07 フィーア~次の目的地は


「いやぁ、今回もなんとか終わったな」


 キャリウス車の一室で、背筋を伸ばしながら一真は言った。

 フィーア王と謁見が終わり、そそくさとキャリウス車で港を出たのだ。


「ああ、フィーア王からサマクにもうゼクセリアに行くように言ったから、バハル村では会えなかったんじゃないの?

 と言われたときは流石に途方に暮れたがな」


 セレンがフィーア王の声まねをしながら応じる。

 普段こういうおふざけをしないセレンに、一真は相当疲れているな、と感じた。


「その上、バハル村まで行ってくれないかと言われたときはどうしようかと」


 一真はセレンに頷いて言う。

 なおバハル村から王城のある島まで一週間かかった。

 王城はフィベズから遠い場所にあるのだ。

 急いで街から離れたのも、ほかに妙な頼まれごとをされないためである。


「日程もあるから困るんだよな、ああいうの」


 セレンがうんざりしたようにため息をついた。


「最終的に使者を出して要請するのを確約してくれたからいいけど。

 一度戻るとなったら魚料理にも飽きてしまいそうだ」


 テーブルに突っ伏しながら一真が言う。

 フィベズで仕入れ食料が心許なくなってきているのだ。

 切れたら栄養も心配になるほど魚だけしか食卓に上らないだろう。


「いや、おいしいから良いんだけどね。あんなデカい鯉とか初めて見たし、美味かった」


 王城に着く前日のこと。

 見事な模様のある錦鯉(2メートルくらいある)を捕獲し、汁物にして食べたのだ。

 貴重な清水をもうすぐ到着予定だからと多めに使い、ゼクセリアから持ってきた干し肉で出汁を取り、フィベズで仕入れた豆を発酵させた調味料で味を付けた一品である。

 一真は米が欲しくてたまらず、思わず麦飯を炊いてこれじゃないと嘆いたのだった。


「あれは美味かった。余ったからと言って城下町で振る舞ったら良い稼ぎになったな。

 おかげでフィアキッパをかなり仕入れられた」


 保存食はあって困らないし、ティルドの港で売ってもいい。

 良い選択だと一真も同意した。


「さて、次はティルドじゃなくてセコンダリアだったか?」


 確認しようと、一真はセレンに訊ねる。


「ああ。ここままキャリウスを泳がせてセコンダリアに行く。

 とはいえ、ティルドによらない訳じゃない」


 疲れをにじませた顔から、いつもの仏頂面に戻ったセレンが言った。


「と、いうと?」

「中を直接通らず、海岸に沿って迂回して行く。

 港があれば寄って食料の買い出しなどを行う予定だ」

「じゃあ、一応ティルドの様子は見れるのか」


 セレンの回答に、一真の心が少しだけ躍る。

 日本にいた頃の一真はめったに旅行しなかった。

 そんな彼にとって、この旅は楽しい物になってきているのだ。


「一応な。そこまで楽しみにする物ではないがな」


 セレンは軽く言う物の、強い否定はしない。


「ただこの沿岸を通るルートは前回とは違う。何が起こるか未知数なんだ」


 まっすぐ向けられるセレンの目に、一真は少し気合いを入れる。


「注意はしておくよ。海の上を行くんだ。何があっても不思議じゃない」

「そうだ。だが魔物や水中の様子にばかり目を向けて貰っては困る」


 一真の言うことに、セレンは頷きながらも首を横に振った。


「今のところ遭遇していないが、キャリウス車は嵐に弱い。

 状況次第では港に足止めされることもあり得る」


 キャリウス車は錨を積んでいない。

 重い錨と錨用の鎖は陸上を進むときに重すぎるのだ。

 そのため、嵐に抗うことは出来ず、その場で停留もできない。

 沈みにくいよう破損しにくいよう工夫はされている。

 だが流されるしか術はないのだ。


「まさか。陸上でトラブルに遭う、ってことか?」


 セレンの言い方に、一真は気付いた。

 声には疑いを含ませている。

 魔物だったら一真自身が何とか出来るのだ。

 一真だけでなく、護衛の者も何人か乗っている。

 魔物でなくても、キャリウス車は巨大で頑丈だ。

 何があってもある程度は大丈夫だろう。

 その上ゼクセリアの紋も入っているのだ。

 人間が襲ってくる、といったことは考慮外において良い。


 以上のことから、一真は安心している。

 キャリウス車に、そして持ち主のセレンに信頼を寄せているのだ。


「ティルドはそういうところだ。あまり気を抜きすぎない方が良い」


 セレンはそれだけ言うと、少し休む、と言って部屋を出た。


「……うーん」


 一真はセレンが出て行った扉を見て呻る。


「そんなに言うなら全部あらかじめ言っておいて欲しい……」


 つぶやきは誰にも聞かれなかった。

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