第8話 第二章(2)
……何だって?
それについては、追々考えさせて貰うと言ったばっかりのはずだが?
「……恵、さん? それについては、追々考えさせて貰うと言ったばかりでございませう?」
「でもそれって、つまりは『いつかやる』ということで良いのよね。言質は取ったわよ」
畜生、言質を取られた!
しかし、ここで立ち止まってはならない。もっと話をしなくてはならない!
「いや、いやいや。それは間違いってものだぜ、恵。僕は書こうとは一言も言っていない。確かに追々考えさせてくれとは言ったが、それは追々『可能性について協議する』ということであって、必ずしも書くとかそういう問題ではないのだ……!」
「ずるいわ。そう言って逃げるのね」
いや、逃げるとかそういう問題ではなくて……。
「まあ、良いわ。あなたには最終的に作品を一つ仕上げて貰うから。そうじゃないと、ここから出て行くことを許さないから」
「書かないまま卒業したら?」
「大学に通っていても、ここに来て書いて貰うわよ」
そりゃひどい。
「……その言い方ってないんじゃないか。何というか、頭が悪い」
「頭が悪い、ですって……。そんな言い方されるなんて思っても居なかったわ」
おや、地雷を踏み抜いてしまったか?
でもまあ、やって来て直ぐの人間にそんな罵倒されたらそりゃ卒倒するか。
「……あの、」
そんな僕達の言葉に割り入れて入ってきたのは、一人の少女だった。
いつの間に入ってきたのだろう。ノックはしたのだろうか。というか、風貌的には僕より幼く見えるが……。
「あなた、いつの間に入ってきたの? ノックはした?」
やっぱりそこが気になるよな。
「はい。しました。けれど、返事がなくて。……でも、盛り上がってくるのは伝わってきたので、しばらく歓談して貰おうかと思っていて」
歓談して貰おうって。
いや、そういう考えに至るのもどうかしている気がするのだが。
「……それで? あなたは何をしにこの文芸部に?」
「あの、私、文芸部に入りたいと思って。ここにやって来たんです。何でも、一年生が文芸部を開いたって言うんで。だったら、私も負けていられないなって思って」
「……うん? 一年生、と明言するということは?」
「はい。私、これでも二年生なんです。名前は千葉あずさと言います。……よろしくお願いします」
こうして。
文芸部三人目の部員が、あっさりと入ってくることになるのだった。
部活動は最低三人以上必要とされている。
理由は役職(部長・副部長・会計)がそれぞれ兼務することが出来ないから。
そして、部活動が学校からお金を手に入れる――要するに予算が降りてくるには、それなりの『肩書き』が必要である。普通の部活動なら大会に行ってベスト8になるとか、優勝するとか、それぐらいになれば肩書きとしては充分だろう。
しかしながら、文化部、それも文芸部の肩書きとなるとかなり面倒なことになるのは間違いなかった。
「だから、私は予算を貰うためにも、賞の選考に通らないと行けないのよ」
「……そんな理由があったのか」
「まあ、私という存在が何処まで太刀打ち出来るのか、ということも調べたいのだけれどね。私にとっては、それも良いことだと思っているし」
「……でも、賞の選考に通るのはマストなんだろう?」
「そりゃ、そうだけれど……」
「だったら、頑張らないといけないじゃないか。僕のことを考えてる場合じゃないだろ。自分の小説を書いて、自分の小説を送らないと」
「そりゃ、そうなるけれど……」
「ねえねえ、ちょっと聞きたいんだけれど……」
「はい?」
千葉先輩が声をかけてきた。いったい何があったのだろう?
「二人って、どんな関係なの? ちょっと気になるんだけれど」
「……た、ただのクラスメイトですよ。それ以上の関係でもない」
「そ、そうよ。それ以上の関係でもそれ以下の関係でもないわ!」
「そうですよねえ……」
ニコニコと笑みを浮かべながらこちらを見てくる千葉先輩。
ご、語弊があるようだが、そんなことは一切ないんだぞ。絶対にだ。
「ところで、ほんとうに会計で良いの? もしあなたさえ良ければ部長や副部長にだってなることは出来るのに……」
そう。
先輩は高校二年生だ。だから、先輩さえ良ければ、寧ろ部長や副部長になった方が良いというのは確かなところだろう。実際問題、僕も恵も、ここにやって来て僅かな時間しか経過していない。時間に関する差は、殆どないのだから。
「いえ、問題ないですよ。私は、別段気にしていませんから。それに……、会計の仕事も色々と楽しいですから。うふふ」
そう言って貰えるなら、嬉しい限りだが……。
「取り敢えず、私はこのままやっていくだけで問題ないですよ。それより、見てください!」
そういえば。
千葉先輩は、何か大きな紙袋を抱えているのを思い出した。いったい全体、何を抱えていたのだろうか。
「これは?」
「これは、私が書いた小説です。是非誰かに読んで貰いたくて」
「……私で良いの?」
「ええ。あなたに読んで貰いたいんです。文芸部の部長であるあなたなら、良い意見を聞けるだろうと思って」
そう言われてしまっては仕方がない――彼女もそう思ったのだろう。
そう思っていたかどうかは分からないけれど、取り敢えず彼女は小説を読み進めることにするのだった。
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