03 ティルド~貴き者達と卑しき王


「本当に嵐が多いな」


 一真は窓の外を見て呟いた。

 雨は落ち着き、風も弱くなってきているが、まだ海には出られない。

 キャリウス車もそうだが、キャリウスも激しい雨の時は陸に上がりたがるらしい。


「この時期の内海はどうしてもな。外海なら今は波が高いくらいで穏やかなのだがな」


 ティルド王が一真の呟きに答える。


 またしても予定外の寄港により、一行は足止めを余儀なくされていたのだ。

 ティルド王は巧妙に寄港地を察知し、一行を訪問した。


「貴方も飽きませんね」


 セレンが口角をひきつらせた笑みで言う。



「はは、飽きんよ。セレン王子は前を見据えた良い視野を持っている。

 知識も豊富で話していて本当に楽しい。我の周囲にはまったくいない人材だ」


 どれだけ周囲はひどいのか、一真は興味を持った。

 以前聞いたとき、「気にするな、しないでくれ」と言われている。

 が、それでも繰り返し周囲をほのめかされると、気になってしまうのだ。


「だが我でも5度目の機会があるとは思わなかった。

 我は嬉しいが、少々、不安でもある」

「不安、というと、何か懸念でもありますか」


 ティルド王の発言に、セレンが理由を問いかける。


「諸君らの目的だよ。神への反逆をもくろみ、諸国を巡る。

 その情報を我はとある貴族が使っている情報網を間借りして知ったのだ」


 テーブルの上で指を組み、ティルド王は目を閉じて言った。


「ということはその貴族も私どもの目的は承知している、か」



 セレンがティルド王の言葉をかみ砕き、確認するように訊く。


「そうだ。そして前回の訪問のおりに、奇跡の積み重ねの果てに『歪み』が現れると。

 そう君は言った」

「ああ」


 ティルド王は目を開け、セレンの方を見て確認するように言い、セレンは頷いた。


「そして歪みを『呪い』と呼び、呪いを解くために協力が必要だと」

「確かに前回、その内容を言ったはずだ」

「確かに、言った。

 この国に発生した『呪い』がどういう物かは分からない。

 だが発生しているのは確かだ。

 だからそれを説明して協力を取り付けようと話したはずだ」


 問いかけるティルド王に、セレンは即座に答える。

 態々思い出すまでもなく覚えている内容だ、とでも言わんばかりだ。


「それよ」


 組んでいた指を解いて、ティルド王が人差し指を立てた。


「それ、とは?」


 セレンが怪訝そうな顔でオウム返しに訊く。

 ティルド王が首と立てた人差し指を横に振り、口を開いた。


「我が国の貴族は『呪い』を解こうとしていない。解かない。

 むしろ、解かれるのは困るのだ」

「まさか。ということは、まさか!?」


 セレンが立ち上がり、テーブルに両手を付いて前のめりにティルド王に顔を近づけた。


 どういうことだ、と一真は二人の会話に参加できない。


「そうだ。国の恥でもあるので知らずに通り過ぎて欲しかったのだがな。

 我が国の呪いは貴族にとっては奇跡の成就、その延長だからだ」

「つまり、どういう呪い、なのですか?」


 一真はじれったくなり、直接聞くことにした。


「即ち――」


 爆発、続いて木材や石の割れる破砕音。

 それらがティルド王の言葉を遮った。


「な、何事だ!?」


 セレンが叫ぶ。

 いつの間にか雨音は聞こえなくなっていた。

 聞こえるのは何かを壊す音だけだ。

 一真は窓を開け、外を見る。

 港の方。大型の帆船が乗り付けていた。

 大砲が舷側から見えている。


「ああ、来てしまったか」


 ティルド王が落ち着いた声で言った。


「何が!?」

「落ち着いている場合じゃ!」

「いや、一旦外に出て状況を見るべきだ」


 セレンの驚愕と一真のいらつきを抑えてティルド王は立ち上がる。

 セレンと一真は顔を見合わせ、歩いて部屋を出るティルド王の後を追った。


 外に出れば、港からは喧噪が聞こえてきている。

 一真達がいるところと海岸のちょうど中間辺りから白い煙が立ち上っていた。

 一真が見る限り、崩れた倉庫が立てた土煙だろうか。

 キャリウス車は港町から内陸に停まっているため、大砲は届かないようだ。


「なんだあの船?」

「海賊船?」

「妨害だな」


 一真とセレンの疑問にティルド王がさらりと答えた。

 再び大砲が轟音を上げる。

 一際高い建物が音を立てて崩れる。


「妨害? そのために港町を壊すのか!?」


 セレンが驚愕に目を見開き、ティルド王を見た。


 ここの港はセコンダリアに一番近い。

 1時間も沿岸を進めばセコンダリアの地が見える、と御者の一人から一真は聞いていた。

 だからだろうか。

 それなりに規模も大きく、民家や宿屋らしき建物も多い。

 キャリウス車が停まっている場所から内陸に向けて伸びる街道も太いのだ。


「これは推測だが」


 ティルド王は眉間にシワを寄せ、唇をゆがめる。

 頭を横に振り、意を決したように口を開いた。


「ゼクセリアの王子一行の船がどれか分からない。

 だから街を叩けば出てくるだろう。そういうやつではないかな?」

「は?」「なんて?」


 いくら何でそれはない。

 一真は即座に思った。

 いくら何でも人をバカにしすぎだ。

 一真は頭を振って、1つ気になることを訊くことにした。


「キャリウス車に乗っているから船とかないんですが」

「キャリウス車は本来陸上用だろう。いくらキャリウスが長時間泳げるからと言って、キャリウス車を水上で使うことは普通はない」


 ティルド王がため息交じりに答えた。

 その答え方に、一真は少しムッとする。


「この港町に寄港していることを知っているなら、使う乗り物も知っているだろう?」


 セレンが一真の質問に補足を重ね、訊いた。


「ああ、確か前回もキャリウス車で来訪したな。

 情報は手に入れているだろう。

 事実、情報網にも速い段階でキャリウス車で水上を移動できることは書いてあった」

「なら」

「だからといって全部読むような貴族はほとんどいない」

「えぇ……」


 分からない。

 一真はティルド王が言っていることがどういうことなのか、さっぱり分からない。

 いくら何でもそれはないだろうという予想を超えてきている。


『おお! もう始まっているじゃないか!』

『はは、アベッシル公閣下の雇った海賊はせっかちですな』


 背後から声がした。

 魔法か何かで拡声したようなエコーがかかった声だ。


 一真が後ろを見ると、街道の向こうから鎧を着た騎士のような何か達がいた。

 ただし、鎧を着た騎士のような何かは大きく、街道脇に生えている木より大きい。


「あれは、神機!?」


 一真には騎士型のロボット、つまり神機のように見えた。

 神機のような集団が、ゆっくりと迫ってきているのだ。


「いや、装甲ゴーレムだな。魔法を使って大きな土人形を動かしている」


 横からティルド王が一真に言う。


『ドゥラッタ候よ、あちらにキャリウス車がありますが、アレが彼の王子一行では?』

『はは、ありえんよ。海から来るなら船だろう。海賊共はきちんと船を壊したか?』

『ファトゥアス男爵は心配性だな。だがいいキャリウスだな。車両も立派。拝借するとするか』


 巨大なゴーレム達、計5体はとてものんびりとゆっくり歩いていた。

 腰にサイズ相応の剣が鞘に収まり、手には盾を持っている。

 名前を呼び合うのは何かの冗談だろうか。


『そうそう。あの我らが卑しい卑しい愚物王がこの辺鄙な村に来ているそうですな』

『ああ、私も訊きましたな。なんでもゼクセリアの王子を訪問しているらしいですぞ』

『ではついでに始末してしまえば、トレス王子を我らに都合よく育ててしまえるのでは』

『おお! そうしてトレス王子を即位させる。男爵の献策、採用しようじゃないか』

『ありがたき幸せにて』


「なにあれ」


 大声で暗殺を提案し、受け入れる様子に一真の脳は理解を拒否した。


「ふむ。アベッシル公、ドゥラッタ侯、トント伯、ツピド伯、センセ子爵、ピドルル子爵、トゥアス子爵。ほう、グルーン侯爵までいるではないか」


 ティルド王が列挙した名前にはゴーレム達の会話に出なかったものもある。


「何故誰がいるか分かるのですか?」


 セレンが口の端を引きつらせながらティルド王に顔を向け問うた。


「あのゴーレム達の胸を見ると良い。胸の辺り。頭の額あたりでもいい」


 あまりに気安いティルド王が言うことに、セレンと一真は従う。


 ゴーレム達の胸と額には何かを象ったマークのような物があった。


「あれは家紋だ。上に冠が付いているので全員当主だとわかる」

「はァ!?」


 あまりにもあんまりなティルド王の回答に、セレンは驚愕の声を上げる。


「隠せよぉ……」


 一真は体から力が抜け、膝から崩れ落ちた。


「暗殺とか襲撃に対する意識が低すぎませんか?」


 セレンが空を仰ぎ、問いかけの形で呟く。


「自分の行動とか全部正しいと思っている者どもだ。

 階級が上の人ほど、な。昔の我もそうだった」

「まさかとは思いますが、ティルドの呪いって、まさか」


 残念そうに答えるティルド王に、セレンが詰め寄った。


 ティルド王は大きなため息を吐き、言う。


「強大すぎる選民意識と身分階級の絶対な固定。

 そして、我自身の経験からすると、思考の傾向も固定される、と思う。

 それにより、貴族達がああなったのだ」


 つられて、一真も大きなため息をついた。

 貴族階級の固定、その表出に一真は心当たりがある。

 ヘマの訛りだ。

 ヘマの、直せない言葉遣い。

 それはどれだけ着飾り、どれだけ学び、礼儀を尽くしても、貧民以外にはなれない。

 言葉1つでスラム出を悟られる。

 分相応を強要するものなのだ。


『そういえばこの港、セコンダリアとの交易でずいぶんため込んでおりましたな』

『おや、よいのかねフルーオ男爵。ここは君の領地じゃないか』

『よいのですよアベッシル公。やつら私に隠れてこそこそやっているのでね』


 ゴーレム達は更に何事かを相談し始める。

 キャリウス車の脇に一真達が要るにもかかわらず。


『おや、誰かキャリウス車の近くにいますな』

『ややっ! 誰かと思えば我らが卑しき王ではないですか!』

『隣の男はセレン王子ですな。ゼクセリアの奏者もいる!』

『ちょうど良い! この剣の錆にしてくれよう!』


 すべてのゴーレムが剣を抜き払う。

 抜かれた剣のうちいくつかが隣のゴーレムを切った。


『な、なにをされるのですか!』

『おお、すまんすまん。近すぎだ』


 脳が理解を拒む。

 あれは、何なんだ。


 一真は耳に聞こえる音、目に見える光景すべてが信じられない。

「一真」


 セレンが一真の名を呼んだ。

 一真の心が、自身でも驚くほどフラットに、落ち着いた。


 深呼吸を1つ。


「セレン。いいか?」


 一真は立ち上がり、ゴーレム群を睨み、セレンに声を掛けた。


「ティルド王」

「……彼らも呪いで短絡的になってしまっているだけだと、私は思う。

 だが、私とてむざむざ殺される訳にはいかない。

 奴らの愚行を放置出来るはずもない。頼む」


 ティルド王の言葉を待って、セレンは頷き、一真に振り向く。


「やれ。ただし殺すな」


 セレンが短く答えた。


「了解」


 一真は短く答え、ゴーレムの集団をにらみ付けた。


※2021年7月24日

・最初の話の導入を変更しました。大幅に変えております

 読んでも読まなくても以降の展開に変更・矛盾はありません。

・第一部第四章03にてヘマの口調・訛りおよび周辺描写を修正しております

・第一部第四章07にてヘマの訛り周りの表現を修正しております

 以上2カ所は読んで頂いた方が今後の展開・表現と矛盾しないと思われます。

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