異形どもの抗争#5


 瞬時に最高速に達し、全速力で異形どもの乱闘会場に突っ込んだ。


 進路上では餓狼と魍魎が争っている。魍魎は何をしてくるか分からない。形状が理解できないし、急所も分からないので、なるべく近づかず中距離をカバーできる隙の少ない技によって進路をこじ開ける。


 餓狼は、恐らくは全員超強靱アーマー持ちなのだろう。絶対に組まず、四肢を中心に破壊して継戦けいせん能力を奪い、その脇をすり抜けていく。


 ハーミットは鮮やかな舞を披露するように継ぎ目なく技を繋ぎ、決して立ち止まらず暴力の嵐を駆け抜けた。


 こうしてバンダースナッチや羅刹以外の怪物に手を出してみると、実はあの二体の戦闘力が傑出けっしゅつしていたのだと気付かされる。大抵の魍魎はアーセナル・スキルでダメージが入るし、白亜の餓狼も四肢を破壊する分には二、三発打ち込めば事足りるのだ。


 だが、突然立ち塞がる羅刹や、非常に攻撃的な外観の魍魎には肝が冷える。そういった手合いは相手にせず、迂回して対処した。向こうも乱戦の最中さなかであるためか、距離を取ればハーミットに特別注意は向けてこなかった。


 とはいえ、それでも無傷とはいかず、不意に受ける流れ弾によって、徐々に身体の至る所で痛みを感じる箇所が増えていった。


 たった二百歩の距離が遠かった。時折異形に組み付かれても、委細構わず撲殺して走った。やがて、ようやく朝陽を背にした枯森の入り口が目前に迫ってきた。


 最後に立ち塞がったのは、あのハーミットの髪を引きちぎった三本角の羅刹だった。先ほどの爆撃でこんなにも遠くに飛ばされていたのだ。羅刹は相当な傷を負った様子で、胸部が無残に破裂し、片腕が千切れ、体中の硝子装甲が剥がれており、角も半分折れて瀕死の状態にも思えた。もはやあの時の圧力はつゆほども感じ取れない。


 その姿を認めたハーミットは決着けりをつけるべく、肘を構えた姿勢で加速し、突進モンケーン敢行かんこうした。ハーミットの体当たり受けた羅刹はその場に膝崩れスタンとなった。


 敵が弱っていることを考慮に入れた実験でもあった。いざという時に使ってみたら効きませんでした、では洒落しゃれにならない。コンボの構成要素として重要な『スタン』の効果は実験しておきたかったのだ。そして想像通り、膝崩れスタンは効果があった。更に、ハーミットは打ち上げの足刀蹴りクレイモアを放ってその羅刹を見上げるほど天高く蹴り上げた。超強靱アーマー持ちにも、『スタン』や『打ち上げ』は問題なく効果がある。


 小技は超強靱アーマーによって割り込まれる可能性がある。ならば、相手に対して拘束効果がある技を中心にコンビネーションを組み立てばよい。


 ハーミットは失いかけていた自信を僅かばかり取り戻すと、右脚を高く振り上げ、落下してきた羅刹の身体が地面に付く瞬間を狙ってハンマーを振り下ろした。漆黒の脚甲が羅刹の頭部を捉え、硝子装甲が強い圧力に耐えかねてメリメリと剥がれていく。そして、更に力を込めて脚甲の裏アンヴィルで踏み付けると、羅刹の頭蓋はあっけなく砕け散り、水風船が破裂したように中身をぶちまけて、【アンヴィル】が作り出したクレーターの染みになった。


 体内に蓄積したアドレナリンの味を噛み締めながら、ハーミットは振り返った。


 断崖には無限の暗幕が広がっていた。闇黒は夜明けを迎えた今でも見通せない。むしろ、この場に陽光が差したが故に崖の輪郭がはっきりとして、より一層その不気味さが立っていた。こうして俯瞰ふかんして見ると、崖が崩れて後退しているのか、闇黒が大地を食らって進行してきているのか。そのどちらにも見えた。


 崖下から浮き上がった暗紫色に輝く塊は、今や拳大ほどの大きさにまで遠ざかっていて、あたかも月のように闇夜の空に浮かんでこの現場を見下みおろしていた。


 月の光を受けて怪しく光る瑠璃の祭壇は全壊し、オベリスクはもうなかった。


 背後から差す陽光。上空から降り注ぐ青紫の光と、それを受けてネオンに輝く色硝子。響き渡る重低音。不気味な鳴動、咆吼、絡み合う肉、飛び散る血液、粘液、鮮血の蒸気。依然として続く悽愴せいそういくさの情景はどこか現実感に乏しく見えた。


 この場所は狂っていた。


 混戦の中をバンダースナッチが暴れ回っていた。輝く羅刹や白亜の餓狼は一群となってバンダースナッチに善戦している様子だった。多くの餓狼が踏み潰される中、羅刹は真っ向からバンダースナッチの牙を受け止めていた。


 それら全ての光景を脳裏に焼き付けると、ハーミットは夜明けの方角に向き直った。


 両手はケロイド状になってただれ、血だらけだ。体中に酷い筋肉痛があり、打撲や裂傷の痛みがその上に混じって動作を妨げる。髪の毛は千切られて、顔面もじくじくと痛んだ。


 断崖からここまで。たったそれだけの距離を切り抜けただけで、身体がぼろぼろになった。右も左も分からない。今の自分には、物資もなければ頼れる仲間もいない。この枯森をく旅は困難を極めるだろう。


 見据える先には枯れた木々がまばらに立ち並び、葉の繁みというものがない。生者の存在は全く期待できそうにないが、無機質な殺意は充満しており、全身の産毛がちりちりと危険を感じ取っている。


 白く立ち枯れた木々のせいで視界が悪く、地表の色硝子のせいで足場も悪い――硝子が多すぎる。土よりも色硝子の面積の方が多かった。超強靱アーマー持ちの餓狼との遭遇戦は危険極まりない。意味不明な魍魎どもは見ているだけで精神が削られそうだ。


 それでも――――。


 あの娘を見捨てていくのか、という根拠のない非難が背中から聞こえた。同時に、約束を果たせという内なる声が背中を押した。


 遠方で燃え上がった空に向かって、ハーミットが静かな決意を胸に一歩を踏み出す。


 その左手小指には、藤色の娘から託されたあおい神秘の指輪が光り、四肢の装具はくらく重たくその歩みに付き添って、上空の妖しい月がこの場を去り行く彼の背中をただじっと見守っていた。



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