第6話 森の中で
「おかしいな。こんなに鬱蒼とした場所だったか、ここ?」
「山のほうに上がっているのかな?」
「いや、一本道のはずだったぞ」
敬介と優華がそんなことを話している。
少し休憩してから、四人は道を進み始めていた。最初はまだ道らしきものがあったのだが、次第にそれも細く、細くなっていっている。
(昨日と同じことになってるじゃないか)
内心そう思ったが、不安を拡大させないために透子はあえて何も言わなかった。
ちなみに、透子は歩くのが困難であるために、現在は敬介に背負ってもらっている。広い背中とがっしりした肉体は、透子の体を背負っても危なげなく歩いていた。
「うーん、電波も入らないみたいだね。位置も地図も出ない」
「でも戻るのは難しいな。連中、まだ僕を狙っているかも知れない」
「とするとこのまま進むか、それとも何かを目印にして別方向に進むか、か」
「このまま進むのはまずい気がするんだ」
透子は昨日の経験から、直進していくとまた数時間迷うことになることを恐れていた。今のところ、恐ろしいほど昨日迷った経路を進んでいる。
「そうなの?」
「あ、いや、単なる勘だけど」
しかし理由は言えないので、あまり強く出ることもできなかった。
「白野」
「ん?」
小声で敬介が話しかけてきた。
「もしかして、昨日もこれと同じ道通ったのか?」
「うん、あそこ出たあとは道なりに行ったのに、なんかこの道になってた」
「ということはこのまま進んでいけば大丈夫か」
「いや、違う」
「どうしてだ?」
「それで昨日は夜になるまで迷ったんだよ。浅木さんに助けられなければ今日登校していたかも怪しい」
「そうか……じゃ、この道はまずいか?」
「だね」
透子はそう答えた。とはいえ、別の道を行って何処かに出るかというとそれも出来る確証がなかった。
そのまま会話もなく、四人はまだある小さな道を少しづつ進んでいた。
「そういえば」
思い出したように優華が切り出した。
「赤井くん、すごかったね」
「ん? 何がだ?」
「あのドカーンだよ! いつのまにあんなもの準備していたの? 逃げるときもなんか火の壁作る準備までしていたし」
「ああ、アレか、アレはな……」
そう言って、そこで敬介は何かを得意げに話そうとした表情のまま固まった。
(ああ、自分は手から炎が出せます、って言ってもヘンなやつって思われるだけだからかな)
そう、敬介は自身の能力について、人に明かすことはなかった。しかし今回は透子と空太を助けるために、能力を使っていた。それについて説明するのに、敬介は言葉に窮した。
「アレはなあ……」
そう言いながら、敬介は助け舟を求めて透子を懇願するような目で見た。
(そんな目で見るなバカ)
そう思ったけれど、二度も助けられているからなとも同時に思った。だから納得の行きそうな説明をしようとした。
「赤井くん、実は特撮の爆破マニアなんだって」
「は?」
鳩が豆鉄砲を食らった顔、という単語が一番似合う表情で、敬介が間の抜けた声を上げた。それを無視して透子はそのまま続けた。
「だから爆発には詳しいんだってさ。その気になればその辺にあるものでいろんな爆発を表現できるって言ってたよ」
大分無理のある説明を透子はした。本物のマニアを兄にもつ友人に怒られるかもしれないけれど、とりあえず納得させることができるように取り繕った、最低限のリアリティを持てる説明だった。
「そうなんだ。爆発って奥深いんだなあ」
にっこりと笑って優華は答えた。その表情には一切の疑いが感じられなかった。表現が直接すぎて、過激に聞こえなくもない。
「おい、桜川さん今のを信じるのかよ」
小声で敬介は透子に言った。
「まあいいんでないの? 赤井くんは自分のこと言いたくないんでしょ?」
「ああ、まあ、なあ」
(ま、桜川さんは能力を聞いても驚かないと思うけどね……)
優華が変身して敵と戦う、アニメの魔法少女みたいな存在であることは透子と優華の秘密である。それは、今明かされるべき話ではない、と透子は思った。
「で、赤井くんがあそこにいたの、やっぱアイツ関係?」
「ああ、ねぐらにしているかと思ったんだが、流石に自分の住む家を焼くバカはいなかったな」
「へえ」
透子の返事を聞いて、今度は敬介が透子と空太に問いかけた。
「そういや、お前たちはなんであんなところに連れ去られてたんだ?」
「あー、それは……」
透子は、今度は自分が助け舟を求めることになった。求める先は空太。彼もまた、どう説明するべきか考えているようだった。
「さあな、誰か別人と間違えたんじゃないか。言っていることもよくわからなかったからな」
(それでいいのか?)
空太の説明に、透子はそう思ったが
「なんだそりゃ、災難だったな」
敬介は呆れたような表情になってそう言った。
「一応、話は付けられそうだったんだが、相手は思い込みが激しそうだから少し怖いな。白野も巻き込んでしまったし」
「目的はお前だったんだな、野々宮」
「多分勘違いなんだけどな」
(いいんだそれで)
うんうんとうなづく敬介を見て透子はそう思った。ただ、話はよくまとまったと感心していた。
このように、お互いの事情を話しながら四人は森の中をさまよっていた。
歩けども歩けども、人の気配がありそうな場所にたどり着く気配がない。
「ねえ、本当におかしいよ、これ」
「確かにな……見通し悪いからって、こんなに歩き回るほど広かったか、三条山は?」
「一応、一方向に向かって歩いているはずだが……もしかしたら、木を避けるときに知らず知らず方向を見失っていたのかも知れない」
「……とりあえず、一旦休まない? 赤井くんも疲れたでしょ?」
透子がそう提案した。流石に大分歩き詰めだったので、全員で一度その場に休むことにした。木の根、木の切れ端などに腰を下ろしながら、それぞれが意見を述べている。本当に引き返すべきか、それともこのまま真っ直ぐ進むべきか、どうするかはなかなか決められなかった。
(……叫べば助けてくれるかな、浅木さん。いや待て、彼女に借りを作るのはマズイ気がする)
透子がそんなことを考えていたとき、
「ん?」
優華が、何かに気が付いた声を上げた。
「どうしたの、桜川さん?」
「今何か、違和感が」
「違和感?」
優華はそっと透子に顔を寄せ、小さくつぶやいた
「あいつらが出たときの、結界が解けたときみたいな感じがした」
「え、あいつらがいるの?」
「いや、それは感じないんだけど」
透子と優華がそんな話をしていたとき、今度は敬介が何かに気が付いたように振り向いた。
「人の声が聞こえた気がする」
その言葉に、三人に緊張が走った。誘拐犯の一味が、近くに来ているのかもしれない。
「何人ぐらい?」
「……一人? あと何語だこれ?」
「日本語でも英語でもないな。 ただヨーロッパの言葉な気がする」
言葉については頼りにならない敬介に代わって、空太がそれを軽く分析した。
「一人ならさっきの連中ではないんじゃないかな。ちょっと見てみる?」
「わかった」
透子の提案を二つ返事で受け、敬介は声の主がいるほうへ近づいた。その時、ほとんど音を立ててはいないことに、三人は気が付いていない。声の主も、敬介が近づいていることに気が付いていない。
声に近づいた敬介は、声と同時に何かを叩く音、木が削れているような音がするのに気が付いた。一体誰が何をしているのか不明だった。
大分近づいたので、木の陰から声の様子をうかがった。
そこには浅木智美がいた
昨日、透子が森の中の一軒家で出会った時と同じ長ローブ姿。フードか三角帽子を被れば、完璧な魔法使いの姿だった。どういうわけか、右手にハンマー、左手にノミを持っている。姿が魔法使いでなければ、丑の刻参りと見紛うポーズで、木に何かを刻み付けている。
「……浅木? 何してんだそんなところで、そんな格好で」
「あ」
丁度木にノミを打ちつけた体勢で、智美は敬介を見て、そして固まった。一度視線を彼方に逸らし、そしてもう一度敬介を見る。間違いなく彼がそこにいることを確認し、急に引きつった笑みを浮かべた。
「あー、やあ、赤井くん。どうしたの、こんなところで?」
それでいて、努めて平静であることを装った口調で智美は敬介に聞いた。
「それはこっちのセリフだ。 こっちは山の中迷って降りてきたんだから。こんなところで怪しい格好した同級生に会うとは思ってなかったぞ」
「そうだね、わたしも同じクラスの人と会うとは思ってなかったよ」
そう言って智美は、あはははは、と心ない笑いを上げた。
「で、何やってたんだ?」
「えーっとねえ……人には言えないこと?」
「なんで自分のやっていることで疑問系なんだよ」
っったく、と敬介はあきれたような声を上げた。それとは別に周囲を確認する。周囲には誰もいなかった。
智美が何をやっていたのかはわからないし、明らかに不審な行動をしていたが、どうやら誘拐犯の一味ではないと敬介は判断した。少なくとも、彼らはそれなりに訓練された人間だったからだ。
「大丈夫みたいだ」
敬介は大声で透子たちに向かってそう呼びかけた。ガサガサ、と落ち葉や伸びた雑草が擦れる音を立てて、三人が敬介と智美の前に姿を現した。透子は優華に肩を貸してもらっている。
(何やってんだ)
魔女の格好をした智美の姿を見て、透子は思わず心の中でつっこんだ。両手に持っているノミとハンマーが、魔女そのものの格好と合っておらず、どこか奇妙な印象を与えた。
(魔女なら魔女らしくホウキを持っていれば完璧だったのに。多分『準備』とやらで必要だったんだろうけど)
木に、よくわからないアルファベットらしきものが刻まれているのを見て、透子はそう思った。
姿を現した三人を見て、智美の表情はより一層引きつったようになった。
「あらららら……みんなしてどうしたの? ハイキングしてたのかな?」
「ちょっとトラブルに巻き込まれてしまってな。白野さんと僕が巻き込まれた側で、桜川さんと赤井は助けてくれた側だ。ただ、道に迷っててね」
智美に対して、空太は簡単に現状を説明した。次いで優華が優しい声で、智美に話しかける。
「そういうわけで、道がわかるのなら案内してくれると嬉しいんだ」
「ああ、そうだったら、このあたりはよくわかるから案内するよ」
智美の引きつり笑いは途絶えることがなかったが、少しは落ち着いたらしく、声も普段の調子になっている。こっそりハンマーとノミをローブの中にしまうと、
「こっち」
と指を差して歩き始めた。透子たちは彼女に続いていった。
智美はほとんど迷いなく森の中を抜けていく。枝や草にあちこちを引っ掛けてしまいそうな服装なのに、まるでそんなものが存在しないかのようにするすると木々の間を軽やかに歩いていた。
敬介はまだ付いていけているが、空太は小さなアップダウンに足を取られており、透子と優華は透子が肩を借りている以上、普通に歩くのも大変だった。先行する二人を見ながら、優華が感心したようにつぶやいた。
「浅木さん、本当に慣れているんだね、森の中を歩くの」
(そりゃ住んでるからね。毎日じゃないだろうけど歩いて帰ってるんだろうし)
「人は見かけによらないね」
内心はともかく丁度良いと思う相槌を透子は打った。
十分も歩くと、ようやく森が開けてきた。
「はい、到着ですよ」
智美が宣言する。全員が森を抜けた。そこは、学校裏手にある森の中の林道だった。
「ああ、ここか。ようやくまともなところに出られたな」
「おうちに帰れるよ」
優華は喜色満面で両手を広げた。
「……の前に、ちょっと休まない? 私、疲れちゃった」
「あ、白野のことまかせっきりにしてたな。すまん」
「それは大丈夫大丈夫」
言いながら優華は道路のへりに腰を下ろした。透子は、座ると立ち上がるのが面倒になりそうなので、立ちんぼになって、大き目の木に寄りかかった。
その透子に、空太が話しかけてきた。他の三人に聞こえないような小声だった。
「あいつらの件だが、どうする?」
「やっぱ警察行かないといけないよね。時間掛かるのかなあ」
「まあ、それは仕方ないだろう。宇宙人だとか言う話はしないで、単にされたことを報告するだけでいいと思う」
「わかった」
そして、空太は敬介と優華に向かって言った。
「すまない、この後は警察に行く。ひょっとするとみんなで行かなければならないかもしれない」
「しゃーねえな」
「おーけー。ちゃんとしとかないとね」
二人は明快にそう答えた。面倒がられなかったことに空太はほっとしたようだった。
「あ、そうだ、家に電話しとこう。迎えに来てもらうのがいいかな? うちの車なら六人乗れる」
「ああ、それならそうしてくれ。流石に疲れたわ」
透子の言葉に、敬介が手をひらひらさせながら答えた。学校近くまで降りてきたおかげで、電波は通じるようになっていた。
家に連絡を入れ、場所を伝えて透子は電話を切った。どうしてそんなところにいるのか疑問に思われたが、十分程度で迎えに来てくれることを四人に伝えた。
「というわけで、もうしばらく一緒になってくれ。迷惑をかける」
「困った時はお互い様、先生もそういってるよ」
頭を下げる空太に対して、優華が両手を合わせながら答えた。
「ちょっと待って、わたしも一緒に警察行く流れになってないかな?」
智美は眉をしかめながら、とても嫌そうな声で言った。
「そうじゃないの?」
「いや、わたしは何も知らないから」
「それなら、警察はいいから家まで送ってってもらったらどうだ?」
「いやいいかな、家近いし」
智美は両手をひらひらさせて答えた。
「仕方ないな。わかった。関わるのがイヤなら、浅木のことは言わない」
「だね」
空太の言葉に、透子が相槌を打った。
「ところでさ、浅木さんその格好……」
優華が、ずい、と智美ににじり寄った。智美は警戒するような目である。
「……なにかな」
「かわいいよね」
怪訝な表情を浮かべた智美に、表現と同じぐらい可愛らしい声で、優華が言った。
「え?」
「うん、本当、似合ってると思うよ。それにすごいよく出来てる。森の中で運動するなららジャージでもいいけど、それだと味気ないもんね。あと……」
服装を褒められ、きょとんとした表情になった智美に、優華は彼女を褒め上げ続けた。挙げられた点はみな確かな説得力を持っている的確な評価だった。が、彼女は褒められ慣れていないのか、戸惑っているようだった。褒められるたびに、顔が赤くなって。嬉しさと戸惑いの入り混じった表情が智美に浮かんでいた。
「んで、お前は本当あそこで何やってたんだ。そのかわいい服装で」
優華の褒めちぎりを遮って、今度は敬介が智美に尋ねた。
口元を複雑に曲げて、困ったような表情を智美は浮かべた。その仕草だけで、困っていることがわかるようだった。
(魔法を使おうとしていました、なんて言えないしね)
そして、おたおたしている智美を見ていると、なんとなく楽しい気持ちになってきた。昨日の夕方から今日の朝まで智美に好き勝手されたことを思うと、おたついている彼女を見ていることはある種の復讐になっていた。自然と、にやにやとした表情になった。
その、にやにやしている透子に、智美が気が付いた。透子に向かってにっこり笑うと、右手を口元に寄せる。
それを見た瞬間に透子は体を強張らせた。まさかこの場で犬をけしかけることをやるとは思わないけれども、後の仕返しがどのようなものになるか解らない。智美の表情は困ったような笑顔のままだったが、どことなく青筋を立てているように見える。
「別に人に迷惑かけてないなら、いいんじゃないかな。人がどんな格好して何をしても」
脅迫じみた仕草に耐えかね、透子はそっぽを向きながら言った。
「そうだね、女の子には、人には言えない秘密が一つや二つや百ぐらいあるからね」
優華が透子に引き続いて言った。間違いなく、心からそう思っている天然な発言だった。
「……そんなもんかね」
「そうだろうさ。あまりしつこく人のことを聞くのは、マナーに反しているしな」
「そこまでしつこくはなかっただろうが」
敬介が空太とあれこれいい合いを始め、智美への関心が逸れた。肩を撫で下ろして、智美はそっと透子に近寄った。
「覚えてなさい」
「おあいこでしょうが」
笑顔ながら恨みのこもった小さな声で言った智美に、透子も小声で返した。
「それじゃあ、わたしは帰るから」
そう宣言して、智美は林道を学校に向かって歩き始めた。ゆるいカーブを描いて曲がっている林道の向こうに、智美はすぐに姿が見えなくなった。それからすぐに、一台の乗用車がそちら側から現れた。
智美は透子たちから見えなくなってすぐに、森の中へもう一度入り込んでいた。さっきいた場所へ行くつもりだった。
その姿を見つめる三つの影があった。全員女子で、ひかりが丘高校の制服だった。彼女らは学校の校庭にいた。いかに小さな森とはいえ、山側に入った智美をそこから見るのは不可能なはずだったが、彼女たちにはそれができた。
「見つけた。森の魔女」
「憎らしいこしゃまっくれた賢しげな森の魔女」
「森は森の魔女の領地。我ら道の魔女の天敵」
「これまではそうでした。しかし今は道筋見えたり」
「なれば封印への道も明かされましょう」
「星辰、地脈、陽道、そして触媒。すべてが揃うはあとわずか。我々の悲願、いまこそ叶える時」
まるで歌劇の台詞回しのようで、三人は歌うように話し合っていた。
「何やっているんだ、お前ら。とっくに最終下校時間が過ぎてるぞ」
そんな彼女たちを見て、校内の施錠を担当する教師が呆れた声で警告した。
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