第2話 逃亡

右と左にいるノエを見比べながら、セムは思わず目を擦った。

 髪と目の茜色も、きりっとした眉も、鼻の高さも、まるで鏡に映したかのようだ。

 だが、驚いているのはセムだけではなかった。二人のノエも目を丸くして見つめあっている。

「え、なっ」

「だ、誰だよお前」

「そちらこそ誰ですの!?私のまねごとですか?」

「はあ!?」

 後から来たノエが大声を上げる。こほんと咳払いをして、不服そうにノエは頭をかいた。髪がさらりと揺れる。

「私はノエ。この町に住んでる平民の16歳だ。生まれたときからこの顔だよ。そっちは?」

 先にいた少女が一瞬目を落としたかと思うと、観念したかのように顔を上げた。

「私はフランシスカ。同じ16歳ですわ。・・・遠い町からやってきましたの。」

 ようやく頭が冷えてきたセムは、やっとのことで口を開いた。

「お、俺はセム。なあ、なんでおまえノエに似てるんだ?」

 ノエ、もといフランシスカは上品に首をかしげた。

「私が知っていると思いまして?こんな赤い髪、城のもの・・・いえ、親戚にもいませんもの。ノエさんを見たときに、私がもう一人いるのかと思いましたわ」

 うんうん、とノエもうなずく。

(ドッペルゲンガー・・・かな?)

 遠い昔に本で読んだ記憶がよみがえった。世界には三人同じ顔をした人がいるという。ただ、二人が出会うと死んでしまう、とも書いてあった。

 その記憶と同時に新たな記憶も舞い込んでくる。

「あれ、たしかフランシスカって、王女様の名前じゃね?」

 このベガ国には王子が生まれず、一人っ子である王女フランシスカの名は本でも新聞でもよく見かけた。

 ああ、とノエも顔をこちらに向ける。

「そういえばそうだね。ま、そんなわけないけど」

 二人してフランシスカのほうに目をやった。

 そういえば、妙に高級そうなドレスを着ている。口調も平民とは思えないほど上品だ。

 彼女は目をあちらこちらにさまよわせている。

 ・・・こころなしか冷や汗の量も多い気がするな。

「え、うそだろ。フランシスカ?」

 セムの問いかけに、震えた声でフランシスカがつぶやく。

「ち、ちがいますわ。私は決してこのベガ国の第一王女フランシスカなどでは・・・」

「「えええええ!?」」

 ノエとセムは同時に叫んだ。

(な、なんで!?なんでこんな平民の街に王女がいるんだ!?)

 開いた口がふさがらない。フランシスカがしーっと人差し指をくちびるに当てた。

「静かにしてください!秘密で抜け出したんですっ」

「あ、悪ぃ・・・なんでこんなところにいるんだよ?」

 セムのヒソヒソ声に、フランシスカは目を伏せた。

「それは・・・」

「なんだ?なに騒いでるんだ?」

「あの声はノエだな。おいどこだ、仕事に戻れよ」

 大人の声と近づいてくる靴の音に、三人ともハッとした。

(やばい、王女を見られたらヤバい!)

 セムは慌ててノエとフランシスカの腕をつかんだ。

「こっち来い!」

 三人は春の朝の町の中を、転がるように駆け出した。

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