輝ける羅刹
一晩中
自分の
この枯森の異形どもは、おしなべて強力なものの、四肢はそこまで頑強ではない。今日のハーミットは大技を封印し、隙が少なく破断力の高い技を選んで敵に先制し続けた。
餓狼は思考停止しており、回避も牽制も無しに
こうしてハーミットは暴力の波に飲み込まれないよう慎重に、かつ迅速に立ち回った。この戦略は功を奏し、被弾回数は昨日に比べて劇的に減った。
もっとも、全身を餓狼硝子で覆い、更には頭部から硝子の角を何本か生やした輝ける餓狼どもの英傑――羅刹は別だ。
「うっ――」
立ち枯れた木々をなぎ倒しながら突っ込んできた、餓狼よりも更に二回り以上大柄な羅刹。そこには重機の如き迫力があった。ハーミットが間一髪で跳び上がり、見事な体捌きでその頭上を飛び越すと、羅刹の鋭い角が彼の
宙で翻って着地したハーミットが、ぴかぴかと全身スパンコール状態の巨漢を睨み付ける。膨れ上がった四肢からは猛獣の凶暴性が
魍魎の外見は
そして全身に色硝子の装甲をまとい、
まず身体が硬い。あの硝子装甲に阻まれてアーセナル・スキルではダメージが通らない。次に
ハーミットは大上段の蹴りで
では、こいつを無視して先に行くのかというと、それは
羅刹がハーミットに向かってスタートを切った。両手を大きく広げ、野太い雄叫びを上げながら猛然と色めき輝く身体を躍らせてハーミットに迫る。羅刹が
ハーミットは全身に柔軟な
左右から掴みかかってくる両腕をハーミットが屈んで躱す。そのまましゃがみ込んだ姿勢から地面に片手を突き、ハーミットは両脚で羅刹のみぞおちに狙いすました
羅刹は
羅刹は脚を滑らせた先で、たまたま近くにいた海ぶどうの寄せ集めを思わせる魍魎をむんずと掴み、ハーミットめがけてフルスイングした。その反撃にハーミットは素早く反応し、横殴りの魍魎を籠手で受け止め、その勢いを利用して後ろに飛んで羅刹から距離を取った。
憐れにもバットにされた魍魎は、羅刹の腕力と八房の硬さで肉を弾けさせ、ぬめった体液を汚らしくまき散らした。その時、魍魎は果敢にも羅刹に絡み付いて反撃を試みていたが、しかし魍魎が身体中から突き出した無数の
そうして羅刹が魍魎に気を割いた、その余分な一手で生じた
思い切り地面を蹴って一足飛びで羅刹の懐に飛び込むと、地表を滑りながら、しゃがみ込み下段の
ハーミットは倒れ込む羅刹と入れ替わりに立ち上がり、身体をくるりと回すと、片脚を円弧を描くように振り上げて、眼前に下りて来た羅刹の頭部に漆黒の
この世で最も硬い踵が羅刹の脳天を捉えると、
(――やっぱりだめか)
断崖でバンダースナッチの光弾を受け、息も
しめたとばかりに
(重たい!)
通常、【マインフレイル】の爆風は対象を木の上まで打ち上げる。そこに飛び付いて空中で追撃を加えるのが
(――なら、もういっちょ!)
ハーミットが踏み込んで、片脚を矢の如く引き絞り、
落下点に先回りしたハーミットは、周りに餓狼も魍魎もいないことを確認し、大きく息を吸って地上で羅刹が落ちてくるのを待った。
『――ぉおおおおおお!!』
タイミングを見計らって【
それは機関砲のビートを刻みながら放たれる、あらゆる“武器”による乱舞。
空間に描き出された
ハーミットの全身を武器と化した幾十を超える乱撃のリズムは、全身全霊の
【
地表を長く滑って、大量の土埃を巻き上げながら停止した羅刹を
(やっぱり、これは危ないな……)
――この鬼畜魔境の乱戦で無策に使うと死ねる。そう心のメモに書き留めた。
吹っ飛んだ羅刹は【神楽】を全弾受けたにもかかわらずしっかりと立ち上がっていた。頭部の角の数を減らしており、体中の至るところの餓狼硝子が剥げ落ちていたものの、まだまだ殺気は衰えていない。やはり羅刹のタフネスは別格だ。
【鬼哭】の効果が切れる前に、ハーミットが駆けた。
その引き換えに、鬼の健脚が僅かな距離でその身体を最高速に乗せた。ハーミットは風を切る勢いに身を躍らせ、羅刹の頭に狙いをつけた
飛び込んできたハーミットを掴もうとしたのか、羅刹の爪がハーミットに向かって突き出された。しかしそれよりも一瞬早く、一発の弾頭と化したハーミットが放つ超常の蹴りが羅刹の顔面に炸裂し、見事な手応えと共にその頭部を“刈り取った”。輝く巨体は首から血を噴き出して力を失い、重苦しい音を立てて仰向けに倒れた。
【チャージランス】は元々アーセナル・クラスの【ランス】と呼ばれるスキルだが、“跳び蹴り”に異常な
ハーミットの見立てでは、この【チャージランス】では仕留めきれず、再度スタンさせたところで強力な技に繋げる予定だった。ところが羅刹の首は
――よーいドンで
幾らか自信を回復したハーミットは、近くに転がっていた羅刹の頭部を持ち上げて千切れた胴体に近づき、少しだけその死体を検分することにした。
血液は赤い。首の断面には骨が見え、千切れた食道や、未だに血を吹き出す血管などは総じて生き物に見える。胸部の硝子に指をかけて力をかけても、腕力だけでは硝子を剥がせなかった。それは強固に癒着しているようだった。
羅刹の頭部に残されていた角を根元から折り、手に持ってその角を確かめる。縦にちょうど半分ずつ赤と青に別れた、透き通った円錐形の角だ。ふたつの硝子が接着されているのではなく、ひとつの硝子の色が途中で転換しているような、そんな不思議な色合いだった。その時ふと、この色硝子の表面に妙な模様が浮かんでいることに気がついた。角の側面に光が当たると、数本の交差する筋が見えるのだ。光の当たる角度に応じてその筋の位置や形は変化したが、筋の数自体は変化しなかった。
ハーミットは首をかしげた。早朝、枯れた川底で見た色硝子にはこういった模様は浮かんでいなかったと思う。やはりこの角は羅刹の特別な部位なのだろうか。
興味が湧いたハーミットはその赤と青の角をベルトのオープンホルダーに納めた。
そんなことをしていたら、あっという間に異形どもが追いついて来た。先頭の魍魎を前蹴りで跳ね返して後続に押し付けると、ハーミットはもっとじっくり羅刹の身体を観察したい好奇心を抑えて、再び走り出した。
相変わらず太陽は昇っていなかった。だが、昨日よりは若干明るさが増したようだった。
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