出るグループの話しなんだけど」

「ああ、前言っていたアレね、ちょっとネットで見た……」

 そこまで言って、透子は歩くのを止めて、その場に固まった。

 視線の先に、誰かがいた。

 黒いコートを羽織った男がいた。目深に被ったフードからは、その素顔はうかがい知れない。

 しかし、透子はその姿を嫌と言うほどよく知っていた。

 彼、ロトの姿を認識した瞬間、透子は百八十度方向転換し、全力で走り出した。

「え、ちょ、透子!?」

 優華とちぐ、みっちは唐突に走り出した透子を呆然と見ていた。一方、ロトは驚異的な反応速度で透子へ向かって走り出した。地面を這うほどに低い姿勢から、信じがたい速度で走り抜ける。透子は決して走るのが遅いほうではないのだが、ロトのすさまじい走法の前ではさして意味のある差ではなかった。

 たちまち追いつくと、透子の制服、その首根っこを掴んだ。

「ひっ! やめて!」

「落ち着け、何もしない。そして赤井敬介に伝えておけ」

 ロトは、透子に対して脅しつけるような声で言った。

「今度は……」

 そこから先の言葉は言えなかった。

「透子に何してんだ!」

 そう叫びながら、ちぐがロトに対して飛び蹴りを放った。その飛び蹴りに対して、ロトは足元を動かすことなく、ちぐの蹴り足を掴んでいた。

「げ」

 かろうじてつかまれなかった足で立てたが、ちぐは足をつかまれたまま動けなくなった。

「えいっ!」

 その横から、みっちがロトにしがみつき、透子から引き剥がそうとする。しかし、みっちがどれだけ頑張っても、ロトは小揺るぎもしていない。ちぐが足を必死に離させようとしても同じように動かない。

「お前ら、痛い目に会いたくなかったら……」

 そこまで言ったとき、優華がロトの正面に立った。そして、そっと透子の首根っこを掴んでいる右手を取った。そしてもう片方の手でロトの右肘を極めている。ロトは振り払おうと左腕を動かそうとしたが、ちぐとみっちが絡まった体はすぐに動くことが無かった。

「酒柿さん離して!」

 普段からは想像が付かない優華の鋭い声に、みっちがロトからさっと離れた。その瞬間、ロトの体が宙を舞っていた。

「はあっ!」

 優華の気合一閃と共に、ロトは上下逆となり地面に叩きつけられた。優華はそのまま自然な流れでロトを押さえ込もうとしたが、ロトは素早く体勢を整え、バク転をするように逆立ちし、そのまま体を転換させ立ち上がった。見事な身のこなしだった。

「あなた、何者ですか?」

「言う必要はない」

 ロトは油断無く優華を睨んでいる。他の三人は警戒する必要がないと思ったのだろう、意識を彼女に集中しているのが見て取れる。

「お前ら、赤井敬介の仲間か?」

「赤井くんはクラスメイトだよ」

 優華が答えると、ロトは

「そうか、そこの女と同じか、ならもういい」

 そして、今度ははっきりと透子を見据え、言った。

「女、あいつに伝えておけ。傷が治ったら必ずお前を倒しに行く。準備をしておけ。それで通じる」

 そう言い捨てると、ロトは大きく後ろへ跳躍し、山道へ消えていった。まるでつむじ風のようだった。

「……なんだったんだ、アイツ?」

「さあ?」

 ちぐとみっちが、理解できないといった表情で顔を見合わせている。

「白野さん、彼に心当たりあるの?」

「あー……」

 透子は思わず唸った。心当たりはありすぎるほどある相手だが、ここで話していいものか、判断がつかない。

「よくわかんないんだけど、赤井くんのストーカーみたいなの。この前、席がひとつ後ろだって言って無理やりあれこれ聞かれたからね。メンドイから逃げた」

 仕方ないので適当な嘘を並べた。言っているうちに案外と、当たらずとも遠からずといった説明になった。

「それは災難だったな……」

「白野さん、最近事件によく巻き込まれていたんだね」

(うち一件は桜川さんだけどね……)

 気遣う表情の優華に対して、内心でそう思った。



 呼び出し音が鳴り、透子は段々と緊張してきた。

(……なんで電話ってこんな緊張するんだろう)

 ひとつ鳴るごとに緊張はひどくなっていくようだった。十回鳴って出なければいいな。そうすれば切れる。そんなことを思っていた。

 残念ながら、五回目のコール音で相手が出てきた。

「はい、赤井ですけれども、どちら様でしょうか?」

 落ち着いた女性の声が聞こえて、透子は内心で肩を撫で下ろした。電話に出たのは敬介の母親だった。

「あの、赤井くんと同じクラスの白野と言います。敬介くんはいますでしょうか?」

「はい、少々お待ちください」

 保留の音楽が流れて十秒ほどで、敬介が電話に出てきた。

「なんだよ、白野」

「出て一番言う台詞か、それ」

どういうわけか不機嫌な敬介に、透子も嫌味で切り返した。

「聞きたいことがあるんだけど、時間いいかな?」

「ロトのことだな」

「うん。聞きたかったし話したかっただろうけど、本当機会がなかったからね。あと今日あいつと出会っちゃった。んで、伝言があるんだ」

「気になるが、長くなるから俺の部屋で話す。かけ直すからちょっと待っててくれ」

「わかった」

 そこで一旦電話が切れた。

 話してしまえば、緊張は解けた。用件さえ正確に伝えられれば、あとは普通に話をするだけでよかった。

(にしても、大分気安く話しかけてるな私。ちょっと前まではただのクラスメイトだったのに)

 数分後、見慣れない番号から着信が届いた。

「はい、白野です」

「俺だ。部屋についた」

「私も部屋。時間はとりあえず大丈夫」

「じゃあ、まずこれまでのことを話すぞ。結構長くなる」

 そういって、敬介は自身とロトとの関係を話し始めた。

 敬介には、生まれた時から『力』があったと言う。ただ、そのことは隠しておきなさい、と父親から言われていた。そのまま『力』のことは隠していたのだけれど、去年、その『力』を狙う謎の組織から襲撃を受けることになった。だから去年は学校生活も大変だったらしい。

「またそんな連中が……」

 そこまで聞いて、透子はげんなりとした声でつぶやいた。怪しげな超常現象組織、彼女視点から三つ目である。

「また?」

「いや、なんでもない。続けて」

 透子は敬介に促して、話を続けさせた。

 そいつらが狙っている『もの』に必要なのが敬介の力だった。だから協力という名の強要を敬介に仕掛けたが、敬介は従わなかった。だから、そいつらと戦っていた、ということだった。

「『それ』があると、途方も無い知恵と力が手に入るんだと」

「そいつら、世界征服でも企んでいたの?」

「らしいんだけど、もう詳細は聞けないぞ。今年の夏、組織をぶっ壊したからな」

「おう」

(なんか一つ物語が終わってたぞ)

 思いもかけず壮大な話になってきたことに、透子はどういう表情をすればいいのかわからなくなった。

 その戦いの中で出てきたのがあの男、ロトだった。敬介と同じ力を持つ男。組織で作られた、敬介のクローン。組織壊滅と同時に消息を絶っていたわけだが、それが一週間前ぐらいに再び現れた、ということだった。

「……という経緯で、あいつと俺とは宿敵ってことになる。正直、組織のアジトで終わったと思ってたんだがな」

「なるほど、大体話はわかったよ」

(細かいことは1ミリも多分理解できてないけど)

 詳細を聞くと突っ込みたいところは山ほどあった(特にクローン人間について)が、ロトについては現実に存在して透子に直接危害を加えてきたわけなので、とりあえず飲み込むしかなかった。少なくともその存在は誰かの妄想ではない。

「……赤井くんも苦労してたんだね」

 透子の声は、彼を哀れむかのようだった。

「何をしみじみ言ってるんだ」

「ああ、そうそう、なんか今日また私の前にあいつが現れやがったので、伝言伝えるよ。傷が治ったら必ず倒しに行く。準備をしておけ、だと」

「準備、か」

 敬介が呟くように言った。そして、そのまましばらく、沈黙が支配した。

「聞かないのか、それが何なのかとか」

「……正直、もう嫌だあいつ。できればもう関わりたくない」

「……もし来たら、ちゃんと言っておく」

 心底げんなりした声の透子に、敬介は申し訳無さそうに言った。敬介が悪いわけではないのだけれど、とばっちりを受けた透子の身を考えると申し訳ないと思っていた。

 透子が電話先にも聞こえるように大きく一つ、はぁ、と息を吐いた。

「よく考えたら、別に明日学校で聞けばよかったかなあ」

「学校だとお前と長時間話す機会、意外と無いぞ。吉川と酒柿が周りにいるだろ。最近は桜川も」

「そうかな」

「そうだぞ」

「そっか」

(桜川さんと、ちゃんと仲良く見られてるのね)

 そのことはなんとなく嬉しかった。

「今日はありがと。多分今聞いたことをこれから先聞き返すことはないと思うから」

「ああ、それでいい」

「それじゃ、また明日」

 そして透子は電話を切り、どさり、と大きな音を立ててベッドに大の字になった。

 変身ヒロイン、超能力者、魔女に宇宙人。世界の危機に世界を作り変える力。

(いつから私の周りは奇人変人博覧会になったんだ)

 そんな思いがあった。波乱があると面白いかな、と思ったことはあったかもしれないけれど、様々な事件に巻き込まれた今となっては、ただただ平穏であった日が素晴らしく思えてきた。

 そんな物思いにふけっていると、コンコン、と部屋のドアをノックする音がした。いいよ、と一言言うと、茜がドアから顔を出した。

「お姉ちゃん、ケーキ食べる?」

「あ、食べる」

「じゃ、机にあるから好きなの選んでね」

「はーい」

 言い残すと、茜は静かにリビングのある一階へ降りていった。透子もそれに続く。

 机の上にあるケーキからモンブランを取り、コーヒーを飲みながら少しづつ掬っていく。

「お姉ちゃん、長電話って珍しいね」

 妙にニコニコした茜が、透子に話しかけてきた。

「もしかして、彼氏さん?」

「んぐっ」

 食べていたケーキを変な形で飲み込んでしまい、透子は思いっきりむせこんだ。

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