03 フィベズ~ようこそ女たちの国へ


「正装で出歩くことなど、そうそうないがね」


 フィベズの王が言った。


 ファウルカップ付きパンツだけのマッチョ男がそのまま出歩く。

 一真はその光景を一瞬だけ想像し、後悔した。


 そもそも、フィベズは男性が少なく、大事にされていると一真は聞いている。

 そのような状況とほぼ全裸が正装になる理由が繋がらない。


「話には聞いていましたが、そこまで状況は逼迫していましたか」


 セレンのやけに神妙な声だ。

 真面目そうな雰囲気に、思わず一真はセレンに急ぎ振り向いた。


「どういう」

「なんだセレン殿。彼には説明していなかったのか」


 状況が分からないと声を漏らした一真を見て、フィベズ王はセレンに聞く。


「ええ。彼はマレビトです。直接各国の状況を見て貰おうと思いまして」


 セレンは説明をしたあと、何かに気付いたように一真を真っ直ぐ見た。


「一真、自己紹介を」


 ああ、と一真は姿勢と服を正す。


「ゼクセリアの奏者、金城一真です」

「おお、君がか。戦儀を見させて貰ったが、よく頑張ったな。

 君がフィベズに来てくれていたらと思わずにいられんぞ」


 眉尻を下げ、優しげな微笑みで、フィベズ王は一真にしみじみと語った。

 その笑顔が、妙に心に引っかかり、一真は返事を直ぐに返せない。


「き、恐縮です」


 どもりながらも、ひと言だけ返す。


 フィベズ王は一真の返事を待ったのか、ゆっくりと頷いた。


「ああ、かしこまらないでくれ。私は王だが、王らしいことは何もしていない」

「そう言うわけにも」


 王の申し出に一真は少し安心して、しかし完全にラフになるのも良くないと、返した。

 仮にも相手は王だ。

 馴れ馴れしいのも良くないなと、気を引き締める。


「さてこの正装にはな。理由がある」


 王の声は慈愛に満ちており、深く落ち着いた雰囲気だ。


 彼は両手を広げ、フィベズ王は自らの肉体を惜しげも無く晒す。

 白く、青筋すら見える鍛えた体に恥ずべき所はないのだろう。


「理由、ですか」

「左様。正装自体の歴史は百年もない。

 そしてこの理由は、我が国の問題それ自体を示している。分かるかな?」


 フィベズ王は口を閉じた。

 一真の回答を待っているのだろうか。


 一真は考える。


 フィベズは男が少ない。

 だから、女性が働き、女性が戦い、女性が表に出る。

 ならば、男は働かず、戦わず、内に籠もる。


 そして、正装とは表に出て人と会うときの服装だ。

 男が外に出る、としたら。それは。


「まさかアピール……か?」


 思考が口から漏れた、と一真は勘違いした。

 いや、今の声はセレンのものだ。


「ふふ、ふはははは!」


 フィベズ王が笑い声を上げる。


「正解だ。何故そう思ったのか、聞いても良いかなセレン殿?」


 一真がフィベズ王の声を聞いてセレンの方を見た。

 セレンは少しの間、考え込むように目を閉じ、言う。


「フィベズでは女が働く。ならば、男は家の中。そして正装は人と会うときの服装」


 セレンが目を開き、フィベズ王の顔を真っ直ぐと見た。


「そのような国で男が人と会う状況と言えば、一つしか無い」

「そうだ。女性と会うための格好なのだよ」


 つまりは、見合い衣装。


 フィベズ王が背を見せ、両腕を体の横で上に向けて曲げるポージングを取る。

 素晴らしく、良く鍛え上げられた肉体だ。

 太い腕、太い足。

 分厚い胸板。

 全身を薄く覆い、筋肉の凹凸を隠す脂肪。

 内に秘めるパワーは如何ほどのことか。

 どれだけ動けるのか。

 フィベズ王の身体は雄弁に語っていた。


「ほぼ裸なのは体格と肉付きを見せるためだ。

 体力と筋力そして適度な脂肪。

 これは健康で長期間子作りに専念できるとアピールしているためだ」


 つまり、そうなのだ。

 こうして、肉体をアピールする。

 どれだけ鍛え上げたのか見せつける。

 それこそが、女が男を選ぶ最大の判断材料なのだ。


「股間を隠すのは最低限のマナーと、子種を作る場所を守るため。

 金属カバーの大きさは子種を沢山作れることを示すため」

「ッ、それは」


 表情をうかがわせないフィベズ王の言葉に、一真は愕然とする。

 それでは男に自由はない。

 ただ家にいて子種を作るだけの道具じゃないか。


「フィベズの奏者、ブラフト谷のリリィからそなたに求婚を受けたと聞いている。

 おそらくあやつの勘違いだろうが……

 フィベズの男に関して何か聞いていることはあるか?」


 一真はリリィがフィベズ王に話を通したのだろうと推測した。

 それなら、自分とリリィには多少の交流があったのだろうと分かる。

 何か聞いていると思うのは当然か。


「一家に男が1人と妻が10人。

 妻が3人ずつ生んでようやく男子が一人いるかどうか、と」


 リリィから聞いたことを一真はそのまま話した。


「それは、随分多いな。今では男1人に妻は大体20人だ。

 余った女は兵士か戦士で魔物と戦って死ぬ。

 ああ、ブラフト谷はそうか?」


 王が振り向いて不思議そうな顔をした。


 王の言葉に、一真はさらに狼狽える。

 聞いていた話と違う。

 そして、妻が20人と言うことは――


「い、家を継ぐのにそんな、20人も女性を探すのですか!?」


 他家から招くなら、20家と交流を持たねばならない。膨大な数だ。


「継ぐ? ああ、継ぐといえば継ぐな。

 確かに家名も持っているのは男子だ。

 だが、その表現は間違っている」


「間違い? 家を継ぐ、が間違い。継がない? まさか!?」


 一真は気付いた。セレンの方も、何かハッとしたように一真を見る。


「確かに家系というのはある。

 が、物質的な家に住み続けるのは女で、男は入り婿だ。

 例外は私、つまり王だけだ」

「じゃあ家名というのは」


 その問いはどちらがしたのか、一真にも曖昧だ。

 ただ、続く王の言葉に、2人とも言葉を失う。


「名前だけ。ああ、もっと良い表現がある。

 子種のブランド名だ。

 男が多い家名ほど、人気がある。その程度の、な」


 首をゆっくりと横に振りながら、少し困ったように口元を歪め、王は言った。


「この国は女が回し、女が治め、女が暮らす国。女たちの国なのだよ」

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