第1話 邂逅

「ふうっ」

 セムは重い木の箱を下ろして、額にうきでる汗を腕でぬぐい取った。春になり行商人が街に来るようになってから、このところ毎日荷運びを手伝わされている。

(今月は学校、行けるかな)

 叶わない思いがちらっと心をかすめるが、首をふってもう一度箱を持ち上げた。

「ん?」

 セムは、道の先に少女が立っているのに気が付いた。少女は不安そうにあたりを見回している。

「ノエ?」

 幼馴染の少女、ノエだ。この国では珍しい茜色の長い髪と、同色のきりっとした大きな目。小さいころから男っぽい口調とがさつな性格の持ち主だ。

 ただ、いつもと違うのは、くたびれた茶色のスカートとエプロンではなく、見るからに上等そうな薄桃色のドレスを着ていることだった。絹だろうか、柔らかそうな布地が美しいドレープをつくっている。

「おーい、ノエ」

 叫びながら駆け寄ると、ノエはびっくりしたようにこちらを見た。

「ノエ、どうしたんだよその恰好。どっから手に入れたんだそんなの」

「ノエ・・・?」

 ノエが小首をかしげる。そのしぐさに思わずセムは笑ってしまった

「ぷっ、ノエ、どうした?女の子らしくイメチェンかよ」

「ノエって誰ですの?」

「はあ?」

 セムはノエの顔をまじまじと見つめた。

「ノエはお前だろ、どうした?」

 よく見知った、大きな目が怪訝そうにこちらを見つめている。その表情にセムはまた吹き出した。

「いや、お前おかしすぎだろ。エイプリルフールはもう過ぎたぞ?」

「だから、ノエって誰ですの?」

 いよいよ笑いが止まらなくなってしまった。

「なんだよそのしゃべりかた。女の子っぽくしようとしてもノエには無理だよ」

「誰がなんだって?」

 後ろから怒りを含んだ声が聞こえた。

 と、同時に、背中に衝撃が来る。思わず箱を落としそうになってこらえた。

 しかし後ろを振り返ったセムは、今度こそ箱を落として、尻もちをついた。

 ガチャン、と箱の中のものが割れる音がする。

「の、ノエ!?」

 振り返った先には、こちらをにらみつける茜色の瞳と髪。くたびれた仕事用のワンピースを着たその女の子は、間違いなくノエだった。

(ノエが二人・・・・?)

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