02 ティルド~予定は未定で変わるもの


「つ、疲れた……」


 ティルドにおける最後の寄港予定の港を出て、一真はソファに座り込んだ。


「うあ……」


 同じソファに完全に体を預けたセレンはうめき声しか出さない。


 ティルドに入ってから6日間の予定だった旅で、予定2回のところ計4回寄港した。

 が、4回ともティルド王の襲撃に遭ったのだ。

 そのため、ティルドに入ってから今日まで8日間経っている。

 大幅な予定オーバーであった。


「セレン、本当にお疲れ様」


 そして主に被害を受けたのはセレンだ。

 ティルド王は襲撃の度にセレンと会話をしたがったのだ。

 一真も参加したし、一真がメインで会話したこともある。

 が、やはりセレンの方が話が合ったのだろうと、一真は思った。

 それはそれは楽しそうに話をしていたのだ。


 土産に持ってきた食材や調味料はとても美味しくいただいた。

 書籍も中々に面白い内容ばかり。

 だがそれにしても来すぎである。


「あの男、やばい。普段会話技法を酷使して修飾まみれの会話をするからかだろうか?

 頭の回転がものすごく速い!」


 とは2度目の襲撃を終えた後にセレンが言ったことだ。


 知識と知性を総動員しての会話と、情報共有はとても疲れる。

 故に、今のセレンは何も考えずボーっとしているのだ。


「これで嵐の予兆がなければもう寄港せずにセコンダリアに入るんだ。

 彼と話すこともないだろう」

「どうだろうなぁ」


 一真がしみじみと言った予想に、セレンが待ったを掛ける。


「この季節はティルド西岸は海が荒れやすいらしい。

 漁師達も近海で漁を終えるそうだ」

「へぇ。初耳だ。誰に訊いたんだ?」

「最初の港でマクダムが地元の者に訊いたらしい。

 社交的な男だからな、現地での情報収集はお手の物だ」


 マクダムは交代でキャリウス車の御者をしている男達の一人だ。

 一真も何度か会話したことはある。

 何かと気が利く男で、話も上手く、その上見た目も整っている男だ。

 一真は侍女達の噂を立ち聞きしてしまったことがある。

 その時の内容もマクダムについてだった。


「マクダムさんですか。彼なら情報を訊くぐらい訳ないか」


 マクダムに一真は恩がある。

 ソーラの好むものを雑談の折りに聞き出していた。

 忘れないようメモを取っておいたのだ。

 一真は帰ったらソーラへのプレゼントを画策している。

 マクダムのおかげだ。


「情報の正誤はこうして予定の遅れとして現れている。

 もっと事前調査をしておくべきだったな」


 軽いため息をしながら、セレンが言った。

 セレンは以前もティルドを通過している。

 ルートこそ違うが、情報収集のチャンスはあったということだ。


「でも、ヘマがゼクセリアに来たから沿岸を通ることにしたんだろう?」


 一真は以前セレンに聞いたことをを口にする。

 ヘマもティルドの神機もゼクセリアに来ているのだ。

 わざわざ王都に寄って外交する必要もない。


「ああ。ヘマが来るまでは内陸を通って挨拶くらいはする想定だった。

 そもそも今回の旅自体が、戦儀で勝ち抜けたからこそやっていることなのだ」


 ゼクセリア以外の国が勝利する想定で協力を取り付けていた、と一真はいている。

 だから、改めて次の予定を立てて情報収集する、なんてことは普通はしない。


「急な経路決定だったんだ。あまりくよくよしてもしかたないだろう?」


 一真にはセレンが弱気になっているように見えた。

 だから、励ますような言葉が一真から出たのだ。


「ああ、そうだな」


 セレンは頷いて、張りつめたような表情を緩める。


「せっかく港で食料仕入れたんだ。今日は早めに食事にしよう」

「ああ、そうしよう」


 一真はセレンの提案に頷き、何を食べようか、考え始めた。


「とはいえ、海の上だ。火は最低限だよな」


 キャリウス車は木造である。

 厨房周りは防火仕様ではあるし、要所要所に金属を使っているが、基本は燃えるのだ。

 派手な火の使い方はできない。


「水も節約しておきたい」

「水? 水は結構仕入れたよな?

 それにセコンダリアまで十分な余裕を持って積んだって言ってたじゃないか?」


 セレンの言ったことに、一真は引っかかりを覚えた。


「ああ、セコンダリアの事情もあってな。水の無駄遣いはしたくないんだ」

「……じゃあ汁物、スープ系はダメだな」


 詳しい理由はセレンからはでないだろうな、と一真は判断して除外レシピを言う。


「生鮮野菜もあるし、パンを使ってサンドイッチにでもするか?」

「いや、スパイスもあるし、煮込み料理とかどうだろう」

「煮込み? 水を節約してくれって言ったばかりじゃないか」

「魔法で障壁作れば材料からでる水蒸気で蒸せないかな?」

「ああ、タジン鍋みたいな」

「タジン鍋?」

「そういうアフリカの鍋があるの。素材の水分で蒸すやつ」

「やってみるか」

「やろう」


 そういうことになった。


 タジン鍋とはアフリカで使われる特徴的な形の鍋のことだ。

 食材から出る水分だけで煮込み料理ができる一品である。


「鶏肉があったな」

「カレー風にしてみるか?

 昨日カレーっぽかったからスパイスの配分を昨日の担当に訊いて」

「いいな」


 二人は話し合いながら、部屋を出て厨房に向かった。


 食は、旅の楽しみの1つである。

 今宵の楽しい飯の時間が近づいていた。

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