第3話 事情
「思ったんだけどさ」
木の丸テーブルの周りに三人で座った直後、セムが口を開いた。
セムが二人を連れてきたのは、街のはずれにある図書館だった。子供も大人も作業をしているせいか、人ひとり見当たらない。
「ノエとフランシスカって、見た目が似てるだけで全然違うよな。フランシスカはすごく上品で女の子って感じだけど、ノエは・・・男っぽくてがさつっていうか」
「あ?」
ノエはセムの足をテーブルの下でぐりぐりと踏む。セムが悲鳴をあげた。
「ど、どうしましたのセムさん」
「あ、大丈夫大丈夫。それより、なんでこんなところに王女がいるんだよ?」
ノエは目の前の、自分とそっくりな・・・でも身分は対極の少女に問いかけた。
フランシスカは気持ちを巡らすように、テーブルの木目に目を落とした。セムも興味津々といったようにフランシスカを見つめている。
「分かりました、説明しますわ・・・・」
フランシスカは顔を上げて、小さくでもはっきりとした声で話し出した。
「この国、ベガは、あなた方平民も知っているように、西側は隣国ノヴァに面しており、他は波の強い東の海に囲まれています。そのためほとんど兵士を使う機会がないのですが、このところノヴァ国がこちらに侵略してきたのです。そのため兵を取り仕切るバロンたちが力を持ち始めました。・・・バロンは知っていますよね?」
「うーん・・・知ってるような知らないような」
首をかしげたノエに、セムが目を見開く。
「はあっ、お前知らないのか?王直属の家臣だよ。貴族階級で、領主たちの上の立場のやつら!」
「え、あのくそムカつく領主の上がいるのか?」
「そうだよ、小さいころ教わったし本にも書いてあっただろ。なんで覚えてねーの?」
「・・・うるさい」
見下すようなセムの腹にひじ打ちを入れる。ぐふっとセムが声を漏らした。ノエは、唖然としているフランシスカににこりと笑いかける。
「あ、ごめん、続けて」
「え、ええ・・・バロンの中でも特に力を持つ一人が、父上・・・つまり国王ですわ、父上に私との結婚を要求してきたのです。」
「婚約!?」
「セム、うるさいよ」
「バロンの力が無ければ兵士を使えませんし、反乱されたらどうしようもありません。悔しいですが、国王の支配力は衰えてきているのです。父上はわたくしとの婚約を認めました。私は本当に嫌だったのですが、もっと嫌だったのは昨日のことです。そいつが私が一人きりのときに私室にやってきて・・・き、キスをしてきたのです」
フランシスカが顔を歪めてうつむいた。
「その後すぐに召し使いが来ましたが・・・父上はあやつの要求を拒むことはできません。あやつと結婚するぐらいなら、あんな城にいるくらいなら、死んだほうがマシです。ずっと前見つけた、私だけが知っている地下道を通って森まで来ました。絶対にあの城には戻りたくありません!」
フランシスカは一言一言をかみしめるように言い切ると、顔を手で覆った。
セムが不安そうな顔でノエのほうを見る。
ノエはふっとセムから目をそらして、窓の外を見つめた。
「ねえ」
フランシスカに話しかける。フランシスカは涙目でこちらを見上げた。
「長ったらしい話だったけどさ、要するに婚約が嫌で逃げだしたんだよね?生活に困っているとかじゃないんでしょう、王女なんだから」
「え、ええ、召し使いが城にはいますから」
怪訝そうなフランシスカの声。ノエの心の中にはもやもやとした黒い感情がノエの心の中でふくらんでいった。
(婚約が何だ。死んだほうがましってどういうことだ。嫌だってだけで、贅沢し放題の城から逃げてくるなんて)
ノエはフランシスカの顔をにらみつけた。
「悪いけどあんたには同情できない。自分を悲劇のヒロインだと思いすぎだろ」
フランシスカの顔が真っ青に変わる。セムがノエの肩をつかんできた。
「ノエ、何言ってんだよ!」
「うるさいセム、私はムカついてんの。うちら平民の暮らしも知らずに来たお嬢様だよ?」
「だから言い過ぎだって」
「あなたこそ」
フランシスカがぽつりと言った。目を移すと、フランシスカもまた、涙が残る茜色の瞳でノエをにらんでいた。
「私たち王族にどれほど自由がないかおわかりにならないでしょうね」
「じゃあ、入れ替わってみるか?」
「え?」
ノエの突然の提案に、フランシスカもセムも目を丸くした。
「なんでか知らないけど、私たちはめちゃくちゃ似てる。服を変えて入れ替わるってのはどうよ?」
「な、なにを言って・・・」
「そしたら私もお前のきらってる暮らしが分かるし、お前も城から逃げられるよ」
フランシスカは口をつぐんだ。
沈黙が三人を包み込む。カチ、コチと古時計の音が図書館の中に響いた。
フン、とノエは鼻をならす。
(ほら、やっぱり無理だろ)
「いいですわ」
「は?」
今度はノエが目を丸くする番だった。
「入れ替わりましょう、ノエ。服を交換すれば誰にもわかりませんわ」
「へー・・・」
ノエはにやりと笑う。フランシスカも胸をはって、ノエを見下す体勢になった。
「後悔しても知らないよ?」
「そちらこそお気をつけなさい」
鏡に映したかのような二人の間に、バチバチと飛び散る火花。セムはあきれたように彼女たちを見くらべた。
「あー、こいつらの共通点、もう一つあるな。」
言い争う彼女たちの耳には、セムの声は聞こえない。
「負けず嫌い」
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