04 ティルド~過ぎたる神威


 一真は歩き出す。

 巨大なゴーレムの集団に向けて。


 見上げれば、自分の神機であるアテルスペスと同じくらいか、と一真は思う。

 だが、感じられる魔力も、力強さも、比べものにならない。


『なんだこいつは』

『みすぼらしい男ではないか。農奴にはちょうど良さそうだ』

『流石、候は慧眼ですな。ではこやつ含め港にいる者どもを纏めて捕らえましょう』

『それは良い考えですな。ちょうど農園を作ろうと思っていたところです」


 一真はセレン達から十分離れた場所で立ち止まり、右手を天に掲げる。


 ふっ、と少しだけ息を吸い、一真は叫んだ。


「来いっ! アテルスペス!!」


 声と供に光の粒子が一真の後ろに大量に発生し、渦を巻きながら人の形を作る。


『な、何事!?』

『ま、まさか、神機ですと!?』


 現れるは黒い巨人。


 全身真っ黒で二股の帽子をかぶったような頭。

 人の体型に近いボディに何も持たない手。


 魔法拳。絶望を塗りつぶす色。アテルスペス。


 ゴーレム達は動かない。


「開けろ、アテルスペス」


 アテルスペスは膝をつき、胸の装甲とハッチを開ける。


 一真はゴーレム達を尻目に、アテルスペスのコックピットに飛び乗った。

 アテルスペスが立ち上がり、ハッチを閉める。

 一真は正面に向き直った。


「アテルスペス、奏着」


 赤い光線にスキャンされながら、一真は服のベルトを締め直す。

 普段着用のシャツとズボンだが、それなりに着心地はいい。

 一真の体各所に光が集まり、リングが形成される。


 そうして、一真とアテルスペスは一体になった。


『ははは! 何かと思えば無手の鉄人形ではないか』

『候爵閣下! あの神機は我が国の神機には勝った強敵ですぞ』

『案ずるでない男爵よ。所詮、我が国の奏者は貧民出身だろう。戦に出たとて勝てるはずもないわ』

『その通りですなぁ閣下! 儂も戦儀は見させて貰ったが、何、恐るる物はありません。あやつの攻撃は殴るように魔法を叩きつけることしかできぬハズレ神機でしたな!』

『なんと。そのような神機に負けるとは、あの小娘、まさか手を抜いたか?』

『はっはっは、手を抜こうが抜くまいが、負けるに決まっているでしょう。下賎の娘に我らでも難しい戦儀を勝ち抜けるはずもない』

『然り然り』


 声からだけでも、嘲りようが分かる。

 驚くほどに神機を侮りすぎていることも。


 本当に彼らは正気なのか。

 一真は敵ながら心配になった。


 だが、外道働きも、戦儀で戦ったヘマを侮辱されるのも我慢がならない。

 許可は貰った。

 条件は難しくない。


 ならばやるべきことは1つだ。


 一真/アテルスペスは駆けだした。


「奴らのゴーレムは乗り込み型だ。どこに乗っているかはゴーレムによる」


 背後からティルド王の声が一真に届く。

 セレンからの条件で、殺さず無力化せねばならない。


 無茶なことを言う、と一真は心の中で文句を言った。

 だが、やらなくてはならない。


 アテルスペスの速度に対応出来ない一番先頭にいたゴーレムに肉薄する。

 アテルスペスと同じぐらいの大きさだ。

 盾を構えることすらしないゴーレムの足を、一真/アテルスペスは蹴り砕いた。


『は、はやうわぁ!』

『か、囲むんだ!』


 片足が砕けたゴーレムが後ろに倒れる。

 すぐそばのゴーレムが盾を構えながら叫んだ。


 一真は一足で盾の懐に潜り込み、手刀でゴーレムの剣を持つ手を切断した。

 肉薄することで一真は魔力の流れを察知する。

 不自然に流れが集中し、そこから全身に魔力が広がっている箇所がある。

 今のゴーレムが盾で覆ったところだ。。


「《つぶてのかぜ》」


 使う魔力を極力抑え、一真はつぶてを多数投射する魔法を使う。

 ゴーレム達がつぶてを防いだ。


『こっ、こしゃくな!』


 盾で頭を隠したままのゴーレムが叫び、剣を掲げる。

 一真はそのゴーレムに近づき、剣を持つ手の手首を掴んだ。


 魔力の流れの根元を探る。

 頭だった。一真はそのゴーレムの眼前に手を向け、手のひらに魔力で光を作り出す。


「《てらすあかり》」

『ひっ、ひぃぃぃぃ!』


 ごく小声での詠唱で聞こえなかったからか。

 大げさすぎるくらい大仰な悲鳴が響いた。


「近づかないと分からないけど、魔力の集中しているところが、搭乗者、だな」

『はっ、はぃいいい!!』


 おびえる声が肯定の意を示したと、一真は確信する。

 アテルスペスの拳を握りしめ大きく引いた。


『ひやぁあああああ!』

「《破心掌》」

『ぐべっ』


 一真はゴーレムに向け魔法に包まれた拳をたたき込む。

 ゴーレムの背中が破裂して弾け飛んだ。

 背中の風通しが良くなったゴーレムが崩れ落ちる。

 頭の中から人が這い出てきた。


 予想が確定した瞬間である。

 あとはいや、この場において戦いと呼べる物は起こらなかった。

 街を大砲で破壊した船も含め、すべての敵戦力を一蹴したのだ。

 時間もさほどかからない。

 ティルドにおける貴族達の一般戦力に対し、神機はオーバースペックに過ぎた。


 作業のように、ただ事を一真は終わらせたのだ。


「で、この人たちどうするんです?」


 ロープでぐるぐると巻いて拘束した貴族達を親指で指して一真は聞いた。

 貴族達は一真やセレンの部下達によって気絶させられている。


「放置でよい」


 ティルド王が言った。


「放置? それでは」

「よいのだ」


 セレンの問いを遮ってティルド王は話す。


「装甲ゴーレムはその家の粋を極めた物だ。

 他家に誇示し、領内に誇示し、そして宮廷での誇示に必要不可欠。

 よって奴らは気づき次第領に帰り、再建造せねばなるまい。

 財は目減りし時間は取られる。

 この破壊規模なら再利用も無理だ。

 さらに私が帰って告げ口してしまえば宮廷内の地位も落ちる。

 十分に罰になるさ」


 ティルド内の事情は分からないが、そういう物かと一真は思った。

 正直に言ってしまえば、足りないと思う。

 だが裁く権利はティルド王にあるのだ。

 一真にはこの場で貴族達を止める権利しかなかった。


「罰は分かった。それでもここに放置するのは良くないと思うのですが」


 ティルド王の説明にセレンは頷き、それでもと質問を重ねる。


「ほう。理由を聞いても?」

「街の住人がこちらを見ている」


 セレンがティルド王の問いかけに答えた内容に、一真は街の方を見た。


 確かに数人、観察するようにこちらに目を向けている。


「街を壊した犯人と既に知られていると思う。

 放置しては私刑により殺されるのではないですか?」


 確かに、一真にはセレンの言葉は正しいように聞こえた。

 ティルド王は彼らの愚行に対し、呪いの影響ではないかと疑い同情している。

 そう思っているように、一真には見えた。


 だが放置しリンチの的になれば、あまり良い結末を辿るわけはない。


「私刑はない。あり得ない」


 ティルド王は否定する。


「呪いの影響だ。身分階級の絶対なる固定。

 つまりクーデターや革命といたことは絶対に発生しない。

 下の身分が上の身分を攻撃することができないのだ」


 一真は奥歯を噛みしめ、拳を強く握り、衝動を耐えた。


「そう、いうことですか」


 セレンは納得の意を示し、ため息を吐く。


 私刑は発生しない。

 貴族達はこのあと目覚め、徒歩で悠々と帰るだろう。

 だが街の人たちは自分の街を壊した連中を、指をくわえてみることしか出来ないのだ。


「一真」


 セレンが2度、柏手をならして一真を呼ぶ。


「出よう。次の国、セコンダリアへ行くぞ」


 貴族達やティルド王に背を向け、歩き出しながらセレンが言った。


「あ、ああ!」


 一真は声を帰し、セレンの背を追う。


「ティルド王」


 セレンが立ち止まった。

 一真もつられ立ち止まる。


「しばらく待っていて欲しい。この国の呪いも、晴らす」


 後ろを振り返らずにセレンは言った。


「ああ。頼む。それからの立て直しが、我の仕事と心得る。検討を祈るぞ」

「言われずとも」


 ティルド王の返事を受け、セレンは再び歩き出す。


 一真はティルド王に頭を下げ、セレンを追ってキャリウス車に向かった。


 次の国は、ここから近い。


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