04 フィベズ~光当たる場所


「落ち着け」


 周囲をちらちらとうかがう一真を、セレンがたしなめた。


「いや、だけどもな」


 注意の内容は一真にも納得できるし、落ち着かねばならないとも思う。


「こういう場所は初めてなんだ」


 一真とセレンは今、パーティ会場のような場所で、用意された席に着いていた。


「それに」


 視線を感じ、一真はそちらを見る。

 着飾った女性が慌てたように視線をそらした。


「どうにも観察されているような」

「ような、ではないな」


 一真とはセレンを挟んだ席についたフィベズ王が言う。


「私以外の男がこのテーブルにいることは、本来あり得ないことだからだ」


 フィベズ王の自室で行った会合は成功だったと言って良いだろう。

 全面的な協力を約束するとの言質があった。

 それに翌日にも神機と奏者であるリリィの派遣も約束してくれたのだ。

 一真とセレンはフィベズ王に食事でも、と誘われうなずいたのだった。


 それよりしばらく後。

 食事の場所に、と言われ連れられたのがこのパーティ会場だ。


 一番奥には舞台のようなものがあり、緞帳が降りて様子はうかがえない。

 多くの円形のテーブルが舞台を見やすいように互い違いに並んでいる。

 一真たちは舞台やテーブルが見やすいよう一番端の長テーブルに案内された。


 円形のテーブルを囲うように配置された椅子はほとんど埋まっている。

 座っているのは、ドレスや派手な服を着た女性たちだ。

 皆、化粧や装飾品で美しく自分を飾っている。


 各テーブルには様々な料理や飲み物が載っているが、口を付ける女性は誰一人いない。

 セレンもフォークを握るが、手が進まないようだ。


 食欲が湧かないなと、前菜と思わしき皿の前で一真は思った。

 最後に食事してから時間はかなり経っている。


 和やかな談笑と笑顔で満ちたパーティ会場だ、そのはずだ。

 だというのに、一真はひりついた何かを感じていた。


 一真は一人の女性を遠目に見る。笑っているのに笑っていない。

 表情が硬い、ような気がした。距離もあり、確証は持てない。


 耳を澄ませば、笑い声にしては堅く、沈んでいる。

 無理矢理に甲高くアピールしているような。

 そんな印象を持った。


 一真は慌てて首を振る。

 聞こえてきた話はとりとめのない内容だったが、何故か心臓が強く鼓動した。

 会場の雰囲気に飲まれたのか、汗が吹き出て、喉を滴が伝う。


 気持ち悪さに、一真は疑問を口に出した。


「この会はなんの集まりなんだ?」


 言うつもりのなかった疑問だ。

 フィベズ王の回答は一真は分かっている。


「すぐに分かる」


 一真はすでに同じ内容を聞いていたからだ。

 これが二度目。


 見ればフィベズ王の前にある皿は既に空いている。

 ソースやオイルの残りがあるだけだ。


 一真はため息を吐き、いい加減に目の前の料理を片付けるかとフォークを持った。


 その時だ。

 一真の背後から大仰な扉が軋みながら開いた。


「お、遅れました!」


 聞いたことがある声に振り向く。

 着飾った女性が不安げな表情をして立っていた。

 見覚えがある格好だ。

 どこかであったような気がした。

 だが一真が覚えている限り、彼女のような女性は初めて見る気がする。

 一真はそう思った。


「おぉ、カズマ! なんでここに!?」


 そう言われ、一真は入ってきた女性がリリィだとようやく理解する。

 見覚えがあるはずだ。

 神前戦儀の場で一度だけこのドレスを着たリリィを見たことがあった。

 神前戦儀で初勝利をした後、アジャンにあの施設を案内された時だ。


 その時とは違い、右腰に帯剣するためか、太い革ベルトが巻かれている。

 ベルトの右腰からは細いベルトが右腰から左肩に掛けて乳房の間を通って掛けていた。

 なるほど帯剣用のベルトがあること前提のドレスらしい。

 肩に詰め物をしているのか形がかっちりとしている。

 腰のあたりもベルトと剣の重みでドレスの形が崩れないよう補強されているようだ。


 化粧の仕方も違うらしく、当時の怜悧な印象はかなり薄れている。


「やっときたか」


 大仰な声でフィベズ王がため息交じりに言った。


「早く席に着け。カズマの隣で良いだろう」

「は、はい。了解いたしました」


 慌てたようにリリィが胸の前に右拳を当てながら言う。


 一真の隣、セレンの反対側は確かに空いていた。

 誰が座るのかと不思議だったが、リリィが来る予定だったのかと一真は納得する。


「あ、姉様」


 椅子に座りかけたリリィが呟いた。

 一真がリリィの視線を辿ると、丸テーブル席に座る一団を見つける。

 その女性たちは睨むようにリリィを一瞥して、顔を背けた。


「姉様?」


 眉をひそめ、顔を曇らせるリリィ。

 声を掛けようとしたところで、二度、拍手が響いた。

 しん、と耳鳴りで痛くなりそうなほどの静寂が、広間に訪れる。

 一切の話し声が消えた。


「さて」


 フィベズ王の声に、一真は反応し顔ごと視線を向ける。


「では今回の出会い会を始めよう。皆、良き相手を見繕うが良い」


 立ち上がらず、椅子に座ったままフィベズ王は言った。

 彼の前に女性が料理の皿を置くと、一切の興味をそちらに移したのか、食事に戻る。


「おお、これが出会い会か」


 声を上げ調子にしてリリィが言った。

 リリィはこのパーティのことを知っていたらしい。


「まさか見ることができるとは」


 うれしいのか、一真の目からはずいぶんと良い笑顔に見える。


「出会い、会?」


 一真は疑問を口に出した。

 リリィのうれしそうな様子に、どういう会なのか、一層気になったのだ。


「そうか、そういうことか」


 疑問しか浮かばない一真は隣のセレンに顔を向ける。

 セレンはとても納得したのか大きくうなずいていた。


「セレン、なにがそういうことなんだ?」

「男が家から出ないのに、どうやって結婚相手を探すのか不思議だった」


 セレンが言った言葉に、ようやく一真もこの場で始まろうとしていることを理解する。


「そうか。出会いの場、要は婚活パーティか」


 フィベズにおいて恋愛や誰かの紹介などと言ったものでは結婚相手を探さない。

 この、出会い会によって探すのだ。


「母たちからはずいぶん華やかな会だとは聞いていたんだ。

 家を出て巡回兵になって、もう縁がないものだと思っていたんだ」

「婚活、か。それならまだいいんだが」


 うれしそうに過去を語るリリィとは裏腹に、セレンが沈んだ声で言った。


「要するに結婚相手を探すパーティだろ?

 パーティみたいな場所、料理、着飾った女性。お見合いの大規模なやつ」

「座っているのは女ばかり。見たところ、席は既に埋まっていて男が入る余地はない。

 これでお見合いなんかできるか?」

「それは」


 一真はお見合いをしたことがない。

 婚活パーティも行ったことはない。

 だが、イメージや話に聞く限りの知識と照らし合わせ、ためらいがちに言う。


「普通に考えれば、無理だ」


 一真が言い切る前に、緞帳が開き始めた。


「おっと」

「始まるか」


 緞帳の裏にいたのは女性だ。男はいない。


『皆様、今回の出会い会を始めさせていただきます』


 舞台の女性が出しているにしては不自然な声だ。

 何かで音を大きくしているのか、舞台から遠い一真のいる場所でも良く聞こえる。

 魔法を使っているんだろうと、一真はアタリを付けた。


『本来ならば前置きの挨拶などがありますが、いつものように省略させていただきます』


 長々とした挨拶などがあるだろうと予想していたからか、一真は拍子抜けしてしまう。


「国の行事で省略するのか」

「何度も行っているし、内容も変わらん。それに皆、早く本題に行きたいのだ」


 セレンが驚き、フィベズ王が応えた。


 フィベズ王の補足で、一真はなるほどと思った。

 同じ内容をちょっとずつ変える挨拶では労力もかかるし、参加者も焦れる。

 省略してしまった方がニーズに合うのだろう。


『ではまずは一番、ブラフト谷よりルード・エヴェナス』


 司会の女性が舞台の脇に移動しながら言った。


「ブラフト谷? どこかで」

「ルード? ルード! 私の弟じゃないか!」


 どこかで聞いた地名に一真が首をかしげると、隣でリリィが立ち上がる。


「座れ。座って見ているんだ」

「ひぅっ!」


 王の短くドスの聞いた声に、リリィは悲鳴を押さえながら椅子に座った。


 舞台の袖からまだ若い青年が歩き出る。


「うぉ」「む」


 一真とセレンは同時にあげたうめき声は、会場内に沸き起こった喧噪にかき消えた。


 フィベズ王と同じ正装、つまりファウルカップ付きパンツだけだ。

 肌は青白く、鍛えてはいる。

 筋肉の筋や凹凸がよく分かる程度にはあるが、まだ肉は薄く細い。


 そんな彼が、なにやら体を見せるポーズのような物を取った。


――ボディビル?


 一真の思考が疑問で埋め尽くされていく。


 舞台上の青年はポーズを変えて笑顔でアピールしていた。


 唐突に始まったボディビルアピールに困惑する一真を余所に、会場内は沸いている。


「おぉ、病弱だったルードがあんなに立派に……む」


 リリィが昔を懐かしんで笑顔を浮かべ、すぐに顔をしかめる。

 リリィが表情を変えた理由は一真にもすぐ分かった。


 聞こえてくるのだ。周囲の声が。


「ブラフト谷は不作と聞いていましたわ」「仕上げてきてないのね」「エヴェナスの血? あれが?」「細いわ。回数少なそう」「顔はいいけど、あの体格ではね」


 あまり良くない感想ばかりが聞こえてくる。

 舞台上の青年はそれらの声を気にした様子もなく、次々とポーズを変えていた。


「リリィ」


 一真は隣の女性を案じ、名を呼んだ。


「いい。分かってる。ルードは他家からは歓迎されないだろうとは、思っていた」


 リリィは顔を背け、抑揚を抑えた声で呻くように言った。

 一真はリリィの表情が見えず、心配がつのるばかりだ。


『次は――』


 リリィの弟、ルードが出てきた方とは反対側の舞台袖に消えると、次の男性が出てくる。


「やはり、正装なのか」


 セレンが呻いた。

 出てきた男性も、やはりフィベズ男の正装だ。

 身長も遠目に見ても自分より一回り大きそうだ、と一真は感じた。

 横幅もキレのある筋肉に相応しい幅広で、凹凸が非常に良く出て見栄えも良い。


「大きいわね」「デカいわね」「仕上がってますわ」「フィベズ男らしい逆ガリね。期待できそう」「良い血管ね。眠れない日もあったのでは?」


 絶賛だ。


 聞こえてくる声、ほぼすべて絶賛だ。


「うおお」


 改めて男性を見て、一真は呻く。

 デカいのだ。ファウルカップがとてもでかい。


「すごいなアレは。本当にあの大きさ必要なのか?」


 セレンも関心したように言った。


「必要なんだろう?」


 一真はインパクトの衝撃で一切内容のない応答をしてしまう。


「すごいな」

「ああ」


 コダマが返るだけの虚無会話だ。

 ただ、出会い会は淡々と続いていった。


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