異形どもの抗争#4
先ほどのバンダースナッチの戦闘力はハーミットの予測を超えたものだったが、この羅刹の膂力も想像を絶する。羅刹はその剛力を存分に込めて、噛みつくという行為を諦めない。
失神だけは阻止するべく、ハーミットは血がしたたる手で羅刹の剛腕を抑えていた。もう片方の腕は
既に羅刹の暴力的な
ブレカートの技は打撃が中心なので、こうして組んだ状態からでは何も繰り出せない。
闘鬼の力はどうか――【
やはり何とかして脚を割り込ませて、
これほどの敵を相手取るときは、いつだって仲間がいた。ハーミットの危機には神速の
仲間がいれば星を食いつくす世界の
だが今は、独りだ。
いよいよ羅刹の口蓋がハーミットの頭部に覆いかぶさろうとした。その直前、大気を震わせてあの抑揚のない重低音が聞こえた。その音にハーミットが胸中で悲鳴を上げる。
(嘘だろっ⁉)
全力で羅刹に抵抗しながら、眼球だけで断崖の方を見やると、射干玉の異形が崖下から軽やかに這い出してきたのが視界の端に映った。
大牙が三本しかなかった。先ほどハーミットが折ってやった個体と同一で間違いない。
バンダースナッチの様子は先ほどとは打って変わっていた。胴体が伸び、結果として全ての黒い体節の隙間から黄色い肉が完全に見えていた。そして、その黄色い肉から赤黒い脚が生えている。それはバッタやコオロギの
バンダースナッチは健在ぶりを見せつけるように例の如く垂直に立ち上がった。多数の赤黒い脚が、
それは毒々しい黒と黄色と赤の警戒色を見事に融合させた、全生命体の敵とも思える
パチッという音が立ち、わきわきと
肥大化しつつ、どんどん光量を増していく
ハーミットは膝を立て、脚の裏を地面に接地させると、背後の地面を蹴りつけて【アンヴィル】を放った。【アンヴィル】は本来踏みつけによる追撃技であり、十分な体勢で放てば地面に小さなクレーターが出来上がる。
不十分な体勢ながらも、【アンヴィル】がハーミットの背後の地面にささやかな窪みを作り出した。その陥没に身体が沈んだことで生まれた
『……ぅおんどりゃああああ‼』
鬼の気迫に応え、全身の筋肉が張り詰めて力が
ハーミットの首はしつこく掴まれたままだったが、それに構わず身を縮ませ、四肢の八房でガードを固めたその時、枯森を切り開いた半円状の空間が昼間なみの明るさで照らし出された。
ポンッと
対象に選ばれた哀れな餓狼が数発の光弾の直撃を受けて爆発四散した。魍魎も同様だった。無差別に攻撃対象が選ばれて続々と
ハーミットも当然攻撃対象だったものの、投げ出した羅刹が盾となってその直撃を免れた。数発の光弾が羅刹の脇からすり抜けて来たが、それらは八房に防がれて青い爆風をまき散らした。その度にハーミットの身体が信じられない圧力で地面に押し付けられ、強い衝撃が走り抜けた。
光弾の嵐は途切れることがなく、この半円形の広場に満遍なく降り注いだ。その様子は、まるで生命を根絶やしにせんと闇黒より到来する青き流星雨のようだった。
ハーミットの近くに着弾した光弾がズンッと地面を吹き上げ、土砂と色硝子をまき散らしてハーミットの姿をその中に隠した。空爆さながらの大音響の中、ハーミットは土をかぶりながら、ただひたすら赤子のように縮こまって終わりを待つことしかできなかった。
やがて、光弾の波が途切れたことを
羅刹は光弾の直撃でどこかに吹き飛んでいったようで、首にはキラキラした腕だけが残されていた。ハーミットがそれを力任せに引き剥がすと、透き通った羅刹の爪が喉を裂いて血が
でたらめな威力だった。そこら中にクレーターが出来上がっており、瑠璃の丘は瓦礫の山と化し、あれほどの密度だった餓狼と魍魎がいつの間にかハーミットの周囲から消し飛んでいた。
まもなくして流星雨の第二波が到来したが、今度はハーミットが光弾の群れを難なく回避して見せた。
破壊力はかなりのものだが、その速度はハーミットの基準で見てそこまで速くはない。拘束も妨害もない状態であれば、数量を差し引いても、不意を突かれでもしない限り躱し切ることは造作もないことだった。
バンダースナッチに不意打ちを受けて以降、ハーミットの想像を上回る事態の連続に
襲来する青い火線を縫って身を
何度も虚空を裂いて【トマホーク】をバンダースナッチに当てたが、ほとんど効果がないようだった。もともと飛び道具はハーミットにとって
ようやく流星雨が収まると、息つく暇もなくバンダースナッチは倒れ込み、赤黒い多脚を下ろして猛然と突撃を開始した。無数の脚が射干玉の胴体を持ち上げ、リズミカルに大地を蹴る。轟音の中を走るバンダースナッチは、以前とは見違えるような機動性を発揮していた。もはや紙一重などという色気を出していい相手ではない。ハーミットは走ってその軌道上から逃れた。
バンダースナッチは突撃の勢いのまま異形どもの乱戦現場に突っ込んで行き、
バンダースナッチは土砂を掻き上げなら急転回し、ドリフトの要領で黒い巨体を地面の上に滑らせると、ハーミットに頭を向け直した。赤い蒸気を噴き出して、重い汽笛を響かせながら全てを巻き込んで
この局面でハーミットは思いがけない幸運に恵まれた。餓狼どもが転回中のバンダースナッチに飛び掛かったのだ。
「……
あれだけの広範囲を敵味方無視して爆砕したのだ。この場の全怪物どもから敵認定を受けていてもおかしくない。
実は、ハーミットは【鬼哭】の副作用で“自分が”周囲の
しかし、今回は運良くバンダースナッチの暴挙の方が
断崖の鳴動の中、ハーミットは枯森に向かって駆け出した。
もう迷いはなかった。
心のどこかで、自分なら全て相手取っても勝てるだろうという
ここは逃げるが勝ち――勝利条件は生きてこの場を
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