06 フィベズ~旅の続きを始めよう


「世話になった」


 リリィがキャリウス車のキャビンから外に出て、一真とセレンに言った。


「倉庫とマットを貸しただけだ。あまり気にするな」


 セレンがキャビンの中から言う。


 出会い会のあと、セレンと一真はすぐに城を出ることにした。

 あまり愉快な光景ではなかったこともある。

 寝床をわざわざ用意してもらうのも、心苦しい。

 が、それ以上に自分が持つ常識から、何か余計なことを言ってしまうのを避けたのだ。

 失言が原因でフィベズからの協力がなくなっては元も子もない。


 憔悴するリリィを連れ出したのもその時だ。

 声を掛けたのは一真だが、泊めることを決めたのはセレンだった。


「そうそう。マットは予備だし、倉庫も実質空き部屋だから」


 一真はリリィから遅れてキャリウス車から出る。


「まだ心配か?」


 セレンが一真の背に問いを投げかけた。


「そりゃね。でもリリィを泊めたのはセレンじゃないか」

「大事な戦力だ。放置はできん」


 振り返るが、顔を背けたセレンの表情は一真からは見えない。

 セレンはいつもの鷹揚な口調だ。


「理由がどうだろうと、世話になったのは事実だ。

 あのままでは何をしでかしたか、私にも分からない」


 リリィが遠慮がちな笑顔で答えた。


「礼はいい。その恩、返してもらうからな」


 セレンが背を向けて言う。

 照れ隠しかと一真は思った。


「ああ、もちろんだとも」


 一真が何か言おうとする前に、リリィは剣を抜きながら言う。


「私はこの国の、いや。世界のため、あなた達とともに戦おう」


 手に持った剣をリリィが顔の前で切っ先を上に向けて掲げた。


 一真は顔をほころばせて頷く。


「ありがとう。心強いよ」

「ふふ、いずれ国を出てあなたに嫁ぐからな」

「そ、それは」


 はにかみ、剣を鞘にしまいながら言うリリィに、一真はたじろいだ。

 拒絶するほど嫌いではないが否定して心変わりをされては困る。

 返答に困る物言いだった。


「諦めろ。まとめて抱き込め」


 投げやりに、どうでも良さそうにセレンが言う。

 一真は人ごとだと思ってと、反発を抱いた。

 だが人ごとではないことを一真は知っている。


 フィベズがゼクセリアに協力する条件を一つだけ提示された。

 受け入れるしかなかったそれは、フィベズの女性をほかの国に嫁がせることだ。

 それも大量に。

 更に、同盟主であるセレンは人数は決まっていないが複数人嫁を取らねばならない。

 一真にはよく分からない早さでそう決まった。

 というよりも、以前の対話で決まったことらしい。


 なんか話の流れで何人も嫁をもらうことになった王子様、一真の認識はこうである。


 理由も分かる。

 道理も分かる。

 だが一真の常識が邪魔をして、受け入れることができない。


 日本では二人以上に手を出せば浮気男となってしまう。

 一真の知り合いに一人いた。

 多いときで七股だったという。

 刺されて入院したと聞いてからは、会っていない。


 彼ほど極端ではないにしろ、あまり良いイメージを持っていないのが一真の現状だ。

 

 だが一真も男である。

 武人でもなければ僧侶でもない。

 二月前までただの新入社員だったのだ。


「いや、その」


 結果、強い拒否が出てこない。


「その内に観念しそうだな」


 セレンが呆れたように言った。


 一真は焦って何か言い返そうと考えるが、全く思考が纏まらない。


「ルードを買った一家なんだが」


 リリィは落ち着いた声で言った。


 静かな声に不安を抱いた一真がリリィを遮ろうと口を開く。


「それは、いやどういう家か知っているのか?」


 しかし一真はリリィの目に理性を感じ、問いかけを繋げた。


「ハーンランスト山麓は近くてな。歩いて半日ほどの隣家なんだ」


 懐かしむような声で、リリィは言う。


「昔から種や食料を融通し合っていてな。

 長姉のチトー様とは何度かお話ししたこともある。

 お優しい方だ。きっと、ルードも悪い扱いは受けない、と思うんだ」


 気楽に会える間柄ではないのだろうと、一真は気付いた。

 リリィは家を出て国の討伐隊に入ったのだ。

 家には帰れないし、隣家ならなおさら訪問は無理だろう。

 リリィにはもう、祈ることしかできない。


「なら、いい家族になれるよう、祈らせてもらう」


 そして一真にできることも、願うことだけだった。

 ルードという青年のことはよく知らない。

 ハーンランスト山麓の一家など、輪を掛けて知らないのだ。

 だがそれでも、願わずにはいられない。


「ああ、ありがとう」


 リリィが頷くと、しばし静かな時間が流れた。


「さて」


 笑みを浮かべてリリィが切り出す。


「そろそろ荷物をまとめに部屋に帰るよ」

「えっ、あ、うん。分かった」


 一真は言い返すを諦め、また未来の自分に対応を任せることにした。


「ゼクセリアで待っててほしい。ほかの国をしっかりと見て、戻るから」


 フィベズは長い旅における最初の目的地だ。

 そして、目的はクリアした。

 次の国に発たねばならない。


「ああ。待っている。共に戦えることを楽しみにしているよ」


 リリィは右手を一真に差し出した。

 一真は迷わず右手を同じように差し出し、リリィの手を握る。


「あっ」


 セレンが声を漏らした。


「ん? どうしたのか」


 一真は振り返ってキャビンの中にいるセレンを見る。


「い、いやぁ?」

「はっははは、他意は意味はないさ」


 はぐらかそうとするセレンをリリィは笑い飛ばした。


「どういうことだ?」


 リリィとセレンの顔を見比べ、混乱する一真は訳が分からない。

 この場でどういうやりとりが二人の間にあったのか、一真は全く分からないのだ。


「ふっふふ、確かにフィベズではこの行為には別の意味がある。

 女が差し出した手を男が手に取る、というのが婚約の儀だ」


 笑いを堪えながらリリィが説明をした。


「えっ!?」


 驚いた一真は慌てて離そうとするが、リリィの力が上回って振りほどけない。


「安心しろカズマ。これはただの握手。

 婚約の正式なやり方は手のひらを上に向けて差し出し、そこに載せる。

 ほら、違うだろう?」

「う、うんまぁ、そうだけど」


 リリィの言に一応の納得をし、一真は腕から力を抜く。


「ただの握手。再会と共闘の約束だ」


 微笑み、一真をまっすぐと見つめるリリィに、一真はドキッとした。


「あ、あぁ。分かってる。一緒に戦おう」

「うん。ではまた、会おう」


 リリィは一真の手を離すと、一真達に背を向けて城の方に歩き出す。


「またな!」


 大きな声でリリィの背に一真は声を掛けた。


「ご協力、感謝する!」


 キャビンの中からセレンも大声で言葉を放つ。


 リリィは後ろ手に手を振り、振り返らず歩き続けた。


「さ、行くか」


 セレンがため息混じりに言うと、一真は振り返る。


「ああ、行こう」


 一真はキャビンに乗り込み、ドアを閉めた。


 セレンは既に階段に向かっている。

 キャリウス車の客車、最上階から出発の指示を出すのだろう。


 一真はすぐ近くの小さな談話室に向かった。

 小さいが窓がある部屋だ。

 その窓は手のひら大の四角いガラスを格子状の枠にいくつも並べてはめ込んである。

 平らで透明度が高いガラスで、向こう側がよく見える。

 格子の枠は耐久性のためだろうと、一真は考えていた。


 ガラス窓に歩み寄ると、一真はガラス越しに外を見る。


 白亜の城、その壁が見えた。


 数呼吸くらいの後、部屋が動き出す。

 キャリウス車が動き出し、外の風景も少しずつ流れ出した。


 一真はこの国に、あまりいい思いを抱いていない。


 日本の常識では考えられない人間を売り買いするオークションを見せられた。

 王の妙な趣味に巻き込まれた。


 それでも、戦い、神への反逆が成功すれば。

 この国も変わる。

 良くなるのだと、一真は思うことにしたのだ。


 流れていく白い城壁を見ながら、一真は胸に手を当てる。


 戦う理由がまた一つ、増えた。

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