02 フィベズ~ここは王の城、王の家
「なるほど。つまり一真はただのリリィでありたくないと言う彼女に、他国に嫁げばいいと言ったわけだな?」
「ああ」
一真は自身の説明を要約したセレンに頷いた。
「で、リリィはそれを自分に嫁げば良いと受け取った」
「うむ」
リリィがセレンに頷く。
「なるほど。一真、結婚おめでとう」
「なんでだよ!」
セレンの言葉に一真は納得出来ない。
戸惑う一真の横からリリィが大きくで頷き、一真をもの凄い笑顔で見つめてくる。
一真はリリィの嬉しそうな顔に戸惑い、拒絶の声を上げるのを躊躇った。
たじろぐ一真を見かねたのか、セレンがため息を吐いて口を開く。
「簡単に言えば、この国の婚姻方式に原因がある。詳しく説明したいが」
ちらりと、セレンは窓の方を見た。
「城に到着した。一真、着替えろ。リリィも、また後で話せば良い」
*********
スーツに着替えた一真はセレンと一緒に城に入った。
二人は絨毯が敷かれた廊下を歩き、侍女らしき女性の案内によって謁見の間へと通される。
王は後からくるらしく、一真とセレンは部屋の中央で待った。
謁見の間には玉座がなく、がらんとしている。
あたりを見回しても椅子らしきものが用意されている様子はない。
ただ、入ってきた扉とは逆側に、大きな観音開きの扉がある。
ゼクセリアでもそうだったように、神域への扉だろうかと一真は推測した。
左右の壁の隅にはそれぞれ扉があり、女性が扉脇に立っている。
あのどちらかから、フィベズの王が来るのだろうと、一真は緊張を強くした。
「大丈夫だ。覚悟だけしておけばいい」
セレンが小声で一真に呟く。
一真はセレンの顔を見て頷いた。
かこんと、小さな音がしたほうを一真は見る。
右の方にある扉が開き、横に立っていた女性がその中に体を向けて話をしていた。
いよいよか、と一真は身構える。
少し待つと、話が終わったのか、女性が扉を閉じてこちらに歩いてきた。
「お待たせしました。謁見の間ではなく、あちら、私室でお会いになるそうです」
女性は来た方を腕で示す。先ほど空いていた扉だ。
「珍しいですね。私どもも入れてくれない私室に、誰かを招くのは。
何か私たちに聞かれたくない事があるとは思えないのですけれど」
不満をこぼしながら女性はため息を吐いた。
侍女、にしてはそれらしい服装ではない。
それに不満を客に言うような侍女はいないだろう。
一真は不思議に思った。
「まぁ、お客様についつい長話を。すみません。
私はこの後の準備もありますし、これで失礼します」
「分かりました、奥方」
セレンが頷いてお辞儀をする。
一真は慌ててセレンに続いて頭を下げた。
「それではごゆっくりと」
女性は、もう片方の女性が脇に立つ扉に向けて歩いて行く。
侍女だと思い込んでいたが、実は侍女ではなかったんだなと、一真は思った。
奥方、ということは王の妻、だろうか。
「基本的に、この城にいる女性は王の奥方だ」
セレンが小声で一真に言う。
一真は城の広さを鑑み、自分たちでやるのは大変だろうなと思った。
セレンと一真は女性二人が扉から出て行くのを見届ける。
「よし、いよいよか」
女性二人が見えなくなると、一真は呟いた。
「ああ。まず俺が入って挨拶する。続け」
セレンは短く言って、歩き出す。
一真もセレンの後ろをついて行く。
扉の前に二人は立った。
扉は木製で、片開きのものだ。二人が並んで入っても大丈夫なくらい、大きい。
「ゼクセリアのセレンです。フィベズ王にお目通り願いたく参りました」
セレンがノックを3回したあと、声を張り上げた。
「おう、入っていいぞ」
深く鷹揚な声だ。男の、優しげで、簡潔な声だけなのに一真は親しみを感じた。
「失礼し――」
セレンが扉を開けて、閉めた。
「うん?」
セレンが首を傾げる。
「おい! ちょっと! セレンさん!?」
一真は思わず声を張り上げた。
「失礼すぎない!?」
「うん。失礼だよな。分かる。いや、うん。すまないきっと見間違えだ」
セレンは自分に言い聞かせるように早口で呟くと、再び扉の取っ手を握る。
「改めて、失礼す――」
開けて、閉めた。
「ええぇぇぇ?」
一真は大声で叫ばなかった自分を褒める。
驚愕の声自体は抑えられなかったが。
「おかしい。おかしいよな?
だって王の服装、もっとこうピチっと、いやそもそもちゃんと着てたもんな?
うん。」
呆然とするようにセレンは後ずさる。
「どうしたんだセレン?」
あんまりな様子に、一真はセレンに問いかけた。
「一真、ちょっと代わりに先入ってくれないか?」
「はぁ?」
一真はセレンの返答に眉を顰める。
「お前あんだけ事前に失礼の無いようにって」
「いいから。頼む」
真剣な表情のセレンを不審に思いながらも一真は扉に向き直った。
「ゼクセリアの奏者、金城一真です。フィベズ王との謁見を願いたく参りました」
「おう、入れ」
短く力強い返答。
一真はちらりとセレンに視線を向ける。
セレンは頷いた。
一真は唾を飲み込み、扉の取っ手に手を掛ける。
「失礼しま――」
開けた。一真の目に信じられない光景が飛び込んでくる。閉めた。
「ん? うん?」
もう一度、開ける。
中の光景は変わらなかった。
「え?」
「幻覚じゃ、ない……」
一真の後ろからセレンの絶望的な声が一真の耳に届く。
部屋の中には男性が一人いる。
壮年の、体格が良い男性だ。
色白だがとても良く鍛えられた体躯を持ち、姿勢も良い。
筋肉の形がはっきり分かるわけではないが、手も足も太い。
日に焼けてない綺麗な金髪は肩の辺りで切り揃えられ、髭も丁寧に整えられている。
精悍そうな美形で、表情は自信に満ちている。
我はここにありと、高らかに宣言するように、部屋の中央に腕を組んで立っていた。
ほぼ全裸で。
王冠と、股間部分を何か金属製の丸いカバーが覆っている程度。
髪と髭、それ以外の肌は外気に晒されている。
「……あの、フィベズの、王様……ですか?」
一真は恐る恐る聞いた。
その男は自信満々に答える。
「おう。フィベズの王位にいさせて貰っている。
名はミュース。ミュース・スポロトゥバシア・フィベズ」
ファウルカップ、王冠。それ以外全裸の色白マッチョが名乗った。
「前と格好が違ぇ……」
「どういうこと?」
セレンと一真、二人の疑問が部屋に響く。
「他国の者には少し刺激が強かったかな?」
何でもないことのように、フィベズの王が言った。
「はっはっは、これは予想できていたからな。
今のやりとりで交渉がなくなることはない。安心したまえ」
「あ、ありがとうございます。それで何故そのような、その、格好を」
笑い声を上げるフィベズ王に、セレンが礼をいい、問いかける。
「正装だ」
「正装」
「そう、フィベズにおける男の正装だ」
一真は思った。んなわけあるか。
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