第5話 帰り道には宇宙の話を


 窓から赤い夕陽が差すころ、ようやく透子の頭痛は治まった。

 もともと多少無理をすれば家に帰れなくはなかったが、

「家だと何かあった時に対処できないよ」

 などと犯人に言われてしまえば無理に行動することもできなかった。

「何のための今日だったんだ……」

 力なくつぶやきながら、体を起こす。まともに何かをしたわけでもないのに、全身に倦怠感がとり巻いている。

「もう大丈夫だから帰ります……」

 そう保健室の先生に言い残すと、透子はふらふらとおぼつかない足取りで歩きだした。ひとまず、教室まで荷物を取りに戻ろうとしていた。右足をかばいながら歩いているのは朝と変わらず、倦怠感取り巻く体を無理に動かしている様はどこか物悲しく見えた。

(そういや、みんなに雑な返事しちゃったなあ)

 昼休みにちぐ、みっち、そして優華たちが保健室へ様子を見に来てくれたのだが、智美が来てからずっと苛立っていたせいで、つい

「まだ頭痛いから、ごめんもうちょっと寝かせて」

 とかなり強引に会話を打ち切って布団を被ってしまっていた。

(明日謝っておかないとね。……なんで私が謝らなくちゃならないことになるんだよ)

 そんなことを思いながら、エレベーターホールでエレベーターが来るのを待った。


 自分の席から荷物を取り、すっかり肩を落としながら下駄箱に入っている新しい靴を取り出したところで、透子は声をかけられた。

「白野、まだ学校にいたのか?」

「野々宮くん」

 そこにいたのは野々宮空太だった。

「うん、ずっと保健室にいた。治まるまではここにいたほうが安全だって」

 誰が言ったかは言わずに、透子は答えた。

「そういう野々宮くんはどうしてこんな時間に?」

「図書室で、橋染先生の手伝いをさせられていた。蔵書が乱れていたから、元に戻して欲しかったそうだ」

「へえ」

 そういえば一昨日の出来事は図書館で起こっていた。特に荒らした記憶はないのだけれど、ひょっとしたらそのときに崩れたのかも知れない。

「図書室でなんか変なことって起きなかった? 突然変な人型が現れるとか」

「ないな。なんだそれは」

「最近の学校七不思議らしいよ。夕方の図書室で人をさらう何かが出るんだってさ」

 幽霊をあらわす一般的な仕草を透子は取った。

「バカバカしい」

 空太は即座にそう答えた。

(そう切り捨てられると楽だなあ)

 そう思いながら透子は靴をいつも通りに履こうとした。そこで、右足がひどく傷ついていることを思い出した。上履きの床に座り込み、できるだけ右足を接地させないように靴を履いた。

「朝から気になってはいたんだが、右足、怪我でもしているのか?」

「昨日ちょっといろいろあって……」

 そう言って透子は苦笑した。本当に昨日はいろいろありすぎたし、今日はその後始末を一日かけてやった。

 透子は下駄箱を支えにして立ち上がる。

「まあ、私は大丈夫だから、野々宮君も早く帰ったほうがいいんじゃないかな?」

「ああ」

 空太は立ったまま靴を下駄箱から下に落とし、足だけで靴を履いた。そして二人は昇降口から外へ出た。



「……で、なんで野々宮くんは私の後ろを歩いているのかな」

 いいかげんで振り向いて、透子は空太に尋ねた。

 健常な空太のほうが明らかに歩くのは早いはずなのだが、空太は透子の後ろ三メートルほどをゆっくりと歩いていた。

 ひょこたん、ひょこたんと歩く透子の後ろを、それに劣らない遅さと小さな歩幅で歩く野々宮空太は、透子目線でははっきりと不審だった。

「……明らかに悪そうな動きをしていて、大丈夫だと言って、はいそうですかと言えるわけもないだろう」

 聞かれた空太は、決まり悪そうな表情で答えた。

「とはいっても、家まで付いていくわけにはいかないでしょう」

「そうだな」

 空太は苦笑した。まったく透子の言うとおりだった。 

「じゃあ、帰り道が違う方向になるまで、一緒に歩かせてもらう。確か、国道の向こうだったな、白野の通学路は」

「そうだね」

「じゃあそこまでだ」 

「わかった。あ、真横はめんどいからパスで」

「めんどい?」

「ヘンな噂になるでしょ」

「ああ、そういうことか」

 苦笑しながら空太が頷くと、透子はまた前を向いて歩き出した。普段の半分ぐらいのペースで歩く、その後ろを歩くのは逆に難しいのだけれど、空太はゆっくりと、時には足を止めて透子の後ろを歩いた。

 そんな、奇妙な距離を保ちながら歩いていた二人の前に、唐突に黒い影が立ちはだかった。

 黒い服を着た男が四人、横並びで小さな道を塞いでいる。屈強な男たちで、彼らが立っている様はさながら黒い壁のようだった。

 その壁の前に、一人の少女が立っている。見事な金色の髪を備え、赤い豪奢な装束に身を包んでいる少女は、きっと空太を見据えながら口を開いた。

『どうやら会えましたね、ラーナフェルの息子さん』

 どう見ても日本人ではない彼女は、しかし妙にたどたどしい英語でそう言った。

(はて、なんだその外国っぽい名前は)

 透子はその言葉に何の覚えも無かったからそう思った。

 一方で、空太の表情が変わった。一見変わらないように見えて、険しい目で彼女を睨めつけた。

『人違いだ』

 空太は英語でそう返すと、強引に男の間を割って進もうとした。

「なんなの、この人?」

 透子が空太に聞いた。それに空太は答えることなく、すたすたと男の間を抜けて歩いていく。透子の後ろを歩いていたときとまるで逆で、周りを気にすることなく早足で抜けていく。

『その言葉を信じるとでも?』

 金髪の少女はそう言うと手を上げた。すると、男たちが懐から何かを取り出した。

(おいおい!)

 その形状を見て、透子は凍りついた。

 それは明らかに拳銃の形をしていた。奇妙な点があるとすれば、普通の銃なら弾丸が飛び出る銃口の頭に、丁寧にカットされた宝石のようなものがついていることだった。

『おとなしく私と一緒に来なさい。さもなくば痛い目に会ってから同じことになりますのよ』

 透子のことを気にかけることなく、彼女はそう言った。男たちはその銃口を空太に向けていた。

 仕方ない、という表情で空太は両手を挙げて答えた。

『本当に知らないんだ、何のことかわからない。人違いじゃないのか』

 険しい表情のままだった。しかし、銃器を向けられながら、その表情に恐怖は無かった。

(どういう神経してるんだ、野々宮くん)

 そろり、そろりと足音を殺して物陰に隠れようとしながら、空太の表情を見て透子はそう思った。

(出来る男はこういうのが違うんだろうな)

 もはや現実逃避しているような思考が透子の頭の中でぐるぐる巡っている。体だけが安全を求めて勝手に動いているように透子は感じた

『失礼でしたけど、家捜しさせていただきました』

 そう言って彼女は掌に、隣の男から受け取った小さな箱を乗せた。

 それを見た空太の表情が、険しいものに変わった。

『残念ですけど、もう隠すことはできませんの、ソラタ』

 そう言うと、不明な言葉で彼女は男たちに何かを言った。

 銃を構えていない男が近づき、空太の肩に触れた。

 次の瞬間、男が派手に吹き飛んだ。

(え?)

 吹っ飛んだ男は壁に叩きつけられて転がった。

 それを見た黒服たちが空太に向けて銃を放った。それは懐中電灯のように光を放った。電灯より更にはっきりと明るかった。

 だが空太はそこにいなかった。道に小さな焦げ跡だけを作っている。

 空太を注視していた透子だけが、空太が大きく跳んだことを見ていた。その高さは五メートル近い。

「はぁ!?」

 特撮か漫画のスーパーヒーローが、あるいはカンフー映画の主人公が行うような跳躍だった。

(またかよ!)

 と、透子は思った。第四の超常能力者登場だった。

 炎を出したり変身したりはしないようだが、人を吹き飛ばして人間とは思えない跳躍をする超身体能力だった。

(私の周りはなんなんだよ!)

 ひょこたん、ひょこたんと無理をしないように身を物陰に隠しながら、連続して降りかかる理不尽に内心で思いっきり罵声を浴びせていた。

 その間に、空太は男たちを押し退け、少女に向かって走った。

 男の一人がそれを止めようと、英語でも日本語でもない言葉で罵声を上げながら拳銃を発射した。光の帯が、音も無く放たれた。

 それは空太には命中しなかった。

 しかし、流れ弾の一つが、空太の走った傍を抜けた。その先に透子がいた。

「はい!?」

 透子に認識できたのは、銃口が丁度きっちり自分のほうを向いたことだけだった。それは透子の肩に吸い込まれるように直撃した。次の瞬間、透子の全身を衝撃が貫いた。

「ぎぇっ!?」

 うめき声を上げて、透子はその場に崩れ落ちるように倒れた。

 透子の全身を、例えようもない感覚が埋め尽くしていた。一番近いのは長時間正座したときの足のしびれで、それが全身を駆け巡っているようだった。

「白野!」

 その様を見てしまった空太は、金髪の少女に近づくよりも透子の元に駆け寄った。

「大丈夫か!」

「あ、あだだだだ……」

 全身麻痺しているようで、透子の口から出てくるのは言葉の形にならない声だった。

 男二人が唖然としながら、金髪の少女と空太の間に割って入った。その男たちの背から空太と透子には聞き取れない言語の罵声が男たちに浴びせられている。

『わかった、話は聞く。だから彼女を病院に連れて行け!』

 空太はそう言ってその場で手を上げた。

 金髪の少女が、英語で何事かを空太に言ったようだった。それを透子は聞き取ることができなかった。全身に回っている痺れの感覚と共に、透子の意識は暗闇の底に沈んだ。



 日差しをまぶたの裏に感じて、透子は体を起こした。

 ごちん、と何かが透子の頭に派手にぶつかった。

「~~~~~!!!」

 言葉にならない声を上げ、頭を押さえながら目の前を凝視した。が、ぼんやりした丸い何かがそこにあることしか解らなかった。

 どさり、と透子の右側から何かが落ちた音がした。

『……何やってるんだ、お前』

 呆れたような声は野々宮空太だ。

 そこで透子は、ついさっきまでの出来事を思い出した。

「野々宮くん! ちょっと、私どうなってるの!?」

「落ち着け」

 そういって、空太は透子に眼鏡を渡した。透子はすぐに装着して、周りを見渡した。

 どこかの倉庫のようだった。妙に焼け焦げた跡が目立つ。

(というかよりによってここか)

 この場所には思いっきり見覚えがあった。昨日、ロトに誘拐された場所だった。あちこち焦げが目立つのは、昨日の戦闘によるものだろう。

 その床に、焼け残っていたと思われるビニールシートが敷いてあり、透子はそこに寝かされていた。

 透子の右側に空太が立っており、その周囲には先ほどの黒服集団が立っていた。包帯を巻いているのは、さっき吹っ飛ばされた男だろうか?

 そして空太の足元には、金髪の少女が目を回しておでこを押さえて寝転がっている様が見えた。

「……何してるの、こいつ」

「お前と頭をぶつけあった」

 透子の同じような疑問に、空太は起きた出来事をそのまま答えた。 

『と、とりあえず彼女は回復しましたのよ』

 ふらふらと立ち上がりながら、金髪の少女が言った。

『ああ』

 空太は諦めとともに答えた。

『では、ついてきてくれるのですね、わたしと』

『仕方ない、お前らは人を巻き込むからな』

『これは事故ですの! 制圧モードですから危害は加えないつもりだったのはわかるでしょう』

『この国では銃器そのものが違法だ。あと人を行動不能にすることを危害と言う』

 少女とそのようなやりとりをしている空太に対して、透子が聞いた。

「あのさ、野々宮くん? なんか話がついちゃっているみたいだけど、何があったの?」

「ああ」

 うつむきながら空太が答えた。

「そうだ、これから、学校に行くことはないかもしれないんだ」

「ちょっと、それどういうこと?」

 透子が眉を険しく上げて聞いた。

「僕は地球人じゃない」

「はあ?」

  唐突な発言に、透子が間の抜けた声を上げた。それを気にせず、空太は続けた。

「僕も、こいつも、地球人ではない。遠い場所にある惑星の出身者だ」

「……驚きたいところだけど、かえってしっくり来るね、その説明。あのジャンプとか、そのおかげなのかな?」

 苦笑しながら透子が答えた。

 衝撃の告白のはずなのだが、これまで三件も同じような衝撃の事実が続いていて、透子の感覚はずいぶんと麻痺していた。

「あんま驚いてないな……もっとこう、驚くなり、嘘つきだと呆れるなりあると思うんだが」

「超常現象には慣れてるからね」

 遠い目をしながら透子は答えた。

「慣れてるってなんだ」

「あー、うん、えっとね……」

『何を話しているんですの』

 しまったとばかりに、透子がしどろもどろになって何にどう慣れているのか、どう誤魔化そうかと思っていると、金髪の少女が会話に強引に割って入ってきた。

『大事なことだ』

『そうは思えない様子でしたけど』

  呆れ顔で彼女は言った。そして透子に向き合った。

『さて、まだ迎えが来るまで時間がありますし、貴方にだけは事情を話しておきますわ』

『私?』

『ええ、ソラタの友人のようですしね』

『あ、いや、私は野々宮くんのクラスメートなだけなんですけど』

『クラスメイト? まあ、友人という単語ですからそれでよろしいのでしょう。わたしはセレラーン・トゥ・レ・フェレノルと申します』

 金髪の少女は胸を張ってそう言った。使っている英語はたどたどしいが、気品を損ねないように言葉を慎重に使っている。

『彼、ソラタはわたし達の母星、その王族ですの』

『王族!? 野々宮くんって王子様なの!?』

『諸事情あって、彼の母君ラーナフェルは母星から追われることになりました。その行方はこれまで判ってなかったのですけれど、今日、判明したというわけですの』

『はあ』

 透子は気のない声を上げる。架空の話をされているようで、現実感がないように感じた。

『だから、わたしは彼を連れて帰るわけです。だから、これまでの彼のことは、夢と思って気にしないことですよ』

『ちょっと、夢ってちょっとそれはないんじゃないかな!?』

『しかし、今後また出会うことは無いかもしれないのですよ?』

 あんまりな発言に勢い込んで言った透子に、セレラーンはさらりと答えた。

『いや、でもさあ、こうもっと言い方、いや違うな。 それより先にやることがあるんじゃないかな? お別れ会だってやらないことになっちゃうし、それに人が急にいなくなったらみんな不信に思うし』

『話がズレてるぞ、白野』

 怪しげな身振り手振りをしながら思いつくことを片っ端から言っている透子を、肩を叩きながら空太が押さえた。

 その時、急に爆発音が轟いた。

 セレラーンの後後方十メートル、何も存在していないはずの床面から火柱が吹き出し、天井まで舐めているのが透子と空太には見えた。

 爆発音に振り向いたセレラーンは、その光景を見て明らかに悲鳴に聞こえる声を上げた。

それまでの優雅さは何処へやら、足をもつれさせて尻餅をついた。

 その火柱から出た炎は、可燃物がないであろう床面を不自然に走り、透子と空太をその後ろにいた男たちから隔離する。

「え、何事!?」

 周囲の状況を見ても、一体何が起こったのかさっぱりわからなかった。唐突にこの場は大混乱に陥り、どう収拾するべきかは誰にも解らない。

「白野さん、野々宮くん、こっち!」

 大声で二人を呼ぶ声が、入り口からした。

 見ると、そこには大きく手を振っている桜川優華がいた。

「行くぞ!」

 空太のその声に、弾かれるように透子は入り口に向かって走り出した。

 立ち上がれないままにセレラーンは二人を指差して何事か叫んでいる。それを聞いたであろう男たちが二人と、さらに入り口に立つ優華に向かっていく。

 そのセレラーンの横を、何者かが走り抜けた。

 走り抜けた何物かは勢いをつけたまま、入り口の優華に向かった男の背後に強烈な飛び蹴りを食らわせた。蹴りを食らった男は思い切り吹き飛び、無様に床に転がった。

 見事な飛び蹴りを男に浴びせたのは赤井敬介だった。

「赤井くんがいたんだ」

 意外そうに優華はつぶやいた。

 炎で隔離された二人が、邪魔されることなく入り口を抜ける。

「今のって、ひょっとして赤井くんがやったの?」

「ああ」

 それだけ言うと、敬介は優華の隣を走り抜ける。それを見て優華も体の向きを百八十度変える。建物から出て三十メートルほどのところに透子と空太、そして今敬介が集まっていた。そこに優華も速やかに加わった。

「桜川さん、どうしてわかったのかわからないが、ありがとう」

「いえいえ、どういたしまして」

 空太の感謝の言葉に優華は笑顔で返した。

「あいつら、出てきた!」

 透子が倉庫を指差して注意を促した。

「走るぞ! 道なりだ!」

 言うなり、敬介が走り始める。

 それに透子、優華、空太がついていく。

(道なり?)

 走りながら透子は思った。何か嫌な予感がする。そういえば昨日は、その道なりという言葉を信じてひどい目にあった。

「大丈夫なの?」

「もちろん!」

 透子の質問は実にあいまいだった。透子は昨日のように迷いはしないかどうか聞いたのだが、敬介はどう受け取ったのか、自信満々で答えた。

 四人の後ろを、数名の男がかけてくる。なかなかの健脚だった。しっかりとした訓練を受けている人間の走り方だった。

 敬介が後ろを振り向き、指を鳴らした。

 その瞬間、もう一度炎が上がった。山道を、炎の壁が塞ぐ。

 危うく炎の中に突っ込みかけた男たちはそこで立ち止まり、呆然と、見えない炎の向こう側を凝視していた。数分後、セレラーンがやってきて、やはり炎の向こう側を見つめた。黒服の男たちと二、三語話を交わしあい、やがて、車のほうに戻っていった。



 炎の壁から大分離れた場所で、四人はようやくひと息ついた。

「桜川さん、それに赤井、助かった」

「おう」

「しかしなんで、お前はあんなところにいたんだ?」

「ちょっとランニングしててな。丁度いい場所だったんだがなあ」

「丁度いい場所か? ずいぶん山のほうみたいだが」

 敬介は、こっそり透子のほうを向き、人差し指を一本立てたポーズをとった。昨日のことは言わないでくれという意志だった。

 一方、透子には優華が寄り添っていた。

「誘拐されてたんだよね、大丈夫だった?」

「まあ、一応」

 どうやらセレラーン一党との話は聞かれていなかったようで、そこは面倒な説明をしなくて済みそうなことになった。

「怖いよね、いきなりこんなことされるなんてさ」

「ああ、本当にそう思う」

 空太が答える。

 そして三人は今後どうするかを話し始めた。が、透子は不自然に固まったまま何も出来ないでいた。怪我した体に無茶をさせた代償は確実に来ていた。

「えっとさ」

 三人の話を切るように透子は言った。

「もう、あいつら追ってこないよね?」

「ああ、多分な」

「じゃあ、ちょっと泣いて良いかな、私」

「は?」

 言うなり、透子は樹にもたれかかって腰を地面に落とし、右足を押さえて呻いた。

「痛いよう……」

 すすり泣くような声だった。

 そんな透子を、三人は見ていることしかできなかった。


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