第10話 第二章(4)

 合同誌。簡単に彼女はそう言ってのけたけれど、しかしながら、それについて疑問を抱くのも確かなことであった。


「さっきから聞いていればあれやこれやと言っているが……。それがほんとうに成し遂げられると思ってるのか? 僕は出来ないと思ってるが」

「どうして? 誰も彼もやってみないと何も始まらないわ。あなたがたとえ、それが嫌いであったとしても、私はこれをやることは既に決めたのだから。もし誰も参加しないのなら、私だけで原稿を書き上げることになる訳だけれど?」

「……いつになるんだ」

「うん?」

「いつやるんだ。そのテキコミとやらは!」

「八月の終わりぐらい。だけれど、一ヶ月前には入稿しないといけないから実質あと一ヶ月とちょっとになるかしらね。簡単なことではない、ということは確かかしらね」

「……じゃあ、それをやらない方が良いんじゃないか? さっき言った賞への応募だけでも充分過ぎると思うのだが」

「みんなのスキルアップと、同人小説家の皆さんに挨拶するのも重要なことよ」

「どう、重要なんだ……?」

「スキルアップは言わずもがな、同人小説家と交流を持つことで、良い仲間意識とライバル心が根付くわ。……それに、良いアドバイスを貰えることも多いしね」

「そうなのか?」

「そうなのよ」


 そう言われたら仕方ないと頷くことしか出来ないのだが。


「テキコミには……どれくらいの文字数を書けば良いんですか……?」

「よくぞ聞いてくれたわね、あずさ。……大体一万から一万五千文字ぐらいになるかな。それぐらい書けば四人で三万から四万五千文字。大体薄めの文庫本一冊分ぐらいには出来上がるはずだから。まあ、最初はそれぐらいがちょうど良いでしょう」

「うん? 最初と言ったな、今……。お前も参加したことないのか?」

「ええ、そうよ。私も参加したかったのだけれどね……。一般参加は何回か経験があるけれど、サークル参加は初めてよ」

「その、一般参加とサークル参加の違いって何だ?」


 そもそも僕はイベントのいの字も知らない訳だが。


「一般参加は、いわゆるサークルに本を売って貰える側。イベントを楽しみにやって来た人間ということ。サークル参加というのは、いわゆる人に本を売る立場。イベントを楽しみにしていることには変わりないけれどね」

「へえ……。ところで、そのテキコミって有名なイベントなのか?」

「有名よ! 何でも『ミスティ・ダーク・オンライン』の作者が毎回テキコミに参加しているぐらいなんだから」

「ミスティ・ダーク・オンライン……ああ、聞いたことあるな。アニメか何かでだったかな?」

「ミスティ・ダーク・オンラインは、ライトノベルで一千万部を売り上げた金字塔的作品なんですよっ! 通称、MDOと呼ばれる作品は文字通りダークなファンタジーが広がっていると言われている作品の一つです」

「そんな作品があるのか……。何というか、世界は広いな。で? そのミスティ・ダーク・オンラインの作者はどれくらいで売り上げるんだ?」

「量は知らないけれど、三十分もしないうちに完売させるそうよ」

「……何だって?」


 そんな凄いイベントなのか、テキコミって?


「そもそも、ミスティ・ダーク・オンラインの作者は昔からオンライン小説を上げていたし、イベントにも昔から参加していたしね……。だから、その信頼と実績がある、というものよ。私達と比べちゃいけない」

「話を戻すが」

「うん?」

「僕は小説を書かないからな」

「嫌よ。あなたに書いて貰わないと何も始まらないの。どんなテーマでも良いから、どんな内容でも良いから、くだらないものは流石にお断りだけれど、良い物を書いてくれると信じているから!」

「そう言われてもな……。やっぱり僕には才能なんてないんだよ。書きたいとも思わなければ、書こうというアイデアも出てこない。やっぱり僕は小説家には向いていないんだよ」

「向いている向いていないは、分からないわよ。実際問題、一作書いてみたらその作品が有名な賞を受賞したなんていうケースもよくある話だし。あなたも全然珍しいことじゃないと思うわ。……飯塚真凜先生の息子だから、書いても面白い物にならない、と思っているの?」

「……それは」

「図星ね」


 彼女は言い放った。

 僕は未だ何も言っていないのに、彼女はそう言い当てたのだ。


「……でもまあ、強制は出来ない、というのも確かね。あなたが小説を書いてくれないと何も始まらない、とは言ったけれどそれは嘘。あなたが小説を書こうが書くまいが、何も始まらないし何も終わらないのが事実。けれど、そうであったとしても、私はあなたに小説を書いて貰いたい。書くべきなのよ、あなたは」

「……才能がないと思っていても?」

「いいや、才能は絶対に受け継がれているはずよ」


 考えさせてくれ、と僕は言った。

 そうして僕は鞄を持って、そのまま教室を出て行くのだった。

 小説を書いてくれだの、書いて欲しいだの、そういう話はどうでも良かった。

 今はそう――どうでも良かったのだ。

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