01 ティルド~王様襲撃
「やだやだぁ! もどりたくなーい!」
キャリウス車キャビンの一室。
大の男が喚いていた。
絹やら宝飾やらをふんだんに使った豪華衣装は濡れており、床にシミを広げている。
頭から床に転がった冠は男が高い地位にあることを示していた。
よく整えられた髭と髪も騒いだおかげで台無しである。
男はティルド王。
お忍びで港町に張り込んでキャリウス車に忍び込んだ男だ。
「あの」
「もっとお話しようぜ! 頭の良いやつな!」
一真が訳も分からずとりあえず話を聞こうと声をあげると、ティルド王がさらに騒ぐ。
「気持ちは、その。さっぱり分からないけども。
なんでもいいから落ち着いてくださいティルド王」
セレンが言葉をものすごく選びながら言った。
面倒くさくなって選び切れてないな、と一真は思う。
「だってよー! 実のある話したのひっさしぶりだからさあ!」
男は上半身を起こし、床に座りこみながら言った。
何でこうなったんだろうと、一真は思い返す。
まずフィーアを出て二日ほど順調にキャリウスを泳がせて進んだ。
雲行きが怪しくなったので港に寄り、上陸した。
翌日嵐が来て足止めされ、激しい雨が降る最中、突然の訪問があった。
以上3行で簡単に思い返しても、一真には分からない。
なぜ急にティルド王が来たのか。
そして何故わがまま坊やみたいなことをするのか。
さっぱり分からない。
最初は名乗り、護衛を外に出して、そして挨拶から始まった。
ティルド王は相対するセレンに言う。
「ようこそ我が至高にして最上の王国へ。
挨拶も無しに通り抜けようとする不遜、実に許しがたい。
だが雨に降られる者を追い出すほど狭量な我ではない。
歓迎はしないが言葉を贈らせて貰うよゼクセリアの王子よ」
王様って本来はこういう風なのかもしれない。
一真はティルド王の傲慢な態度と言葉にそう思った。
セレンは圧倒される一真を余所に、頭を下げ言う。
「ティルド王、供の者も少なく雨の降る中よく来ていただいた。
茶ぐらいしか出せないが、歓迎いたします」
変化は劇的だった。ティルド王の顔が満面の笑みになったのだ。
一真は少し引いた。
「何、急に訪うたのは我である。
我は客人に無用にして尊大な世話を強請るほど愚かではない」
「このキャリウス車はゼクセリアの技術者が粋を極めたもの。
ティルド王よ、中に入れば皆、私の客人です。
立ち話も疲れるでしょう。椅子のあるところに案内します」
セレンは気にしたような様子は一切ない。
極めて淡々と、口調の変化もなく言いのけ、奥の部屋を示した。
「おや、招き入れていただけるとは。中々に良い話ができそうだ」
一真の前を通り、ティルド王が奥の部屋に入る。
セレンが後に続いた。
一真は後を追うか躊躇い立ち尽くす。
ティルド王の視線はセレンにしか向かず、話しかけられもしなかったのだ。
だから自分がこの二人が話す場にいて良いかどうか、分からない。
「一真、お前もこい」
動かない一真に、部屋に入りかけたセレンが言った。
「お、おう。いいのか?」
「いいのかも何もない。早く来るんだ」
有無を言わさないセレンの言葉に、一真は頷くことしか出来ない。
こうして一真は場違いな話し合いの場にいることになったのだ。
セレンとティルド王の会話は順調だった。
ティルドに来た理由から始まり、前回の訪問の感想、この国の文化についての雑談等。
和気藹々としたものだ。
一言も話すタイミングのない一真を除いて、だが。
「ふぅ。久々に有意義な時間を過ごせて楽しいよ、セレン王子」
出されたお茶を一口飲み、ティルド王が言った。
「心中、お察しします」
「そうか、君は知っていたか、この国を」
「前回はティルド国内の街道を通りましたので。領主貴族に歓迎されたこともあります」
「それはどこのどいつだ? そんな報告、聞いていない」
「後ほどリストを作りお渡しします。おい、誰かいるか?」
打てば響く、とはこのことだろうと一真は二人の会話を横で聞き、思う。
最初の挨拶の時のような余計な修飾はティルド王の言から消えた。
代わりにわかりやすくシンプルな言葉遣いになっている。
そのおかげで二人の会話を一真は理解できていた。
だが、一真は何故、と考える。
不思議なほどにティルドの奏者ヘマと神機について、話題に出ないのだ。
ヘマはティルドを出奔してゼクセリアに来ている。
ティルド王がゼクセリアにヘマがいることを知らないのだろうと、一真は思った。
そしてセレンがわざわざ言う必要もない。
一人で考え、一真は勝手に納得する。
一真がヘマについて考えていると、セレンとティルド王の会話が止まった。
「はぁぁぁぁぁ」
深いため息だ。発生源は、ティルド王だった。
「どうされましたか、ティルド王」
「いや、何。この会談が終われば戻らねばならん。それが憂鬱なのだよ」
どれほど戻りたくないのか。一真は興味を持った。
「セレン王子には神への反逆を是非成し遂げて貰いたいな」
「なっ!」
セレンが驚愕し、声を上げる。
一真はセレンを見て首を傾げた。
前にティルド王と会談をしているなら、話したはずだ。
「はは、愚者の王とて、諜報ぐらいはする。だが驚かせてしまったな。謝罪しよう」
楽しそうな表情でティルド王が言った。
それに対し、セレンは首を横に振る。
「謝罪には及びません。情報収集など、当然のこと。
しかし、前回の会談では神への反逆など、欠片も話していないはず。
なぜ、分かったのです?」
セレンはティルド王には話を通していなかった。
だが何故、と一真は考えようとしてやめる。
今はおそらく、それどころではない。
「何。君は周囲の官吏や貴族共に遠慮してすべてを言わなかった。そのぐらいは分かる。
そして戦儀後に神機を奏者含めて借り受けたいと言う。
これでは何かがあると言っているようなものだ。
あとは情報収集して情報を整理して導き出した結論だよ。
そして正解だったようだ」
強く、自信に満ちたティルド王の表情に、一真は好感を覚える。
楽しそうなのだ。
気心の知れた友人を出し抜いて、サプライズで驚かせた。
ティルド王はそんな達成感に満ちていると、一真は何故か感じたのだ。
セレンは少し呆けたように黙り込み、瞬きを2、3度してから口を開く。
「いや、はや。よもやそこまで聡明だとは。いや、申し――」
「何、気にすることはない」
謝罪しようとしたセレンの言葉をティルド王が遮った。
「あの愚物共を侍らせる我が姿を見れば、私自身の評価もその程度に落ち着こうもの。
私としては大いに協力したいのだが、我が国は貴族制でね。
私の一存ではどうしようもないのだ」
意思の強そうな顔に陰りが出来る。
ままならないことに嫌気が差しているのだろうかと、一真は思った。
「そう。ところでゼクセリアの奏者はなぜなにも言わないのだ?」
「ふぇっ!?」
急に話を振られ、一真は驚愕し軽いパニックに陥る。
「そのっ、えっと! 参加して、よかったので?」
結果、疑問を返してしまった。
「良いも何も、セレン王子が供に招いているのだから話を聞いたり質問をしてくれていいんだぞ」
「そ、そうでしたか」
緊張と混乱で体をカチコチにしながら、一真はなんとか頭を回そうとする。
「そうだぞ。なにも喋らないから具合でも悪いのかと思った」
あっけらかんと言うセレンに、コイツ!と感じながらも一真は心を落ち着かせた。
深呼吸をし、一真は質問を口にする。
「では1つ。私はこの国に寄ったばかりでどういう国か分からないのです。
その、起きている問題も含めて」
セレンとティルド王は顔を見合わせた。
「セレン王子よ、どういうことだ?」
「一真は客人なのですよ、ティルド王。
ですから説明するにもまずその国を目で見せてからの方が良い、という方針です」
ティルド王の問いに答えるセレン。
一真は前々から情報ぐらい教えてくれてもいいと思っていた。
こういうときに何言っているんだこいつは?みたいな顔をされてしまうからだ。
「そうか。それなら、知らない方が良い。我が国の恥である」
ティルド王は顔を横に2、3度振って、言い、額に手を添えてうつむいた。
テーブル越しにセレンがティルド王に声を掛ける。
「今回の旅でもティルドは補給に寄るだけのつもりでした。
神機の確保も、済ませましたから」
「っ! なるほど。ヘマはやはりゼクセリアに」
セレンが付け足した言葉に、ティルド王は跳ね起き、一真の目を見た。
「ヘマとそなたの戦い、素晴らしかった。
ティルドの奏者があそこまで必死に戦うのは、私が見る限り初めてだ」
「えっと、奏者は戦儀に全りょ――」
奏者が戦儀に全力を尽くす。
考えてみれば自分の勝手な思い込みだと、一真は思い直し、言葉を止めた。
「そうでも、ないのか?」
思い出すのは前の国で出会ったサマクだ。
サマクがどう戦儀で戦ったかは一真は知らない。
だが負けたことを気にしている風は一切なかった。
「フィーアの奏者も、基本適当だったな。
終わった後の工事が大事だし、奇跡はあればいいが今の水中生活に満足している」
ティルド王が一真の思考を察したのか、フィーアについて述べる。
「そして、我が国の奏者は、大きく2パターンに分けられる。
分けてもやる気がないことは同じだがな。くくっ」
一真はティルド王の嘲るような微かな苦笑を聞き逃さなかった。
「スラム出身や平民の奏者はどう考えているか分からん。
だが、貴族のために戦うのが莫迦らしいのだろうな。
勝てる戦いに負けた戦儀がいくつもあった。
とはいえ、あからさまに負けに行く者はいなかったがな。
そのようなことをすれば、貴族どもが黙っていない」
ヘマはスラムの出だと言っていたのを、一真は覚えている。
誰か、おそらく親に売られたとも。
「もう一つは貴族どもだが、その前に我が国の奇跡について言わねばならん。
我が国では貴族共の会議によって叶える奇跡を決める」
「は?」「なんと」
一真は、セレンも思わず声を漏らした。
「この場で説明するには説明しきれない貴族共の権力闘争によって叶う奇跡が決まるのだ。
当然、叶えば提案した者の権力は強くなる。地位も向上するだろう。
なれば、足を引っ張りたくなるのだろうな」
一真は思ったのよりちょっと、だいぶ、かなり酷い答えだった。
「あの、それでは提案した人が奏者だった場合はどうなったんですか?」
「私が王に即位して以降はない。
ただ記録を見る限り、貴族制に移ってから戦儀で奇跡を叶えた例はある」
衝撃を受けた一真が出した質問に、ティルド王が答える。
「議事録は見ることが出来ないから詳細は不明だ。
だが、強い権力を持った人物のこともあった」
過去を知ることが出来ない。
王であるにも関わらず、いや王だからこそ、貴族に制限されている。
不満の表れか、ティルド王の眉は徐々に吊り上がり、拳にも力が入り堅く握られた。
ティルド王は頭を横に振る。
「いや、この話はもう止してくれ。王でなければ逃げたいのだがな。
いや、王になったからこそ、蒙が啓かれたのだ」
「となるとやはり」
セレンがティルド王の言葉に気付き、口を開いた。
「精神や脳に影響する奇跡がティルドにも」
「おそらく、な」
ティルド王が同意する。
彼は再度首を振り、表情を緩め、ため息を吐いた。
「ああ、そろそろ戻らねばな。側近どもがうるさいのだ」
「お帰りですか。外まで送りましょう」
セレンが立ち上がる。ティルド王も遅れて立ち上がった。
ぽつりと、ティルド王がつぶやく。
「やだなぁ」
「どうされました?」
つぶやきを聞いた一真が訊いた。
「帰りたくない……」
肺から絞り出すような、ティルド王の声だ。
「やっだぁ! 帰りたくなぁい!」
ティルド王はばたーんと倒れるように床に転がり、わめき出す。
そうして、冒頭に至ったのであった。
「観念して帰れよぉ!
あんだけ責任感ある王の姿見せといて、駄々こねるんじゃない!!」
このように声を荒げるセレンを見るのは、一真は初めてだ。
一真は呆れ、ため息を吐く。
セレンとティルド王の押し問答は夜まで続いた。
結局その日は一泊してから解散と、ティルド王は帰っていったのである。
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