05 フィベズ~闇蠢く場所


 呆れ、ため息を一つ吐く。

 一真は出会い会と呼ばれるパーティのような場で早く終わってくれとうんざりした。

 お見合いパーティかと思えば、ボディビル大会を見せられたのだ。


 出てきたマッチョな男が次のポージングを決める。


「巨乳ね!」「良い筋肉の仕上がり具合だわ」「肩に小さなドラゴンでも乗せてらしてる?」「お腹が化け猪ね」


 絶賛しか聞こえてこない。

 絶賛、なのだろうと一真は考えるのをやめて絶賛だと思うことにした。

 例えが本当によく分からない。

 ただ一部に面白い物があるのが事実なので、一真はつい会場内の声を聞いてしまうのだ。


 不意に――あれなら、全部出してでも買いね――声が一真の耳に届いた。


「ッ!?」

「どうした?」


 息を飲んだ一真にセレンが問いかける。


「い、いや、なんでもない」


 気のせいだ。そう、一真は自分に言い聞かせた。

 このパーティは見合いだ。

 見合いで買いなどという言葉が出るはずもない。


 一真は喉の渇きを覚え、水を飲む。

 隣を見れば、セレンは舞台の方を見ないように、皿に視線を落としていた。

 いつの間にか前菜の皿はなく、澄んだ褐色のスープが置いてある。

 一真の前にあるものも、そうだ。


「いつの間に」


 そう呟くと、軽く素揚げしたような野菜の載った皿がコトリ、と一真の前に置かれた。

 皿を持つ手を辿って後ろを振り向くと、女性がニコリと微笑んだ。


「あ、ありがとうございます」

「どうも」


 一真の礼に短く返した女性はそのままワゴンを押して配膳に戻った。


 あまり目立たぬよう、邪魔しないような静かな動きは、明らかに手慣れている。

 何度繰り返したのか、それとも練習したのか。

 一真はどちらであろうと不本意なんだろうと、自分にも分からぬ理由で思った。


 スプーンを手に取り、スープをすくう。

 そういえばこのスプーン、フォークなどもそうだが、手に違和感がある。

 ステンレスではないのだろう。

 きらめく金属色がスープ越しに見て取れた。


 口元に運ぶ。

 香草や何かおいしいものの匂いが鼻を通った。

 ふつ、と食欲が湧き、スープを口に流し込んだ。


 一真の舌がすべて幸せを感じた。

 熱湯よりやや冷めて喉に通しやすい温度で、尖った味はなにもない。

 だというのに、複雑な素材の味群が少量の塩気によってまとまっているのだ。


 既に喉を通り、口の中には何もない。

 だが味の余韻がまだ残る。

 ちょっとピリっとした胡椒か何かの刺激がゆっくりと消えていった。


「うまっ」


 一真は思わず声に出した。

 食事において未だかつてない味の衝撃だ。


 似たような物というよりは、同じ調理法らしき料理は日本で一真も飲んだことがある。

 名をコンソメスープ。

 違うのは、素材だ。

 もちろん、王宮秘伝故に一級の素材をふんだんに使っているのある。

 だが、地球とは全く違う味や風味の出汁が出る素材で丁寧に作られているのだ。

 その違いと美味しさに、一真は驚いた。


「む、これは確かに」

「おお、これが王宮秘伝のスープ、確かにいい。姉様が自慢するわけだ」


 セレンとリリィも食べたらしい。


「はは、喜んでくれて何よりだ。私もめったに食べることができないスープだよ」

「なんと。王宮秘伝といえど、王が作っているわけではないのですね」


 フィベズ王が変わらない様子で言い、セレンが意外そうに大仰な驚き方で応えた。


「うむ。第一王妃に代々伝わっているらしいなぁ。私は厨房に立てないからね」


 眉尻が下がり、ため息でも吐くようにフィベズ王が言う。


「う、それは」


 セレンがたじろいだ。

 一真も、何かがこみ上げてくるように思えた。


「王はね。いや、限らんか。

 体を鍛え食事を取り、ただただそれだけをして過ごしている」


 王が一口スープを飲み、ため息のように息を吐く。


「言ってしまえば、退屈なのだ」


 スプーンをテーブルに置き、まだ中身のあるスープの皿をフィベズ王は横に除けた。


「だから、このような良くない趣味でもなければ、苦痛しかない」

「それは、どういう意味、ですか?」


 セレンが口に出した問いは、一真も同じ疑問を抱えている。

 だが、女性の声に遮られる。


『さて、これで紹介が終わりましたね』

「ああ、やっとか。やっと、楽しめる」


 フィベズ王の口元が緩んだ。視線は新たにテーブルに置かれた肉料理に向いている。

 分厚いステーキか、と一真は思った。

 ステーキでなくとも、似たような料理だろうと。


「どういう意味か、か。その質問はまた後にしてくれないか」


 セレンの方をちらりともみない。


「は、ぁ。分かりました」


 釈然としない様子のセレンはそう返して、舞台の方に顔を向けた。


 一真も倣い、舞台を見る。


 舞台には何か掲示板のような板や演台のような物が新たに運び込まれていた。

 舞台に立つ女性も増えている。

 今の舞台上に似た様子の何かを、一真はどこかで見覚えがあった。


 まさか。そんな。一真の常識が否定する。


 演台の向こうに立つ司会らしき女性が木槌を演台に打ち付けた。


『では出会いを始めましょうか。ルード・エヴェナス!』


 名が呼ばれると、舞台袖からリリィの弟・ルードが現れる。

 ルードは落ち着いた足取りで、舞台の中央まで歩いた。

 ポージングはしない。

 表情に陰りがないのは演技か、諦観か、一真には分からなかった。


『では100から!』「110」『110! ティボル平原南部から110が出た』


 否定したはずの考えが、一真の目の前で行われている。


「140!」『140! まだありませんか?』「150!」


「な、なぁカズマ」


 リリィが、呆然とした声で一真に問いかけてきた。


「あれは、なんだ?」


 答えるのは簡単だ。一真は知っている。これが何かを知っているのだ。


「まさかここまで」


 セレンも額を手で覆い、うつむいて呟いた。


 次の料理が運ばれ、一真たちの前に置かれる。

 メインディッシュであろう上等な肉を焼いた、ステーキだ。


『はい167と3400セン! もうないか、もうないな。決定! ルード・エヴェナス167ダンと、3400セン!』


「お金!? なんで!? ね、姉さまはお金でルードを売ったのか!?」


 司会の声にリリィが悲鳴じみた声を上げる。


「しかも、私の剣より安いじゃないか!?」


 立ち上がろうとしているのか、腰を浮かせている。

 立ち上がれないのはその肩を二人の女性が押さえているからだ。


 一真にはルードに付けられた額がどのくらいかは分からない。

 だがリリィの剣はこの国で再会したときにも持っていたから覚えている。

 鞘や柄頭に宝石や彫刻があしらってあった。

 セレンが言うには討伐戦士団は命を託す装備品には相当な金を掛けるという。

 けっして安物ではないはずだ。

 だが、リリィにとっては剣より安い、というショックは一真には計り知れない。


「おとなしく座ってな」

「しっかりと見てるんだ」

「は、離せ!」


 リリィが振り払おうとしても、動かない。

 腰の剣に手をやるが、抑えられ押し込まれる。

 完全に動きを封じられていた。


『さあ次の出会いです。ウィンズ・イルマノ! 200から!』

「ルードは! ルードがああああ!」


 吠えるリリィをよそに、一真はどう声を掛ければ良いのか分からない。

 この状況を邪魔するのも、フィベズの協力がなくなるかもと考えれば、できない。


 セレンも一真と同じなのだろうか。

 舞台から目を背け、リリィに歯を食いしばりながら視線だけを向けている。


 そして、フィベズ王は。

 リリィや会場の光景を見ながら、ステーキを食べていた。


「な、なんなんだ、どういう、ことだ!?」


 一真たまらず叫んだ。

 フィベズが逼迫しているのは知っていた。

 だが、ここまでするとは思っていなかったのだ。


「ふ、はは。これだよ」


 フィベズ王が堪えきれぬ笑いを漏らし、言う。


「このような無聊の慰めでもなければ、な」


――やっと、楽しめる

 これしかないのだと、一真は理解した。

 これしか、このようなものしか、フィベズ王は楽しみがないのだ。


 商品は男の、オークション。


 フィベズは男を競りに掛けて女たちに奪い合わせている。

 そうしなければいけないほどの、王の退屈。

 そうしなければいけないほどの、男の少なさ。


「なんて、なんて国だ」


 キツく絞り出すような声でいうセレンに、一真は頷き、返すことしかできない。


「ああ、なんて国だ」

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