第4話 第一章(2)

 放課後。僕は母さんに、クラスメイトに学校のことを教えて貰うことになったから遅くなる、ということをLINEで伝えて、教室で恵のことを待っていた。何せ彼女は魔女である前にただの学生だ。先生に呼び出されることだって、クラスメイトに呼び出されることだってあるだろう。そんな彼女を待ちながら、僕はクラスでスマートフォンを操作していたのだが。


「なあ、……ええと、真央だったっけ?」


 声をかけてきたのは、僕の前に座っている小泉だった。小泉は成績優秀という訳でもなければ、スポーツが万能という訳でもない。ただの普通の学生だった。部活動は……確か入っていないって話だったな。何故そこまで知っているのかというと、休み時間に話をしたからだ。後は五限の体育の時間とか。ほら、そういうのって近いところで二人組になって、って言うだろ? で、うちのクラスはちょうど偶数だから余りが出ないんだ。……僕が居ない時は奇数だから余りが出ていた、ってことになるんだろうけれど。


「うん、そうだけれど」

「LINE交換しねえ?」


 スマートフォンを振りながら、彼はそう言った。


「良いよ。どうやってやる?」

「そりゃ、もう、これだろ」


 スマートフォンを振りながら、彼はそう答えた。

 ああ、成程。確か、スマートフォンを振ると、それだけでLINEの連絡先が交換出来るシステムがあったようななかったような。

 それで小泉と僕はLINEの連絡先を交換する。


「よしっ、これで連絡先交換出来たな。いやあ、何かあったら連絡するぜ?」


 何があったら、って。例えば何があったら?


「例えば、授業の問題が分からなくなった時とか……」


 頼るのかよ。やって来たばかりの転校生に。


「だって、真央、頭良いだろ? 今日も国語の授業、パーペキだったぞ」


 パーペキって今日日言わないよな……。


「あっ! ずるいずるい! 私もLINE交換する!」


 そう言ってきたのは恵だった。どうやら僕と小泉が連絡先を交換していたのを見ていたようだった。そう言い出すと、恵もスマートフォンを取り出す。赤いAndroidの携帯だった。ちなみに僕は黒のiPhone。別にiPhoneが良いという訳ではなく、iPhoneにしないと駄目だと家族から言われたことが原因なのだけれど……、まあ、それについては言わなくても良いだろう。

 そのまま、僕は恵とLINEの連絡先を交換した。


「よしっ、これで私も仲間ね! 何かあったら連絡するからね!」


 だから、何があったら連絡するんだよ?

 というか、先生からの呼び出しは問題なかったのか?

 僕は訊ねると、首を傾げて。


「先生からの呼び出しなんてされてないよ。私は一人で先生の場所に自ら向かったの。だから、何も悪いことなんてしてないんだから」

「……そうか。で? これから僕を何処に案内してくれるんだよ?」

「こっちこっち!」


 鞄を持って僕は恵についていく。

 小泉が手を振って僕を送ってくれたので、僕も手を振ってそれに答えるのだった。

 恵と僕は校舎を歩いて行く。その間、色々な場所を紹介してくれた。例えば、図書室には沢山の蔵書が存在するとか、体育館にはバスケットボール部の部室が併設されているとか、食堂の隣にある売店には様々な道具が販売されていて時折こんなものも販売しているのかと驚くぐらいのものが置かれているだとか。

 それにしても、沢山のことを知っているものである。僕は、何というか羨ましさすらあった。いや、彼女が僕よりも長くこの学校に居たことは自明なので、別に問題など何一つ存在しないのだけれど。


「ここが文化部の部室棟よ」


 そう言われて、僕は前を向く。

 校舎から少し離れた位置に存在する、二階建ての建物。

 十個の教室が存在し、その全てが文化部の部室なのだという。……成程、確かに部室棟に近づくと、ドラムの音が聞こえてくる。これは軽音楽部かな?


「この部室棟には軽音楽部、コンピューター部、将棋部、囲碁部、吹奏楽部、漫画部、クイズ部、茶道部、写真部、そして文芸部の十個の部室がひしめき合っているのよ」

「へえ、そんなに沢山の部活動があるのか……。それで? 恵は何の部活動に入っているんだよ」

「よくぞ聞いてくれました! 私が入っているのは……、こちら!」


 そう言って、一番奥の部室を案内する恵。

 かすれた文字で書かれた看板には、こう書かれていた。


「……文芸部?」

「そう。文芸部! ようこそ、文芸部へ!」


 そう言って、彼女は扉を開ける。

 中を見ると、壁を覆う本棚が僕を出迎えてくれた。

 その本棚には大量の本が敷き詰められており、一部抜けもあるように見えた。

 真ん中には長机と椅子が置かれており、パソコンが一台奥に置かれているようだった。

 パソコンだけではない、プリンターも置かれているようだが、そのパソコンとプリンターは埃を被っていて、あまり使われているとは言い難い。


「……ええと、文芸部? は、一人で活動しているのか……?」

「先輩が卒業しちゃってね。今は私一人なんだ。だから、部活動というよりもその下のグレードに落ちる。正確に言えば、同好会という立ち位置になってしまうのだけれど」

「ははあ、成程。……それで? まさか僕にこの部活動に入れ、なんて言わないだろうな」

「……駄目?」

「何で入らないといけないんだ。……しかも、文芸部に。まさか小説を書けなんて言わないだろうな?」

「ええっ、駄目なの?」

「書かない。僕は小説は書かないと決めてるんだ」

「お願いお願い! 最初に友達になったよしみで、入ってくれない?」

「……そう言われるとずるいなあ」


 確かに、彼女とは最初に友達になった仲だ。それを考えると、部活動に入ることも悪くない。それに、これから部活動に入ることを決めなくてはならなかったのだ。どの部活動に入るかも決めていなかった僕にとっては、帰宅部にするほかないと決めていたばかりだった。それを考えれば、この部活動に入ることも悪くないか……。

 そう思いながら、僕は頭を掻いて。


「分かった、分かったよ。だから頭を上げてくれ。……入る、入るよ」

「ほんとう? 良かった。実はあなたの入部届を受け取ってきていたのよね。ほら、これ」


 だから先生に会いに行っていたのか。

 それにしても僕が入らないと言っていたらどうするつもりだったのか……。

 そんなことを考えながら、僕は椅子に腰掛ける。

 彼女は一番奥の椅子に座ると、机の引き出しからあるものを取り出した。

 原稿用紙と万年筆。いずれも小説を書く時には必須となるアイテムだった。


「……まさか、そのパソコンはただのガラクタか?」

「そ、そんなことないわよ! たまに使ってるもん……」

「例えば何に?」

「例えば……賞に応募したりとか」

「他には?」

「文芸部のホームページの更新とか!」


 ほう、使ってはいるようだな。


「じゃあ、それを使って、小説を書いたりはしていないのか?」

「パソコンが苦手だからね。というか、パソコンだと書いてる気がしないのよ。やっぱ、手書きよ。手書き」

「今の賞って手書きで出している方が少ないような気がするのだが……。母さんだってもうデジタルで書いてるぞ」

「ええっ、飯塚真凜先生が?」

「フルネームで呼ぶな、フルネームで」

「ごめんなさい……。でも、まさかそんなことがあるなんて」


 僕は書きかけの入部届から手を離すと、恵に近づいた。

 正確には、恵の前にあるパソコンに近づいた、のだが。


「な、何よっ」

「良いからどけ。ちょっとパソコンを見るだけだから」


 恵は素直に退いてくれた。それを見て、僕は恵の座っていた席に腰掛ける。

 

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