01 セコンダリア~白銀の荒野の国


 潮風が顔を撫でる。

 ずいぶん北の方に来たからだろうか。

 風は冷たい。

 だが心が冷めるようで、風が心地よかった。

 ティルドでの貴族たちの不快さや、作業的な戦いによるいらつき。

 その2つによって一真の心は荒れていたのだ。


 一真の体感でティルドでの戦闘から2時間、最後の寄港地を出てから1時間半。


「あれが、セコンダリア?」

「そうだ」


 一真はセコンダリアの領土を目にした。


 国境には特に何があるわけではない。

 だが、一目見ただけで違う国だと分かった。

 

「雪、か?」


 そう。

 ある一線を境に、地面が白い物に覆われているのだ。

 だが、確かに風は冷たいが、寒さを覚えるほどではない。


「もう少し先に港がある。

 ティルドとの交易をする程度の港だが、案内人と合流する予定がある」


 セレンは一真のつぶやきには答えず、今後の予定を一方的に言った。


「案内人? だれか知り合いでも?」

「友人だよ。手紙を出したら護衛がてら案内してくれるらしい」


 一真はセレンに友人がいた驚きを顔に出さないよう耐える。


「そ、そうなんだ」

「ああ、キンシィ・ディマドゥス。私が参加した戦儀で知り合った」


 セレンは頷き、窓からセコンダリアの方角を見ながら言った。


「ディマドゥス? それって」


 一真はひっかかりを覚え、セレンの顔を見て問いかける。


 ディマドゥス、という名に一真は覚えがあった。


「手紙にも書いてあった。お前が戦ったディマオ・ディマドゥスはキンシィの弟だ」

「へえ、兄なんだ」

「先に言っておくが態度には気を付けろよ。

 ディマドゥスは王に代わってセコンダリアの政治を一手に引き受ける大公家だ」


 釘を刺すようにセレンは一真に言う。

 だが一真はセレンの口元が笑みの形になっているのを見逃さなかった。

 久々に友人に合うのが楽しみなのかと、一真は邪推する。


 窓から前を見れば、海岸沿いに街のようなものが見えてきた。


 キャリウス車は港が必要な乗り物ではない。

 それでも港を利用するのは、物資の購入や搬入等に便利だからだ。

 宿があれば、揺れるキャリウス車より快適に夜を過ごすこともできる。


 そして今回はそれらに、待ち人との合流が理由に加わっているのだ。


「そういえばティルドでかなり予定をオーバーしてなかったか?」

「していた」


 一真の問いにセレンが短く答えた。


 一行は嵐により緊急避難的に港や海岸に上陸していたのだ。

 日数にして三日ほどだが、遅れは遅れである。


「待ち合わせって、何時?」


 心配になった一真はセレンに訊く。

 前置きに「余裕を持って」と言って、セレンは日付を答えた。


「昨日じゃん」


 即座に一真はツッコミをする。


「二日前の時点で先触れは出してある。一応な」

「先触れ?」

「アマルに行かせた」


 セレン付きの侍女の名だ。

 今朝普通に朝食を用意してくれた女性でもある。


「何時行ってたの?」

「だから二日前だって。昨日帰ってきたけど」


 速い。


 嵐で足止めされてたとはいえ、キャリウス車で二日の距離である。

 それを一日で、往復までしてのけたのだ。


「え、どうやって?」


 気になった一真は問いを重ねる。


「飛行魔法を習得させてある。雨も合羽を着せた。

 私が一番重用している女がただの美人であるわけなかろう」


 飛行魔法。

 一真は習得しようとして何度か練習したことがある。

 飛べれば戦儀でも役に立つからだ。

 だが、とっかかりもなかったので一真は諦めた。

 代わりに別の魔法に労力を振ったのだ。


 空を飛べば、確かに女性単独でも襲われたりしないだろう。

 速いはずだ。


「そんな様子は少しもなかったのに……」

「あれはすごい女だよ」

「セレン様」


 女性の声が部屋の外からして、セレンがびくんとした。

 直後にノックが聞こえる。

 遅れて一真はその女性の声が、噂していたアマルの声だと気付いた。

 噂していた女性が急に来てセレンはびっくりしたのだろうと、一真は推測する。


「そろそろ港に到着しますが、如何なさりますか。

 キンシィ・ディマドゥス様への先触れはよろしいですか?」

「あ、ああ」


 上ずった声が出したセレンは咳払いでごまかした。


「頼む、そうしてくれ」

「了解いたしました」


 アマルの声の後、足音が遠ざかっていく。

 しばし、二人の会話は止まった。


「あいつ、すごい照れ屋でな。誰かに褒めてるとこ見るとすごい目で睨んで出来るんだ」


 少しして、訊いてないのにセレンは言い訳を言う。


「そ、そうか」


 一真は頷き、納得することしか出来なかった。


 それにしてもと、一真はアマルの顔を思い浮かべながら考える。


 人は見た目に寄らないな、と。

 空を飛ぶどころか、魔法を使うところすら見たことないのだ。

 お茶を入れる時などに使っていたかも知れないが、あまりにもさりげなく、自然だった。

 達人、というやつなのだろう。

 近いうちにアマルには飛行魔法を教わりたいなと、一真は思った。

 使えれば、いちいち障壁魔法を使って足場を作りながら走る必要はなくなるのだ。

 ゲティンドーラを下したときは、本当に大変だった。


 ふと一真は窓の外を見る。

 セコンダリアの港がぐっと近くなっている。


 一真の中で違和感が急激に膨れ上がった。


「あれは、雪、なのか?」


 誰にいうでもなく、一真は呟く。


 一真の今の服装は、ズボンと半袖のシャツ、それに長袖の上着だ。

 フィベズで仕入れた服装ものである。

 フィベズ女性の機織り・裁縫技術は高い。

 着心地もよく、動きやすい逸品だ。

 フィベズは温暖な気候で、服飾も気候に対応した物になる。

 つまり、一真の今の服装は日本における春秋くらいで気温がちょうど快適なのだ。


 そのような服装をした一真は確かに若干肌寒さを感じている。

 北からの風は冷たく、だが心地よい程度だ。


 港にある倉庫の屋根がよく見える。

 赤みがかかった茶色い屋根がずらりと並んでいた。

 人はまばらで、活気があるようには見えない。

 停泊する船も4隻ほどあった。


「地面が、白い」


 港から目を逸らす。

 街の外は雪に覆われたよう白銀の野が続いていた。

 いや、街の中からずっと、地面が白い。

 見える限りの大地が白く輝いている。


「考えすぎるな。直に上陸する」


 セレンが言った。

 一真はセレンを跳ねるように振り向く。


「な、なぁセレン」

「行けば分かる」


 訊こうとした一真に、セレンは言い放ち、背を向けた。


「お、おい!」


 背に呼びかける一真を余所に、セレンは部屋から出て行く。

 こういうときは何を言っても無駄だと、一真は経験から分かっていた。


 ちらりとセコンダリアの風景を見て、一真も部屋を出る。

 上陸後、すぐに外に出るために。


 少しして、港横の海岸からキャリウス車は上陸した。

 同時に一真は停車を待たずに出入り口の扉から外に出る。

 上陸を待つ間、ずっと嫌な予感で気が気でなかったのだ。


 一真は白い地面に降り立つ。堅い地面だ。


 雪、ではない。

 雪が降るほど、雪が積もって残るほど、寒くはないのだ。

 当たり前だと、一真はずっと分かっていた。


 では、この白い物はなんだ。


 近くで見れば白く、透き通った小さな粒々が無数に、周りすべてにあった。

 一真はしゃがみ、地面を手で払う。

 色は薄いが、茶色い土が出てきた。


 白いのは、砂ではないのだ。


「セレン!」


 立ち上がり、キャリウス車に振り向いた一真は叫ぶ。


 セレンは出入り口から一真を見ていた。


「この白いの、教えてくれるよな!?」


 一真は、見た物が信じられない。


「舐めてみるか? 害はないぞ」


 セレンがいつもの変わらない表情で言った。


 一真の頭の中はまさか、という考えで頭がいっぱいだ。

 粒を一粒だけつまんで、舌に載せる。

 すぐに吐き出した。


 歯を食いしばる。一真にはこの白い粒が何か、分かってしまったのだ。


「そうだ。塩だ。成分的には、食塩と言って良い」


 白いはずだ。木も、草もない。当たり前だ。


「セコンダリアは、海と波と風と嵐によって塩に覆われた国なんだ」


 セレンの言葉を聞き、一真は天を仰いだ。


 これが、ディマオの、あの気の良い男の祖国かと、呻いた。


「これが、歪みなんだな?」


 確認するように、一真はセレンの顔を見て訊く。


「ああ」


 セレンは、短く言って、頷いた。


「塩に覆われた不毛の地、ここがセコンダリアだ」


 これが塩に覆われた不毛の国、白銀の大塩原。


 セコンダリアに、一真は足を踏み入れた。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る