一日目
鬼畜魔境#1
鳥は生まれたその時から闘いに魅入られていた。
籠の編目の隙間から天高く浮かぶ栄光の星々を仰ぎ見て、ついには己の脚で星に
鬼となって仲間と共に
鬼は
ハーミット・カゴメは鬼である。
鬼とは、怒り、恐れ、恨み、悲しみなどなど。とにかくそういった人間の
出自がそういったものだから、鬼を
地獄の獄卒として“勤勉に”亡者を
ハーミットが転生した鬼は、まさに闘う鬼だった。
鬼の進化が行きつく先はいくつもあるが、ハーミットはその中でも近接戦に特化した鬼。すなわち〈
鬼の
闘鬼は
世界には魔力が満ち溢れていた。魔力はありとあらゆる超常現象を引き起こし、味方に
その魔力が使えないということは、もはや獰猛な
――されど、何よりも鋭く研ぎ澄まされたその
そして今、その屈強な闘鬼の肉体が
「ぐっ……!」
ハーミットの口からくぐもった声が漏れた。側面からぶつけられた肉塊の、想像以上の重みにバランスを失い、思わずその場でたたらを踏んで足を止めてしまった。
直後、待ってましたと言わんばかりに、地中から鋭い一本の槍が伸び上がり、仰け反ったハーミットの頬を掠めて鮮血を散らせた。
離れた場所にいた、その槍の持ち主――背中から沢山の
戦果は確認しない。息つく暇もなくハーミットは背後に迫った白亜の餓狼に意識を切り替えた。
ハーミットが両脚で大地を掴んで餓狼に
すかさず先ほど肉塊を飛ばしてきた、歩く大砲のような魍魎に目を向けると、その魍魎は既に別の餓狼に襲われているところだった。
目まぐるしく変わる戦況の中、ハーミットが自分へのマークが緩んだことを察して、すかさず包囲網から抜け出すべく地面を蹴った時と、視界に白い壁が広がったのは同時だった。その瞬間、顔面に強い衝撃を感じ、大きく後方に跳ね返されたハーミットの身体が、枯れ木の合間を軽々と飛ばされていく。
ハーミットの飛んだ先には運悪く餓狼が二匹いた。
もみ合いになった末に偶然ハーミットが上を取って停止した。混濁した意識の中、ハーミットが歯を食いしばって血まみれの
がっくりとひと息ついたハーミットだったが、すぐにはっと我に返って立ち上がる。もう一匹の餓狼は既に目前に迫っていた。瞬時に体制を整えたが、その飛び掛かりには対応が間に合わず、肩口に噛みつきを許してしまう。その時、餓狼の黒く塗りつぶされた眼球が至近距離で見えた。それは
このまま地面に押し倒されれば、あの輝く羅刹にしてやられたように
押されてハーミットの両脚がガリガリと地表を削る。餓狼の牙は闘衣に阻まれて肉には食い込んでいなかったが、唸り声と共に加えられる恐るべき
ようやく両脚が地面の上でぴたりと静止し、靴底がしっかりと土を噛んだのが感覚で分かった。その瞬間、ハーミットは肩に噛み付いている獅子なみに大きな頭部を逆に両手で抱え込み、体幹に秘める闘鬼の瞬発力を総動員した
マシンアーセナル・スキル【ジョーブレイカー】による破壊は、ハーミットに噛み付いていた餓狼の上半身を一拍の重低音と共に打ち砕いて無数の肉片と化し、血
――まだ視界が揺れている。先ほど跳ね飛ばされた“白い壁”は効いた。
鼻から垂れた血を手の甲で拭うと、手と顔に激痛が走った。手は灼け爛れて血まみれで、きっと顔もそうなのだろう。視界の一部に朱が混じっているのは血が目に入ったのか、あるいは眼窩から出血しているのか。
ハーミットを打ち据えた白い壁の正体は外骨格型の餓狼だった。腕が肥大化してぱんぱんに膨らんだ蟹の
白亜の外骨格に埋め込まれた色硝子の数が多い。強敵だ――これは自分でも幼稚な推論だと思う。だが、餓狼の強さは埋め込まれた硝子の数に比例しているとしか思えなかった。硝子の数が多ければ多いほど、強い。そして硝子の角が生えていれば極めつけだ。ハーミットはそれを羅刹と呼んだ。
あの白い蟹の餓狼は硝子の角こそ生えていなかったが、羅刹に匹敵する敵かも知れない。
だが、その外骨格型の餓狼も今や別の魍魎に襲われている。四脚多節の下半身を持つゴリラとも言うべき魍魎だ。あれは、大きい――。
ひとたび足を止めてしまうと、こういう事態になる。この森で足を止めてはいけない。もう何度も死にかけた。“密度”が尋常ではないのだ。
今、ようやく襲撃が途切れたことに気が付いたハーミットは全力で駆け出した。瞬時に最高速に達し、そのまま周りの騒乱を縫って光が差してくる方向に疾走を再開する。
ハーミットが走る地面は灰のように色味のないサラサラした表土に覆われていた。所狭しと色硝子が頭を出している。地表よりも硝子の面積の方が多いくらいだ。そのおかげで足場は悪かったが、森の
横から陽光が差した枯森は、全体的に色彩が稀薄だった。舞い上がった表土で
薄暗い枯木の森と、前方から差し込む光によって爛々と輝く色とりどりの硝子。それらのコントラストは絵画的で、もし静かに佇むことができたならば、あるいはこの自然の美に心を奪われただろう。
――だが、無理だ。
この森は異形どもに満ち溢れていた。枯森に踏み入ってから、もうかれこれどれくらいの時間追い回されているのか。
十歩進んでは
ハーミットはかつて数え切れない
(難易度がぶっ壊れてる!)
ハーミットは胸中で吠えた。しかし声には出さない。少しでも周囲の注意を引きたくないからだ。
不意打ちも、挟み撃ちも、何でもあり。
ルール無用の枯森は、文句無しの鬼畜魔境だった。
無数の白亜の餓狼が徘徊し、その姿を見かけないことがない。餓狼どもはハーミットの姿を見つけると、しめたとばかりに図太い雄叫びを上げ、飢えた野獣の如く地面を揺らしながら寄ってたかってくる。
とにかくもう、この数がどうしようもない。枯森突入当初は
それでもハーミットの身体には回避しきれなかった攻撃によって傷が増え続けている。先ほどの白い
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