第9話 第二章(3)
「……ううん、面白いことは面白いのだけれど」
「え? 何か不味いことでも?」
「オリジナルを作った方が良いと思うわよ。……これ、あるライトノベルの設定をパクっているだけじゃない?」
「うぐっ。パクリとはひどい……。そんなことはないはずです!」
「では、少年の目の前に突然やって来たシスター。そしてそのシスターは完全記憶能力を持って魔道書の知識を蓄えている。しかし彼女は一年ごとに記憶を失わなければ、死んでしまうという……。これって『とある魔術の禁書目録』、その設定のパクリでしかないわよね?」
「ぱ、パクリじゃありません! オマージュって言うんです」
「同じよ、それは」
「あなた、結構本は読んでいるようだけれど……ライトノベル? それとも普通の文庫本?」
「ライトノベルが主になってると思います。特に、電撃文庫と角川スニーカー文庫を中心に読んでますね」
「成程。あの二つなら私もよく読むわ。……でも、それとこれとは話が別。小説にはオリジナリティーが必要だもの。オリジナリティーがなければ何も話がうまくいかない。小説とは、芸術とは、そういうものだもの」
「そういうもの……ですか。ううっ、未だ未だ先は長いようですね」
「でも、考え方は嫌いじゃないわ」
「ありがとうございます」
原稿を千葉先輩に手渡す恵。
「これからも頑張って、書くことをオススメするわ」
「……なあ、さっきから言っておきたかったことがあるんだけれど」
「何?」
「どうかしましたか?」
「いや、あの……、二人の関係的に敬語を使うのは逆なような気がしてならないんだよな……」
「ええっ。ああ、でも確かに……。でも、良いですよ? 普通に話して貰えれば。それに、私よりもあなたの方が上でしょうから……」
「上?」
「その、小説を書いた時間というのは……」
「ああ、そういう意味で。それなら確かにその通りかもしれないわね。それに、私はそれ程気にしていないけれど、もし気にしているようなら今から敬語を使っても良いけれど?」
「いや、大丈夫ですよ。私はそれをあまり気にしていませんから。……けれど、まあ、他の人間には注意してくださいね。あくまでも、私だけの関係と思っていてください」
そりゃまあ、当然のことだろう。
そう思いながら、僕は本を読み進めていた。
今日の本は、『ビースターヒーロー ある英雄の落日』。母さんがデビュー一年目に書いた、僕宛に書いた小説だ。ファンタジーものであり、獣の顔をしたヒーローが戦うというものだ。しかしながら内容は難解なもので、どちらかというと子ども向きというよりかは大人向きと言ったほうが良い作品だと言えるだろう。
「で? 真央くんはやっぱり小説を書いてくれないの?」
「だから僕は書かないと言っているだろうが。……どうしてそこまでして書かせたいんだ? というのはもう聞いたから言わないでいいや」
「何よそれー! 言わせようとしたと思ったから、私は言おうと思ったのに!」
「……飯塚真凜先生の息子なのでしょう? ならば、小説の才能も引き継いでいるような気もしますけれど……」
「それはどうかは分からないな。あくまでもそれはただの勝手だ」
「でも、書かないと何も始まりませんよ? 今まで中学校の読書感想文とかで文章を書いたことはないんですか?」
「ないよ。だって僕は小説を読むことぐらい毛嫌いしてたんだ。今になってようやく読み進めるようになったぐらいだ。だからその時の読書感想文は無理言って母さんに書いて貰ってた」
「何それ! 飯塚真凜先生に書いて貰うなんて、それこそエッセイみたいなものじゃない! いや、違うか? でも、どちらにせよ、普通に原稿として提出すればお金になるものだっていうのに」
「そりゃそうかもしれないな。でも、我が家にとってはそれが普通だったんだ」
「普通……ねえ。それはそうかもしれないけれど。でも、それは大きな間違いよ、はっきり言って」
「まあまあ、そんな血気盛んに言わなくても……。良いじゃないですか、そういう家庭もあった、ってことで。それに飯塚真凜先生がそういう環境にあったなんて面白いじゃないですか。そんなこと、後書きにも書かれませんよ、絶対に」
そりゃそうだろうな。
家庭の事情なんて後書きとか、況してやSNSに書くことはしないだろう。
「……話は変わるけれど、これから文芸部の会議を始めても良いかしら?」
唐突に。
唐突に恵はそんなことを言い出した。
会議って――三人しか居ないのに何を話し合い、何を決めるというのだろうか?
「具体的に、私達はある目標を立てることにしたわ。これを見て!」
そう言って、彼女はパソコンのモニターを僕達に向けようとする。
しかしなかなかモニターが動かないので、僕達が見に行く形になる訳だが。
「……日本小説同人誌即売会『Text-Communications』?」
「そう! この『テキコミ』に参加することが私達の第一目標になるわ!」
「……いったい何を出すんだ? というか、先ず、同人誌とはいったい?」
「私も気になります……」
「同人誌というのは、資金を出し合って作る雑誌のことよ。簡単に言えば、商業とは違う、冊子のことを言うわね。もしかして二人とも同人誌のことを知らないの?」
「いや、知らないけれど……」
「私もです……」
「知らないなら教えてあげる! 同人誌、特にオリジナル小説の同人誌というのはかなり難しい立ち位置に立たされているわ。売れると言うことは先ず有り得ない。百部印刷すれば百部捌けることは先ず有り得ないの。中には五十部印刷して十部も売れないなんてケースもある訳。正直言って、同人は赤字になって当たり前と言っても良い立ち位置にあるものよ」
「そんなものに僕達を関わらせる、と? ……そんなの、親をどうやって納得させれば良いんだよ。恵の言った話が正しければ、僕達もお金を出さないといけないんだろ?」
「あなた達が出すのは、一万で良いわ。残りは私が出す」
はっきりと。
そう、あっさりと彼女は言い放った。
一万で良い、って言うけれどな……。
「そもそも何を出すつもりなんだよ?」
「そんなの分かりきっているじゃない」
一言。
たった一言、彼女は言い切った。
「……小説の同人誌を出す。合同誌よ。それをやりましょう、と私は言っているのだけれど?」
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