第一章

第3話 第一章(1)

「……ねえねえ、あなたのお母さんって飯塚真凜先生なのよね?」

「そうだって、さっきも言ったじゃないか。……それとも、何かご不満な点でも?」

「全然! だって、あなたのような人がやって来るなんて思いもしなかったから!」


 という訳で、昼食。

 この高校は学食のスタイルを取っていて、要するに僕達は学食に出向くことになっていた。日替わり定食四百円に始まり、ラーメン三百円、チャーハン二百円、Aランチ五百円、Bランチ五百円。何というか普通の高校に比べると少しリッチなような? ……まあ、そんなことはあまり気にしていないのだけれど。


「ねえねえ、色々と話を聞きたいのだけれど、やっぱり、作家って原稿用紙に包まれているイメージなの?」

「それってどれくらい昔の話だよ……。今はPCで仕事してるよ。プリンターで印刷して、赤ペンで手直ししてる。それって、特段珍しい話じゃないように見えるけれど?」

「ああ、そうね。そうだったわね!」


 今日の日替わり定食はメンチカツ。付け合わせのサラダに味噌汁、それにライス(大盛りは無料だ)がついて四百円というのは学生の懐事情にも有難いように思える。

 僕は日替わり定食をすかさず注文した。母さんから貰ったお小遣いは五百円。百円は余る計算だ。……百円じゃジュースも買えやしない。今度抗議して六百円に上げて貰おう。


「私はAランチ。今日はハンバーグ♪」

「……贅沢だなあ」

「え? 何が? どうして?」

「……そこで共感出来ない価値観が既に僕と君の間で問題になってるんだよ」


 でもまあ、それ以上は言わないでおこう。

 女性にきつく当たるのは、僕のポリシーに反する。ポリシーなんてあるのか、って話になってしまうけれど。

 彼女がAランチ、僕が日替わり定食を注文すると、厨房に居るひげ面のオジサンが調理を始める。その間にカウンター側に居る女性がよっせよっせとした様子でご飯をよそり始める。


「ご飯、大盛りで良い?」

「いや、普通で良いです」

「何だい、ちゃんとご飯は食べないと駄目だよ。それじゃ、これぐらいにしておくからね」


 そう言われて提示された量は、明らかに普通よりも少し多い量だった。

 だから、普通だと言っているのに……。

 膝を悪くしているのか、少し足を引きずりながら歩いていたその女性は、ちゃきちゃきとした性格に見えた。年齢も母さんと同じぐらいに見える。何というか、こういうところで働いている人は、サービス業というのだろうか? いずれにせよ、大変な仕事に就いているということは何となく理解できるのだけれど。

 未だ料理が出来ないので、暇つぶしがてら厨房を覗いてみた。調理はその男性が一人で行っているようだった。というか、それしか居ないように見える。大量に人が居るのに……。でもその人達はただひたすら待っている。正確に言えばスマートフォン片手に待っている、と言った形だろうか。とにかく、料理が出来ていないから困っているという様子ではなさそうだった。


「はい、日替わり定食お待ち遠様(どおさま)」


 メンチカツとサラダが盛られたプレートがお盆の上に載せられる。ちなみに既にご飯と味噌汁は置かれている状態だ。それを見て僕は、ありがとうございます、と一礼し席を探すべく、それを持って動き出した。

 早く出てきたからか、席は結構空いていた。だから僕は窓際の景色が良い席を取った。ここなら目の行き所が見当たらない、なんてことはないだろう――そう思ったからだ。


「あ、良いところ取ったね。私もここ座ろうっと」


 佐々木さんは僕の前に陣取り、席に座った。

 ……何というか、気にしない性格なのか?


「あの、佐々木さん」

「恵で良いよ。どうかした?」

「……あの、どうしてそんなに母さんのことを聞くの」

「だって、あなたのお母さんは有名人だから」

「有名人だったら、その息子のことをどうしても良いと?」

「……そうか。私ったら、気にしないで話をしていたね。ごめんね。私、舞い上がっちゃって」

「舞い上がる?」

「要するに、私の大好きな人に触れる機会が出来て、とても嬉しかったってこと」


 母さんが、恵にとって大好きな人。

 まあ、言っていることは分かる。母さんはベストセラー作家で、今まで数百万部と本を売り上げてきた。だから母さんのことを出版業界では知らない人も居ないだろうし、ワイドショーを見ていないとか、ネットのニュースを見ないとか、そういう人じゃなければ母さんの名前は嫌でも目に入ってくるだろう。況してや、それを大好きだと言う人も居るはずだ。

 そんな状況で、母さんのことが大好きだから、僕に接触した。

 それって、一番効率的なことだと思うけれど、しかしながら。


「……どうしたの? 冷めちゃうよ、メンチカツ」

「……食べるよ。分かってるよ」


 僕は、メンチカツを食べる。

 箸でメンチカツに切り込みを入れる。じゅわっ、と肉汁があふれ出す。そして切り出した一切れを口の中に入れる。口の中にジューシーな肉のうまみとソースの味があふれてくる。何というか、学食でここまでのクオリティを出して良いのか、と思ってしまうぐらいだった。


「美味しいでしょう、ここの学食?」


 恵が僕に問いかけて、僕はハッとする。

 ご飯を食べて、飲み込んで。

 僕はうんと頷いた。


「何か気になることでもあった? 私のことについてなら、ある程度のことなら聞いても良いよ」


 そう言われたので――僕は気になっていたことについて質問することにした。


「さっき言っていた、魔女ってどういうこと?」

「……あなた、知らない? 信楽市には魔女が住むって話」

「……平田先生が言ってたような気がする」


 あれって嘘じゃなかったんだ。


「そうそう、その魔女、よ。十八世紀以降この世界に『干渉』するようになった異世界生命体。今はこの世界に身を置いているけれどね。だって異世界の移動ってなかなか面倒らしいのよ。私は経験したことないけれどね。母さんが全部やってしまうから。……それで、魔女について何を知りたい?」

「いや、どうして、魔女が僕の母さんの小説を読んでいるのかな、って」

「別に? この世界について興味を持つことは悪い話じゃないでしょう?」


 ……そう、言われて。

 僕は何も言えなかった。

 僕は何も答えることが出来なかった。

 確かにそうだ。この世界のことを知ろうとするのは、誰だって出来ることだし、やりたいことだと思う。それについては、否定することでもなければ、肯定することでもない。誰がやっても良いことなのだ。それを僕が、僕自身が、決めることは出来やしないのだ。

 でも、どうして?


「どうして、母さんの小説に興味を持ったの?」

「……うーん、どうしてって言われるとちょっと言いづらいなあ……」


 そうだ! と頭の上に豆電球が光ったような風になる恵。


「どうせなら、放課後に話をしましょうよ。少しぐらい、時間あるでしょう? 部活動について案内してあげる。それに、この学校についても!」


 そう言われて。

 僕は――ほんとうに押しが弱く――否定することが出来なかった。

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